メッシュバルン王国
俺は気がつくと手足を縛られて見慣れない視界であることを把握していた時に誰かが小屋に入ってきた。
「目覚めたか。矢の傷以外は問題なさそうだな」
「ここはメッシュバルン王国か? お前は軍人か?」
「メッシュバルンは合っているが俺は軍人ではない」
「俺を拉致した目的は情報が欲しいのか? それとも国に引き渡して捕虜にでもするつもりか?」
「おいおい、まぁ落ち着いて聞け。ニルセンブリナ王国に侵入したのは俺の仲間である貴族に雇われている」
「メッシュバルンの貴族にか?」
「そうだ。そいつは今のところ中立派だが、ニルセンブリナ王国の出方を見て現国王派につくか、王太子支持派につくか様子を見ている馬鹿な奴だ」
「それでもお前らは雇われているんだろ?」
「あぁ、そうさ。仲間の中でも俺ともう一人はニルセンブリナの密偵だ。お前はニードリッヒ殿下の近衛だろ?」
「えっ、密偵がなぜニルセンブリナを裏切る行為を…。それになぜ俺のことを知っている?」
「それは服に付いてる徽章をみれば分かるさ。あそこで俺は捕まるわけにはいかないし、お前を殺すわけにもいかないから上手く周りを説得してここに連れてきたんだよ。だから俺の役に立ってくれよな?」
「は? 俺が役に立つ? どういうことか説明しろ」
「あのな、命の恩人だぜ? 少しは信用したらどうだ。俺は長いことメッシュバルンに潜入している。きな臭くなる前まではこの国の騎士団兵士として働いていたが、自国からの指示で騎士団を辞めて行方不明になっている王太子関連の調査をしている」
「なるほど、それで戦闘能力が優れているのか…」
「まぁな、この国の騎士団にいた頃は身元を隠していたから手を抜いていたが本職は密偵だからな。騎士団を辞めてからは腕前を披露して沢山の貴族に雇ってもらい調査しているわけよ」
「それで何か情報を掴んだのか?」
「まだ正確にはわからないが中立派の貴族は口が軽いな。状況次第でその都度態度を変えやがるから両方の情報が入ってくる。しかし王太子の情報だけは難航しているんだよな。噂によると幽閉されたらしいのだがその理由が予想したことと合っているのかどうかが未だにわからない」
「王太子は現国王と何か確執があるのか?」
「お前も知っているとは思うが現国王は軍事路線、王太子は平和路線らしくて現国王の怒りを買い幽閉されたと聞いたこともあるし、元々病弱で表に出てこないとも聞く。そこでだ、俺がお前にやってもらいたいことはこの国に寝返ったふりをして王太子関連の情報を引き出すことだ」
「は? そんなことが簡単にできるわけがないだろう。お前の雇い主である貴族は俺を王に突き出すに決まっているじゃないか」
「さっきも言っただろ? 雇い主は自分が得することしか考えていない間の抜けた馬鹿な奴さ。その娘がさらに輪をかけて馬鹿な奴なんだけど軽い女だからお前に篭絡して情報を引き出してもらいたい。それに伯爵の奥方は亡くなっているし娘には兄弟もいないから娘だけなら簡単だろ?」
「馬鹿な奴なのに有力な情報があるのか? それに娘を篭絡しろと言われてもなぁ…。俺はそんなことをしたことがないぞ」
「あのなぁ、馬鹿だから言っても良いことと悪いことの判断がつかないし、父親も娘には自分達が有利になる情報を流している。本当は俺が篭絡する予定だったがどうやら好みではないらしくて諦めて誰か探していたところにお前と出会ったわけさ」
「そうだとしても、その娘が俺を好みだとは限らないだろ?」
「あの娘の好みは貴族で顔が美男子、体型は細身が好みだからお前は問題ないわけよ。それに俺がこの国で正体を隠すためにもお前を今すぐに逃すわけにもいかない。折を見て逃がしてやるからそれまでは協力しろよ」
「……上手くいくかわからないができる限り情報を引き出すようにしてみるよ。でも俺の安否だけは殿下に知らせたいがお願いできるか?」
「それならもうとっくに終わってる。ちゃんと伝書鳥で知らせてあるさ。まずいな、もうすぐ仲間が帰ってくるからお前は捕虜にでもなったような表情をしていろよ。それに雇い主には上手く話をつけてやるから心配するな。身分が知られると厄介だから外した徽章は衣囊に入れてある、じゃあな」
「あぁ、分かった」
命拾いはしたが密偵の任務と同じ仕事をすることになってしまった。人を騙す……できるか不安だがこの状況ではやるしかないな。
その後しばらくして荷車に乗せられ移動する。弱ったふりをして様子をうかがっているとザジトは仲間の中でも主導者的な役割をしている。そして着いた先は貴族の屋敷で俺は男達に連れられて入っていった。
「旦那様、ただいま戻りました」
「なんだお前達、早く帰ってきたということは今日も収穫無しか? ところでその男は誰だ」
「こいつはニルセンブリナ王国の騎士ですがどうやら騎士になりたてで弱くてね、殺しても良かったのですがどうやら貴族みたいでしたので連れてきました」
「ふむ、名前は?」
「はい、メンデス伯爵家のフィルバート・ギサ・メンデスと申します」
「伯爵家の者が騎士団兵に?」
「私は三男になりますので自由に生きておりました」
「この男が持っている情報は?」
「それが騎士になりたてで国境付近で巡回していただけみたいで有力な情報はもっていませんでした。でもこいつが言うには三男だから貴族になるのが難しくて他国に行こうと考えていたらしいんですよ」
「どういう意味だ? 説明しろ」
「はい、私は元々ニルセンブリナ王国に祖国愛は全くありません。将来的にはどこかの国で自由に暮らそうと考え資金を貯めるつもりで騎士団に入団したのです。護身術も習得できて剣術も鍛えられると思いましたが才能がなかったようです。そろそろ辞めるつもりでいたところ国境付近に配属され任務を遂行していたらこうして連れ去られてしまったわけです」
「旦那様、こいつは剣術の才能が全くないですが話してみると頭の回転は良さそうだし見た目もいいから何かに使えるかもしれませんぜ」
「うむ…そうだな。どうせ帰れないのだから働きぶりを見てから決めるか。フィルバート卿、明日から執事であるハンベルの指示に従い我が伯爵家の雑用を手伝え。屋敷の使用人の部屋を与えるから勝手に外出することは許さん」
「はい、承知致しました」
こうして俺は無事潜伏することになった。この屋敷の当主はモダミール伯爵。メンデス家であれば敵国の正体不明な男を屋敷に入れないがメッシュバルンは違うのか? それとも伯爵がただ本当に愚かなだけなのか?
俺は矢で負傷した背中の痛みもかなりあるため与えられた使用人用の部屋で今日は休むことにする。




