伯爵令嬢
翌朝、身支度を整え使用人用の部屋でメイドが運んできた朝食を取り終えると昨日話をした密偵の男が部屋に入ってきた。
「おう、おはよう。怪我の具合はどうだ?」
「あぁ、昨日よりは少し痛みが減った」
「そりゃ良かった。消毒して薬を塗るから服を脱げ」
「悪いな。えっと…」
俺が服を脱ぎながら背中を男に向けると包帯をシュルシュルと外していき小声で話かけてきた。
「あぁ、俺の名前か? この王国ではザジトを名乗っている。もう1人の密偵はライロだ。お前は確かフィルバートだったか?」
「フィルで構わない」
「フィル、ライロの名前もちゃんと覚えておけよ。それ以外の仲間は王太子支持派のこの国の奴らだ。
今の現国王には密かに反発している奴らだから潜入して仲間になるまで俺達は苦労したよ」
「お前の仲間は王太子支持派?それなのになぜ伯爵家に雇われているんだ?」
「中立派の貴族には王太子支持派の奴らが状況を把握するために潜入しているからだ。情報を聞き出したり動きを調べたり色々あるんだけど俺とライロは王太子支持派のふりをして仲間になったわけよ」
「中立派はどうしたいんだ?」
「そりゃ、その貴族によって目的は異なるが少なくともこの家の伯爵は国が存続さえすればよくて自分が良い思いをできればどちらが統治者でも構わないわけよ。利己主義すぎて最悪だな」
「まぁ、俺を受け入れている時点でなんとなくそのような感じはしたが…」
「おっ、そういえばお前上手くやったな。あとはあの娘だな、よろしく頼むよ。よし、化膿していないし薬も塗っているからこれで傷口は大丈夫だ。あの時俺がこれでも急所を外して軽症で済むように力加減もしてあるからな」
「あんな暗闇でか? お前凄いな」
「そうだ。暴れると困るから矢に眠くなる薬は塗ったけどな。身なりからしても階級が上だと思ったから急所を外してみたがまさか近衛だったとは思わなかった」
「あぁ、だから意識がすぐになくなったのか。緊急事態だったから近衛の中でも俺だけ現場に行ったんだが…負けるとは思わなかった」
「まぁ、他の奴なら余裕で勝てただろうが俺とライロは特別な訓練もして修羅場を踏んでるならな。それにしてもお前が近衛で良かった。精鋭部隊や兵士だと荒くれ者の感じがする奴が多いから誤魔化すのが厄介だ。これも何かの縁だ、よろしく頼むよ」
「上手くやる自信はないが……やるだけやってみるさ」
「大丈夫だよ、お前は美男子だから」
この後俺はザジトに案内されて執事のハンベルの指示に従い雑用を言い渡される。
執務室には補佐人2人が常駐してまるで監視されているようだ。
「ハンベルさん、この資料の計算は終わりました」
「早いですね、さすがは伯爵家のご子息でいらっしゃる。では次はこの書類の計算が間違えていないか見直してください」
「はい、分かりました」
どうやら領地経営の執務の手伝いをしているようだ。
見た限りでは悪すぎるわけではないので領地経営はまともにしているらしい。
伯爵領地の領民は困窮していないのか?他の領地の領民が困窮している?書類を見ながら熟考しているときに執務室の扉が開かれた。
「お嬢様、今は執事中ですから入室はお控えください。ご用件は私が伺いますので応接室に参りましょう」
「新人さんがいらっしゃると聞いて来たのですわ。あら、そちらの方?」
「はい、フィルバートと申します」
「ふふ、一緒に応接室にいらして。詳しい話を聞きたいわ」
「はい、承知致しました」
チッ、最悪な女だな。一番嫌いな感じの女だがこれを俺が篭絡するのか? 仕方なく娘と執事のハンベルの後をついていき応接室に入室した。
「そちらへお座りになって。ハンベル、お茶を用意してきて」
「はい、すぐにご用意致します」
俺は指示通りソファーに座るとハンベルさんは部屋を退室してしまう。
「初めまして。私はモダミール伯爵家のキャサリン・デラ・モダミールですわ」
「初めまして。私はメンデス伯爵家のフィルバート・ギサ・メンデスと申します」
「あら、同じ伯爵家の方なのね。ニルセンブリナ王国の騎士だと聞きましたわ」
「はい、仰る通りです」
「そうなのね。フィルバート卿はニルセンブリナに戻りたいのかしら?」
「いいえ、私は元々ニルセンブリナには祖国愛がありません。貴族の三男に生まれたので将来的には他国に移住して自由に暮らす予定でおりました。お金を蓄えるため騎士団兵となりましたが任務に失敗してこの国に連れ去られただけです」
「それならニルセンブリナにはご家族や大切な方もいらっしゃるでしょう?」
「家族や友人は大切ですがいつまでも一緒にいられるわけではありませんから。現状は資産が全く無いので帰りたくないわけではありませんがこの国で稼ぐことができるなら帰らなくても構いません」
「それではこのままメッシュバルンでも暮らすのも問題ないわけね?」
「仰る通りです。自分で収入を得ることができて素敵な女性と出会い家族でも作れたらどこの国でも構わないです」
「あら、奇遇だわ! 私もそろそろ素敵な男性と出会って婚約したいと考えておりましたのよ」
「モダミール嬢は素敵な女性ですからすぐにお相手が見つかるのではないでしょうか?」
「相手の方から気に入られても私がお慕いすることができないわ。それになぜか爵位の低い方ばかりに気に入られてしまって嫌気が差しておりますの。政略結婚なら伯爵以上の爵位でなければ納得できませんからお父様から縁談をたくさん勧められて会ってみてもなかなか出会えませんわ」
「モダミール嬢は男性に対して理想が高いのではないでしょうか? あたなはとても素敵な方だと思いますのでいつかきっと出会えるでしょう」
「まぁ、嬉しい! 私、フィルバート卿とは親しくなれそうな気がしておりますわ」
「私もモダミール嬢のような素敵で魅力的な女性と出会えましたから大変嬉しく存じます」
「ふふふ、良い案を思いつきましたのでお父様にお願いしておきます」
「良い案とはどのようなことでしょうか?」
「この国で暮らせるようにまずは私の専属従者になりお父様の信頼を得るの。その間は賃金も稼げますし私達が今よりもっと親しくなれますわ」
「良い提案ですね。謹んでお受けいたします」
応接室を退室した俺はあの娘の嫌らしさに落胆した。
目も合わせたくないくらい本当に自分が一番嫌いな女だった。娘はまるで娼婦のように胸の谷間を強調したドレスを着て化粧も濃く宝飾品も大量につけているし会話も全て品性がない。男は皆このような容姿を好んでいると信じて疑わないようだし俺は遊び相手だとしても遠慮する。しかし娘は着飾ったと思い込んでいる容姿を持ち上げれば罠にかけるのも簡単であった。
こんな女を相手にしなければならないなんて不本意でしかないが王国のために役に立つならと自分の気持ちを奮い立たせる。
エミルに今すぐ会いたい…あの可愛い笑顔を見て口付けして抱きしめたい。
気持ちを入れ替えた俺は執務室へと戻ることにした。




