憂鬱な日々
娘と初対面を済ませた夜、俺は伯爵に呼び出され執務室へ行く。
「お呼びでしょうか、モダミール卿」
「ハンベルが君の働きぶりを一日見させてもらったが仕事も間違えなく処理が早いと報告は受けている」
「お褒めいただき恐縮です。明日も引き続きハンベルさんに指導していただきます」
「いや、執務の手伝いもしてもらうが明日からは娘の専属従者になってもらう。執務をするのは空いている時間があれば手伝う程度で良い」
「はい、承知致しました」
「ふむ、大切な娘からのお願いだから叶えてやったが嫁入り前だから男女の間違えを起こすな。置かれている立場を心得るように」
第一段階はこれで上手くいったが伯爵に頼まれなくても間違えなんて起こさないし娘に迫られても俺がお断りだ。それにしても娘を甘やかせているのか?親子共々愚かな奴らだ。
そんな考えをしながら自室に戻ると部屋の中にはザジトがいた。
「よお! おかえり。傷が化膿しないように薬を塗ろうと思って待っていたぜ。伯爵とも話していたみたいだから丁度いい。それにお前の世話は俺がすることになっているから怪しまれないで済む」
「毎日悪いな、ザジト」
身体を拭き終わると手慣れた様子で傷口の手当てをしてくれ小声で内密な話をした。
「で、伯爵はなんだって?」
「あぁ、明日から娘の専属従者だと言われた」
「随分早いな。でも上手くいって良かったじゃないか。あの娘はかなりお前が気に入ったんだな」
「俺の一番嫌いな感じの女だよ。なぁザジト、あんなのが本当に有力な情報を持っているのか?」
「そんなの分からん。でも伯爵は奥方に先立たれてから娘に甘くて口が軽いから少しの情報でもいいんだ。使えるものは使わないと仕事だからな」
「そうか、分かったよ。はぁ…明日からのことを思うと憂鬱だ」
「まぁ、そう言わずに祖国のためだと思って割り切れよ。ニードリッヒ殿下もそりゃ喜ぶぜ」
「ザジトに助けてもらった恩は返すよ」
あの娘を相手にすると考えるだけで反吐が出る思いだ。あぁ、エミルで癒されたい……。
それから俺はこの娘の専属従者として仕えることになり空いている時間があれば執務の手伝いをしながら過ごしていた。この屋敷に来てから7日が経ち、娘はあからさまに熱の帯びた視線を送ってくるから距離も大分近づくことができているはずだ。今日も身支度をして朝食を取り終えてから娘の部屋を訪ねた。
「おはようございます、キャサリン嬢。フィルバートです」
「入っていいわよ」
メイドが部屋の扉を開けた瞬間、香水臭くて息も吸いたくないほど吐き気がして不愉快になる。エミルの部屋の匂いは心地良くてずっと嗅いでいたいくらいだったからまるで逆だ。
「キャサリン嬢、今日のご予定はいかがでしょうか?」
「そうねぇ、今日は買い物に出かけるわ。フィルバート卿も私と一緒に行きましょう」
「はい、承知致しました」
こうして俺は行きたくもない買い物へと出かけた。
ドレスの仕立て屋の応接室に入ると娘が俺の意見を聞いてくるが正直どうでもいい。
「ねぇ、私にドレスを選んでくださらない?フィルバート卿の瞳の色に合わせたいけれど淡褐色ですから地味よね。どの色が良いかしら?」
「そうですね。キャサリン嬢は瞳の色が青ですからドレスも青がお似合いですよ。今日の赤いドレスも魅力的で素敵ですが私は青も好きな色です」
「まぁ、お上手ね。青いドレスは最近作っていなかったから丁度いいわ。フィルバート卿には紺色を着てもらって私が青いドレスを着ることにしましょう」
「キャサリン嬢、私には仕立てた服は必要ありません」
「嫌だわ、私と一緒に出かけたりしますから売り物の服ではなく仕立てた服を色も合わせてお召しになってくださいませ。紺色の他にも何着か作りましょう」
無理矢理採寸をされて勝手にどんどん決められてしまう。エミルにワンピースを選んだりしていたときはあんなに楽しかったのに同じ買い物でも天と地の差だ。
しかも国が困窮しているにも関わらずこの娘の浪費する行動には呆れてしまう。
娘が夢中になってドレスの形を決めている間、俺は店員に話を聞くことにした。
「すみません、少しお聞きしたいのですがドレスの生地などの材料はどこから仕入れるのですか?」
「最近は生地の調達がこの国では困難でしてね。イルマルーンやライゼンから輸入しておりまして生地代もかなり値上がりしているんですよ。貴族の方々はドレスが必要ですから高い代金でも売れるのでなんとか商売できているんです」
「ニルセンブリナからの輸入はないのですか?」
「遥か昔にはニルセンブリナから生地を輸入していたこともあったと耳にしたことはありますが、私が知る限りでは国交が全くないものですから輸入できません」
「ではイルマルーンやライゼンとは国交があるということでしょうか?」
「正確には国交ではありません。この国の貴族の一部がイルマルーンとライゼンの貴族と交流があるからですね。
その関係で商人が国と国を出入りしているので仕入れをお願いするんです」
「そうですか…交流がある一部の貴族は多いのでしょうか?」
「詳しくは申し上げれません。ただこの国で生産できるようになるのは見通しも立たないので仕方ないことです」
やはり国としては貧困であるのに、この国では貴族だけが良い思いをしているのか?
イルマルーンとライゼンに交流がある貴族は現国王支持派か王太子支持派、どちらであろうか?
「フィルバート卿、終わりましたわ。きっと素敵なドレスが仕上がるから楽しみね」
「はい、キャサリン嬢。素敵なドレスをお召しになられたキャサリン嬢は実に魅力的でしょうね。私も仕上がるのが楽しみです」
「まぁ、嬉しい! フィルバート卿とお揃いにしたから私達は恋人同士に見えますわ」
「うーん、恋人同士に見えるとは残念です。見えるではなく恋人同士だと思っていただけると嬉しいのですが…」
「もう、お分かりでしょう? 私はフィルバート卿をお慕いしておりますわ。このままお父様に気に入ってもらえれば婚約できますのよ」
「キャサリン嬢から思いを寄せていただけるなんて大変嬉しく存じます」
「お互い思いが一緒で嬉しいわ。早くお父様に認められてくださいね」
これで恋人と勘違いさせることに成功したと思う。今後、警戒心もなくなることで上手く情報を引き出せると良いが……。
この日は丁度エミルと離れてから15日目。14日以内に帰れるわけでもなくニルセンブリナにいるわけでもない。まさか俺がこの国で暮らしているとは思っていないだろう。それに俺のことを忘れてしまっている可能性の方が高い。
エミルに対して何もしてあげることができない自分がとても腹立たしかった…。必ず君のところへ帰るから待っていてくれ。




