デイジー
昨夜は夕方からゆっくり休んだので今朝は起きたら元気になった気がする。昨日のことは考えても分からないので気持ちを入れ替えて今日もお店の手伝いを頑張ろう。
「いらっしゃいませ。お花を買いに来てくれたのですか?」
「ええ! そうよ。どうしましょう、綺麗な花がたくさんあって迷うわね」
すごく綺麗だし優しそうな人。従者らしき人も連れているから貴族の方なのかな?
「ご自宅用ですか? それとも誰かに贈りものですか?」
「自宅用なのよ。実はね、息子が仕事で遠い所へ行ってしまったので無事に帰ってこられるようにと思ってお花に願いを込めて大切に育てたいの」
「息子さんが遠くに……それは寂しいですね。息子さんはどんな花がお好きですか?」
「そうね…聞いたこともなかったわ。エミルちゃんはどのお花が好きかしら?」
「私のことをご存知ですか? あの、すみません…えっと私は…」
「以前、何度かお花を買いにきてお話をしたのよ。随分長い間お店に来ていなかったから誰でも忘れてしまうわ。私が覚えていただけだからエミルちゃんは気にしなくていいのよ」
「はい、ありがとうございます。私の好きなお花は…今の季節でしたらこのデイジーというお花です。見てください! このように小さくて可愛らしい白い花がこれからたくさん咲きますし、咲いている期間も長く育てやすいお花なのでおすすめですよ」
「まぁ、エミルちゃんみたいで小さくて可愛らしいお花ね。ロダン、屋敷にデイジーはあるかしら?」
「はい、奥様。デイジーはまだ屋敷にはありませんのでお気に召していただけると存じます」
「デイジーはチューリップやバラのように大きな花を咲かせませんが、たくさん咲くのを見ていると癒される感じがしますよ」
「そうね、咲いている期間も長いのなら丁度いいわ。気に入ったのでこのお花にしましょう。息子が帰ってくるまでに咲いているようにお世話してみるわ」
「ありがとうございます。早く息子さんが帰ってくるといいですね」
「エミルちゃん、ありがとう。ロダン、お代を渡してデイジーを馬車に積んでください」
「はい、奥様。承知しました」
「エミルちゃん、また来るからおすすめのお花を私に教えてね」
「はい、お待ちしております。ありがとうございました」
こうしてどこかの貴族の人達は去って行きましたがお父さんが後から追いかけて何か話をしていました。
もしかしてお父さんの知り合いだったのかしら……。
シェリーナ様とロダンさんが店に来て驚いた俺はエミルと楽しそうに会話をしているのを見て雰囲気を壊さないように店の前には出なかった。
2人が店から帰る機会をうかがい後を追いかける。
「シェリーナ様、ロダンさん。ご無沙汰しております」
「ナジェルさん、ご機嫌よう。フィルが現地入りしてからは私にも色々と予定が入ってしまいまして、しばらくお会いできず申し訳ありませんでした」
「こちらこそお忙しい中ありがとうございました。それでフィル君からの手紙の件ですが…」
「間に合わなかったのね…。ロダンからも事情は聞いておりますので気になさらないでください。検閲官や宮殿を通してくるのですから仕方のないことです」
「申し訳ございません。エミルに渡すか迷いましたが、フィル君は現地に行く前にエミルが忘れてしまっても最初からやり直すと言ってくれましたので、今はエミルに忘れさせたままにさせたくて渡しませんでした」
「フィルが…。現地入りする前から本人は長期間になることを予想していたのかもしれないわね。実は、長期間になることは現実になりましてフィルは早く帰ってくることができないのです。しかも……」
「しかも? 何かあったのでしょうか?」
「いえ、息災ですがが帰ってくるのは遅くなりそうです。エミルちゃんには寂しい思いをさせてしまい申し訳ないのでナジェルさんの判断で良かったですわ」
「シェリーナ様、ありがとうございます」
「私も少し状況が落ち着きましたのでまたお花を買いに来ます。それで私はナジェルさんの知り合いということにしましょうか?」
「はい、そのようにしていただけると幸いに存じます」
「ではそうしましょう。早くエミルちゃんに私のことをお義母さんと知ってほしいわ。フィルが帰ってきたら頑張ってもらわないといけませんね」
「私もフィル君が早く帰ってきてくれることを願っております。また、是非お店にいらしてください」
シェリーナ様とロダンさんは帰って行った。エミルの病を受け入れてくれただけでも有難いのに、記憶をなくしても可愛がってくださる。
エミルよ、お前はシェリーナ様もロダンさんも思い出せないのか……。
私はお父さんがお店に戻ってきたので気になって聞いてみることにした。
「ねえ、お父さん。さっきの貴族みたいな人達はお父さんの知り合いなの?」
「ん? あぁ、そうだよ。以前何度か店に花を買いにきてくれて知り合ったんだ。それがどうかしたか?」
「ううん、何でもない。あの方はとっても綺麗だし話した感じも優しかったの。従者の方も同じでね、貴族の人達も怖くなくて優しい感じの人がいるんだね」
「そうだな、貴族は皆同じと思い込んだらいけないと俺もあの方々に教えてもらったから。優しい方だからまた店に来てもエミルは安心していいぞ」
「それにね、バラみたいな大きなお花じゃなくて私の勧めたデイジーを買ってくれたの。息子さんが仕事で遠くに行っているから無事を願って育てるんだって。本当に心が優しい方だわ」
「そうか、遠くに……行ってるな。デイジーは育てやすい花だし、たくさん花も咲くだろうから喜ぶぞ」
「うん、これからたくさんお花が咲くように蕾がいっぱいついているデイジーを選んだからね」
私はデイジーがたくさん咲く頃にあの貴族の方の願いが早く叶って遠いところにいる息子さんが無事に帰ってくるといいなと思った。




