王太子の行方
俺がメッシュバルン王国に連れ去られてきてから15日が経ってしまった。相変わらず伯爵の娘の相手をしながら空いている時間があれば執務を手伝いこの国での暮らしに慣れてきている。今日もまずは娘の予定を聞きに行った。
「おはようございます、キャサリン嬢。本日の予定を伺いに参りました」
「おはよう、フィルバート卿。あなたは今日も素敵ね。そうね…今日は植物園に行きたいわ」
「植物園ですか…」
「あら、花を眺めたりするのはお嫌いかしら? この前仕立てたドレスも届いておりますし、フィルバート卿とお揃いの服で散歩したいわ」
「はい、承知致しました」
「では、紺の服に着替えてきてくださいね。私は青いドレスを着ていくわ」
「はい、青いドレスですね。キャサリン嬢がドレスをお召しになるのを楽しみにしております。それでは失礼致します」
チッ、何で植物園に行くためだけに仕立てた服なんか着なければならない。エミルへ求婚した植物園ではないが思い出を穢されるような気がして気分が悪いし、色を合わせた揃いの服を着るなんて嫌がらせにしか思えない。腹立たしい気持ちを抑え俺は仕方なく娘と出かけることにした。
馬車に乗り植物園に着くとニルセンブリナ王国の植物園よりも殺風景な感じがした。それもそうか、貧困の国なのに植物園を維持しようなどと思わないだろう。
「ねぇフィルバート卿、この植物園はお父様の友人であるユリナード伯爵が管理なさっているのよ」
「この国が管理しているのではないのですか?」
「以前はそうでしたが国が管理することができなくなりましたのでユリナード伯爵が引き受けたのですわ。平民は入れなくなりましたのであなたとゆっくり時間を過ごせます」
「誰にも会いませんね。確かにゆっくり過ごせそうです」
「ふふふ、フィルバート卿とこうして誰の目も気にせず過ごせるのは楽しいわ。ねぇフィルバート…」
組んでいた腕を更に近づけて胸を押し付けてきた。なんとか俺は笑顔を保ち娘の目に熱を帯びているのが分かると気持ち悪かったが誤魔化すために仕方なく抱きしめた。娘は俺の胸に頬を擦り寄せて陶然としている。
「キャサリン嬢、私を困らせないでください。これ以上は我慢ができなくなるので婚約するまではお待ちください」
「もう、フィルバート卿は真面目すぎるのよ。私はもっとたくさんあなたに触れたいし口付けしたいわ」
「私もあなたと同じ気持ちです。でも遠くに護衛もおりますしモダミール伯爵に認めていただくまでは耐えなければなりません。キャサリン嬢、どうかお許しください」
「そうね、護衛からお父様に告げ口されてしまうとフィルバート卿を困らせてしまうわ。婚約してからの楽しみにしておきましょう」
この状況から逃れるために話を逸らせて体を離した。貴族の令嬢が男性に口付けを迫るなど、はしたなくて本能的に嫌悪感を抱く。
「ご理解いただきありがとうございます。そういえばキャサリン嬢には今まで婚約されていた方はいらっしゃらなかったのですか?」
「婚約を正式にしたことは今までありませんが口約束ではありますの」
「左様ですか……あなたの魅力に気づかない男性などいないでしょうから当然です」
「あら、口約束は親同士の話ですから私とその方とは何度かお会いしただけです。お茶をしながら会話をした程度ですわ」
「では口約束が守られなかったのは親同士の仲が悪くなってしまったりとかですか?」
「仲が悪くなったわけではなくてね…フィルバート卿だから話すけれどもお相手は王太子殿下でした。お父様は私と結婚させるつもりで陛下に認めてもらうために必死でしたわ」
「王太子殿下はキャサリン嬢と歳が近いのですか?」
「ええ、そうよ。私と同じ19歳でとても落ち着きのあるお優しい方でした」
「結局、努力したにも関わらず現国王には婚約を認めてもらえなかったのでしょうか?」
「陛下は婚約は認めてくださったのですが決まる直前に殿下が…」
「王太子殿下がいかがなされましたか? まさかご病気にでもなりましたか?」
「違うわ、殿下はとても健康な方よ。ねぇフィルバート卿、今から言うことは内密にしてくださいね。あなたは私の婚約者になりますし永住なさるのでお話しますが、殿下は陛下の怒りを買ってしまったのです」
「現国王の怒りを…なぜでしょうか?」
