顔合わせ
結婚の承諾をもらってから2週間後、両家の顔合わせをメンデス家の屋敷で行うことが決まりナジェルさん一家と馬車で実家へ向かった。
ナジェルさんとマリアさんはいつもより着飾りエミルはこの日のために俺が贈ったワンピースを着ている。
今回選んだワンピースは若草色で腰の部分には薄い黄色のリボン生地が付いていて後ろで結ぶようになっている。俺はエミルを自分の手で可愛らしく着飾ることができるのが嬉しくて堪らない。
屋敷に着くと執事のロダンが我々を出迎え玄関の扉を開けると父と母が待っていた。
「初めまして、父のアンドレアと申します。本日はお越しくださりありがとうございます」
「私は母のシェリーナですわ。よろしくお願いします」
「初めまして、父のナジェルです。こちらこそお招きいただきありがとうございます」
「私は母のマリアです。よろしくお願いします」
「私はエミルです。よろしくお願いします」
一通りの挨拶が終わり全員で応接室へ行く。少しだけ期待をしていたがやはりエミルは母のことを覚えていないがクラリスのことも覚えていないからその点は良かった。残念だが俺が関わることでもこうして忘れてしまうこともあるので母も理解してくれるだろう。
応接室では婚約と結婚に向けた話し合いが行われた。貴族同士の婚約ではないので誓約書もなく婚約披露会もせずに結婚式が終わったら社交時期に合わせて身内を集めて結婚祝賀会のみ行う予定にする。
結婚にかかる費用は全て俺が負担することにしたがナジェルさんはエミルのドレス代だけは出すと言って受け入れなかった。妥協案でエミルの好きなドレスを注文してみて代金が足りない分を俺が支払うことにする。
その他の指輪や宝飾品については母が意見を譲らず結婚祝いだから好きなものをエミルに選ばせるように指示されその場にいた一同で頷いた。これで俺とエミルは婚約者同士である。
今日の日のために予め母と相談し、ナジェルさん一家になるべく合わせるように両親共に服装も華美にせず食事も家庭料理に近づけた食べやすい料理が運ばれてくる。
ナジェルさん一家は可哀想なくらいに緊張していたが母が持ち前の話術で緊張をほぐし食事中も和やかな雰囲気になった。
食事の後には応接室に移動して歓談しているとナジェルさんはエミルの記憶障害を理解してくれた俺の両親にお礼を言い涙を流す。
「私達が平民なこともエミルの病のことも理解して受け入れていただきありがとうございます。娘を助けてあげられなかったことで長年悔しい思いをしておりました。フィル君と出会ってからは娘が幸せそうにしているので本当に感謝しています」
ナジェルさんはエミルを助けられなかったことをずっと後悔しているのが分かる。
「ナジェルさん、お礼など必要ないですよ。フィルが選んだ人生なので私達は子供の幸せを願っています。それにあの事故の件は我々貴族も全員知っておりますし、娘さんは被害者です。
記憶障害が残ってしまいご両親は心配なさっていると思いますが、これからはフィルもエミルさんの力になり共に生きていくので安心してください」
「そうですわ。エミルちゃんは被害者です。私は2人が出会って結婚してくれることがとても嬉しいわ! それにご両親の愛情が素晴らしいから障害が残っても前向きに生きてきたのね。フィルが泣かせるようなことをしたら私が許しませんよ」
「母上、私は泣かせるようなことはしませんよ? 誤解を招くようなことは言わないでください」
これからエミルが幸せになるのを見ればご両親も今までずっと抱えていた後悔から少しでも解放されるだろう。
俺の父も初めてエミルと会話をしていたが純粋さと可愛らしさに引き込まれていた。
父は姉をとても可愛がっていたが早熟な娘だった姉とは正反対なエミルにはお手上げだったようだ。口数が少ない父がエミルとご両親によく話しかけていたから好印象だと分かりやすい。
結婚の話になると女性陣、男性陣と分かれた。女性陣は式を挙げる教会の話やドレスや宝飾品の話をして母とマリアさんが盛り上がっているようだ。
男性陣はお酒を飲みながらナジェルさんとマリアさんのお店のことや町の様子などを談話する。
特に父は普段は聞くことができない平民の方しか知らない話題や日常生活に興味を示した。
ナジェルさん一家は翌日もお店があるので帰ることにになり母が大変寂しがっているのを父が慰める。俺もナジェルさんの家まで一緒に馬車で帰ったが降りてからナジェルさんが家の中に招き入れてくれた。
「フィル、今日はありがとう。俺は貴族が大嫌いだったがお前の家族は他の貴族と違うのが分かったよ」
「僕の家族以外にも貴族としての役割をわかっている方々も沢山いますよ。ナジェルさんが出会った貴族はたまたま良くなかっただけですから。貴族社会でも色々な人がおりますので平民の方々と同じです」
「そうだな、決めつけてはいけないのが分かった。お前も貴族だったな、今まですまなかった」
「でも結婚したら僕は貴族ではありませんから」
「ははは! そうだった。おい、エミル。フィルを部屋に連れて行ってもいいぞ」
「うん、ありがとう。フィルさんこっちよ」
「フィル、お前を信用して許可したんだ。変なことをするなよ?」
「はい、ありがとうございます!」
エミルは俺の手を引き階段を登り部屋に着いた。初めて部屋を見るがベッドとタンス、テーブルのみの簡素な部屋でエミルの匂いがして心地良い。
テーブルの上には俺があげたキャンディの瓶が置いてあり中身が溜まっているのが見えた。
「はい、今日のキャンディ」
「見て! こんなに溜まったの。いつも食べているんだけどたくさん会っているから溜まるのよ。瓶の中のキャンディを見ているとね、お守りみたいな感じがしてとても安心するの」
「お守り? 前にも言っていたよね?」
「うん、食べきれないほど会えているのはフィルさんが私を思って会いに来てくれているからだと思うと不安がなくなるの。だから心のお守り」
「あぁ、可愛くて堪らない。エミル、口付けしてもいい?もう駄目だと言っても我慢できないからごめんね」
エミルを抱きしめながら貪るように口付けをした。何回しても満たされることなく抑えが効かなかったが、ナジェルさんの声が遠くから聞こえて止めることができた。
「もう、そんなにたくさんしたらまた息ができなくなるでしょう。それに誰かが部屋に入ってきたら恥ずかしいわ」
「うん、そうだった。ナジェルさんに言われたけど最近していないから我慢できなかったし何度口付けをしても足りないんだ」
「結婚したら毎日できますから我慢です」
「あぁぁ明日にでも結婚したい…結婚したら毎日するし何度でもしたいからいい?」
「くすっ、いいですよ。私もフィルさんとしたいから」
「エミル、愛してるよ」
「うん、私も愛してる」
今にでもベッドに押し倒したい気持ちを抑えてエミルの部屋を出て帰宅した。




