シャノアール伯爵家
久しぶり心地よい眠りができて起きた頃にはすでに日が暮れた時間になっている。
しばらくすると当主であるビンセント様が帰宅したようなので玄関の中で出迎え挨拶をする。
「ご無沙汰しております、ビンセント様」
「ん? もしかしてフィルか? 久しぶりだな、こんなに大きくなったのか。デューク達の後を追いかけていたフィルが立派になったな」
「はい、最後にお会いしたのは確か私が8歳くらいだと思います」
「そうか、8歳だったかな。メンデス家の方々とは手紙のやり取りだけで10年以上も会っていないからデュークがライゼンに来たときには驚いたが、フィルはあの頃一番小さかったから更に驚いたよ」
「突然訪問してしまい申し訳ございませんでした。リリアナ様とデュークには事情を説明ましたがビンセント様にも相談したいことがあります。あとでお時間いただけませんでしょうか?」
「夕食の後にゆっくりフィルの話を聞こうじゃないか。まずは久しぶりに楽しく食事をしよう」
「はい、ありがとうございます」
ビンセント様とリリアナ様、デュークと俺の4人で夕食を取り応接室で日中に話した内容をビンセント様にも説明をする。
「そうか、ニルセンブリナとメッシュバルンの国境付近の情勢については我が国も把握しているしニルセンブリナとは友好国だから心配しなくても良い。フィルはすぐに帰りたいだろう?」
「はい、帰ります。ですがライゼンからニルセンブリナの国境を越えるためにはビンセント様のお力添えをいただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「そうだな、私がフィルを無事にニルセンブリナに帰れるように全て手配しよう」
「ありがとうございます、ビンセント様」
「ところでメッシュバルン国内の様子はどのような感じだ?」
「はい、町や村それに施設などは人通りも少なくて寂れた感じがしました。服の仕立て屋に行きましたが自国で布などの材料も調達できずにイルマルーンとライゼンから取り寄せているようです」
「何? 我が国はあの国と貿易していないが聞き間違いではないか?」
「正式な取引ではなく交流のある貴族を通して商談し仕入れているようですが詳細は教えてもらえませんでした」
「良い情報が聞けたな。我が国では友好国なら届出さえすれば自由に貿易しているがメッシュバルンには軍事力を持たせないようにする対策で貿易を一切禁じている。もしその話が本当なら高値で品物を売りつけて金を儲けている貴族や商人がいることになるな」
「はい、仕立て屋の店員の話なので証拠はありませんがあの国では生活物資も不足しているのに贅沢品など生産するのは無理です。ドレスもかなり高値で販売しているようですが貴族は購入しますね」
「フィル、そのことを聞けただけでも十分だ。頭に思い浮かぶ貴族がいるからあとはこちらで調べるよ」
「そのような危険な国に連れ去られたらメンデス家の方々もフィルのことをとても心配なさっているでしょうね」
「ありがとうございます、リリアナ様。安否については密偵が伝書鳥で伝えているはずなので無事であることは把握していると思います。ですがライゼンにいるとは知りませんので聞いたら驚くでしょう」
「まぁ! では早くメンデス家に手紙で知らせなければいけないわ」
「リリアナ様、私も留学してから久しぶりに父や母に手紙を書きますので一緒にお送り致しましょうか?」
「そうね、デュークにお願いします」
「フィル、メンデス家の方々は皆ご息災でいらっしゃいますか?」
「はい、おかげさまで息災に過ごしております」
「良かったわ。嫡男のアルフォンスは今はメンデス家の跡継ぎの準備で領地経営をなさっているのよね?」
「はい、そうです。私も実家に帰っておりませんでしたのでアルフォンスとは会っておりませんが、普段は領地におりまして社交時期には実家に帰ってくるようです」
「あら、フィルは王都にいてもあまりご実家にはお帰りにならなかったの?」
「はい、仕事も多忙で自活がしたくて宮殿の近くに部屋を借りていましたので実家には帰っておりませんでしたが、最近婚約をするために久しぶりに実家へ帰りました」
「「「婚約?」」」
「はい、正式に婚約しましたので王都に帰りましたらもうすぐ結婚します」
「フィル、私はメンデス家なのに何も知らされていないぞ。どうしてだ?」
「兄上には後から知らせるつもりでしたが婚約した直後にメッシュバルンときな臭くなりまして連絡が遅くなっていると思います。申し訳ございません」
「それでお相手の方はどちらのお嬢様かしら?」
「相手の方は平民です。結婚したら私も平民になる予定です」
「「「平民の方?」」」
「はい、随分と驚かれているようですね。平民のエミルと申します。私が一目惚れしまして求婚したのですがとても可愛らしくて純粋な女性です。父も母も彼女を気に入りまして無事に婚約できました」
「父上と母上が? 気に入った?」
「それはもうエミルを大変気に入っていますよ」
「信じられない……」
「ではいつ頃結婚なさるの? 楽しみだわ!」
「私は明日にでも結婚したいのですがメッシュバルンの件がありましたので王都に帰ってから日にちは決めます」
「エミルさんと結婚なさってからでもいいからライゼンに旅行にいらしてください。フィルが選んだ女性に早くお会いしたいわ」
「リリアナ様、ありがとうございます」
「三男のフィルも結婚か、時が経つのは早いな。デュークはライゼンにまだいるのか? 我々はデュークがいてくれた方が嬉しいが結婚するなら自国で探した方がいいだろう?」
「私はまだ結婚するつもりはありません。フィルが結婚すると聞いて驚いただけですからこれからもライゼンにいます」
「我が家は皆女の子で嫁いでしまったからデュークが帰国したら弟に爵位を譲るか先のことを考えておかないとな。デュークは男性だから焦ることもないしライゼンでゆっくり過ごしてくれ」
「はい、ありがとうございます。フィルみたいに一目惚れしたらわかりませんがまだ結婚はありません。相手の方とお会いしたいのでフィルの結婚式には帰ります」
「フィル、幸せにな。早く帰さないとニードリッヒ殿下が困っているはずだし婚約者も寂しいだろうから明日にでも私が手配するよ」
「はい、よろしくお願いします」
ビンセント様の力添えで帰れることも容易になりシャノアール伯爵家とデュークにも結婚の報告ができて良かった。まさか俺が一目惚れして平民の女性と婚約までしている状況は思いも寄らないことだからとても驚いていたな。
ザジトとライロにはとても感謝しているが、モダミール伯爵家にいた頃のことを一切思い出したくもない。
今頃、国境付近はどうなっているのだろうか? 俺はパイゼン領に行き殿下の元に早く帰らなくてはならないと思った。