「陛下はこの国を貧困から救うために豊富な資源を持つ国から領地を奪う計画ですが殿下はずっと反対されているの。貴族の中でも現国王派と王太子派に分かれてきたのを危惧した陛下は殿下を王宮敷地内の塔に幽閉なさったのよ。陛下は側室を置かなかったのでお世継ぎが一人しかいないのに幽閉なんてあり得ないわ。そのような事情があり婚約の話はなくなったので中立派のお父様はどちらにつくべきか今は様子をうかがいながら情報を集めているの」
「王太子殿下は平和主義者なのでしょうか?」
「そうね、戦争は誰でもしたくないでしょう。殿下は武力で国に平和をもたらすのではない方よ。イルマルーンへ留学し色々な勉強をなさって国を良くすることに一生懸命な方だったわ」
「ところでモダミール伯爵のお考えは現国王と同じでしょうか?」
「私達は直接戦争に行くわけでもないし平民が減ろうが増えようが関係ないわ。ただ、今後どのようになるかで貴族内での立ち位置が決まるからそのためにお父様は動いているのよ」
「国民が貧困でも貴族が贅沢に暮らせれば良いのですね。そのためにはモダミール伯爵家を有利な立ち位置にすることのほうが重要であるということですか…」
「フィルバート卿は理解が早いわ。私が殿下と婚約していたら話は変わっていたかもしれないけれど幽閉されてしまったら出ることは無理ね。殿下は良い方で私も王太子妃になれることを喜びましたが婚約しなくて良かった。こうしてフィルバート卿と出会えたのも運命です」
「はい、私もキャサリン嬢が王太子殿下と婚約なさらなくて良かったです。私達は必然的な出会いでとても幸せですね」
「まぁ! 私も同じよ。フィルバート卿を愛しておりますわ」
「ありがとうございます。婚約する際には私もあなたに愛を告白しましょう」
最低だ……モダミール伯爵家にいるだけで怒りがおさまらなくなる。こいつらは国に忠誠心もなく自分達の欲だけのために全て行動して国民はどうでもいい。
俺もこの国に生まれ育ったならそのような考えをしたのだろうか?とにかく娘から王太子の情報を聞き出せたのでザジトに早速報告しよう。
甘い時間を過ごしたと思い込んでいるご機嫌な娘とモダミール家に帰り俺はザジトが部屋に来るのを待った。
「よお、元気か? 怪我も良くなってきたみたいだから毎日来なくて悪かったな」
「いや、ザジトには感謝しているよ。怪我もほぼ完治したから大丈夫だ」
「そういえば、娘とは上手くやってるか?」
「あぁ、王太子のことが分かったよ」
「そうか、俺が思っていた通りあの娘はお前にかなり惚れてるな」
「やめろよ、冗談でも気分が悪くなる…。王太子は王宮敷地内の塔に幽閉されている。理由は現国王と王太子の確執で怒りを買ったらしい。王太子は平和主義者のようだぞ」
「あの娘なんで知っていた? 親父から聞いたからか?」
「どうやら口約束だけど父親が娘と王太子を婚約させようとしていて現国王の承諾は得ていたらしい。貴族内での自分の立ち位置をよくする目的だったようだがな。婚約間際になったときに突然王太子が幽閉され話はなくなった。父親はそれを機に違う計画を練っていて今は情報を集めていると言っていたよ」
「なるほど、王太子はやはり病弱ではなく父親との確執だったわけか。理由がはっきりと判明したからお手柄だぜ。しかし、王太子と娘が婚約ね…」
「あの父親は現国王から婚約の承諾を得られて喜んだらしいがあの娘が王太子妃になるなんて最悪になるから王太子も婚約しないで正確だよ。それに王太子は健康で病弱なんてあり得ないみたいだし現国王よりはまともな考えの持ち主ではないかな」
「そんなに娘は酷いか?」
「あぁ、最悪だ。貴族の娘なのに色仕掛けで迫ってくるし頭の中は空っぽで自分の欲さえ満たされればいい馬鹿な女だ。しかも平民を無価値な人だと考えている。なぁザジト、まだ続けるのか?」
「そうだったな、お前もそろそろ限界だろ? 俺達もモダミール伯爵との契約も終わり別の貴族の雇い主を探している。悪いけどそれまでは待っていてくれ」
「あの娘には本能的に嫌悪感しかなくて困っているんだがな…頼むよ、早くしてくれ」
「分かった、分かったから。なるべく早く逃してやる」
ザジトが部屋を出て行った。俺は早くこのモダミール伯爵家から解放されたいと切に願う。




