不穏な空気
顔合わせは無事に終わったので一安心してエミルの家から自宅に帰りしばらくすると殿下からの伝令が来た。
「殿下から緊急召集です。宮殿にお越しください」
「承知しました」
俺は急いで宮殿に向かうが胸騒ぎがして嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
宮殿内にある殿下の執務室に着くと深夜もかかわらず側近のレオンとミロード、王都騎士団団長ジェームズ、第二と第三精鋭部隊の隊長ハッサンとテールが召集されている。
「皆、遅い時間に召集になり手間を取らせた。密偵からの報告でメッシュバルン王国が国境の砦に軍を集めていると確証を掴んだ情報が入った。パイゼン領中央にあるマドナラ砦の第一精鋭部隊長カンインからも同じような報告を受けている。このままでは緊迫した状況になりうる可能性があるため陛下からの指示により第二、第三精鋭部隊は明日中にパイゼンに向けて出発とする。私と第三近衛隊及び第一、第二王都騎士団は明後日の朝出発とする。質問は?」
「殿下、我が国の軍人数と比べるとメッシュバルンの軍人数はどの程度でしょうか?」
「密偵からの報告だと我が国の軍人数と比べて半数以下の予想だ。なにしろメッシュバルン国内は困窮しているので軍人数も少なく軍事力も低い。このような時に他国へ侵略を企てるなど無謀であるが油断することなく被害を最小限にしなければならない」
「しかし半数以下の予想でも第一、第二王都騎士団だけで軍人数は足りますでしょうか?」
「第三、第四騎士団は王都を留守にするわけにはいかないから現地に赴いた結果次第で動員することになる。それと王太子殿下から指示があると思うが残留する騎士団は物資の確保をお願いしたい。予めパイゼンには以前より軍の物資を送ってあるが状況次第では追加補充するので準備をするように」
全員それぞれの役割に向け解散した。
「殿下、お疲れ様でした。第三近衛隊には明日の朝、指示を出します。明後日からの現地へ同行しますのでよろしくお願いします」
「フィル、一番避けたかった事態になってしまった。何度もあの国とは交渉しようとしたのだけれど聞く耳を持たないし本当の独裁国家にでもなったようだ。一方的に仕掛けられるわけにはいかないなら瀬戸際で抑えるようにしなければならない」
「本当に愚かな国です。他国に協力を求めたりせずに侵略しか考えられないようでは国民が全て被害を負いますね。我が国が軍を動かしたのを見てあの国の考えが変わると良いのですが」
「これ以上、愚かな選択をしないように願うよ」
こうして俺は殿下と同行しパイゼン領に赴くことになった。明後日か…。エミルと婚約したばかりなのにしばらく会えなくなるな。それに14日以内に帰ってくる可能性は無い。俺のことをエミルはどれだけ覚えていられるかと思うと不安しかない。
翌日の夕方、ナジェルさんの家へ行きエミルは部屋で待っていてもらうようにしてからご両親へ先に報告をする。
「そうか、分かった。フィルがいない間はエミルのことは任せておけ。俺達家族は今まで通りだしエミルを支えておくからお前も体を大切にしろよ」
「ありがとうございます。現地の状況次第ですが、14日以内には帰還できないでしょう。そのエミルを…」
「分かってるさ。少しずつ記憶がなくなるから精神的に不安定になるだろう。お前は国のために行くんだから何も気にすることはない」
「ナジェルさん、マリアさん。僕はエミルに忘れられてしまっても最初から始める覚悟です。僕がエミルを離せませんし必ず結婚したいです」
「あぁ、ありがとう。お前を信じて無事に帰ってくることを待ってるよ」
「こちらのことは気にせずどうかご無事でいてください」
エミルの部屋に行き扉を開けると不安そうな表情で俺を待っていた。
「ねぇ、どうしたの? 何かあったの?」
「今から話すことを落ち着いて聞いてね。僕は明日からパイゼン領に行くことになった。北にあるメッシュバルン王国が怪しい動きをしていて警戒していたんだけど現地へ赴く事態になったんだ」
「えっ、いつ帰ってくるの? パイゼン領ってどこにあるの? 戦争になってフィルさんが行くの? どうしよう分からない…」
王都から出たことも一度しかなく戦争になりそうな領地に行くと聞いてしまったら無理もない。狼狽えて身体が震えてしまったエミルを優しく抱きしめた。
「大丈夫、とにかく落ち着いて。国境付近に行くから遠いけどまだ戦争にはならないし状況を見に行くだけだから心配しなくていい」
「だってそんな遠くて危険な所に行ったら……嫌、フィルさんがいないと私」
「婚約したばかりなのにごめんね、どんなに早くても14日以内には帰ってくることはできないんだ。僕は国を守る仕事だから行くのは当然だし危険なこともある。でもエミルを一生守るから必ず帰ってくると約束する」
「ぅ、うん。仕事なのに自分勝手でわがままを言ってごめんなさい。ずっと待っているから帰ってきて。フィルさんを忘れてしまっても必ず思い出すから私を嫌いにならないでね」
「ありがとう。僕は何度でも初めからやり直すからエミルが忘れてしまってもまた僕を好きになってくれると信じてるよ。寂しくなったらキャンディを舐めて思い出してみて。今日は瓶に入りきれないほど持ってきたから一緒に入れよう」
2人で瓶にキャンディを目一杯まで詰め込んだがエミルは涙を流しながら瓶を見つめている。俺はエミルを抱きしめて目から流れる涙を唇で拭う。
「本当はエミルがいないと息もできないほど苦しいし離れたくない。でもね、帰ってきたらまた2人で恋をして結婚できるんだからこんなに嬉しいことなんてないよ。今は我慢だけど必ず帰ってくるから待っていて欲しい。だから今は笑って、可愛いエミルの笑顔が見たい」
「そうだよね、私達は会えなくて苦しいし辛いのは同じだから私もちゃんと我慢する。そしてフィルさんが帰ってきたら結婚したい。毎日フィルさんの傍にいたいからずっと待ってる」
エミルの首の後ろに腕を回しながら何度も愛を込めて口付けをした。このまま朝まで身体を繋げたい気持ちを堪えてエミルの家を後にした。
はぁぁ…… 、悲しい顔を見るのがとても辛くて胸が張り裂けそうだ。果たしてとのくらいで王都に帰ってくることができるのだろうか?




