承諾 ①
早番だった俺は朝早く仕事へ向かうが普段よりとても気持ちの良い朝に感じるので足取りも軽い。
殿下の執務室に到着すれば挨拶する声までも明るくなる。
「殿下、おはようございます」
「おはようフィル。ご機嫌な感じがするけれどエミルさんを連れて実家に帰ったことは上手くいったみたいだな」
「はい、求婚をしたら受け入れてもらえて母や姉もエミルを気に入った様子で安心しました。
彼女の両親へ報告をしてから婚約しますのでよろしくお願いします」
「へぇ、メンデス伯爵夫人にね。それは難関突破で良かったではないか。おめでとう、フィル」
「ありがとうございます。幸せすぎて怖いくらいです」
「はは、まぁ幸せなら良かったではないか。ところでフィル、話は変わるのだが昨日密偵からある情報が入ってね」
「周辺諸国関連でしょうか?」
「そうなんだ。北のメッシュバルン王国がどうやらきな臭い気配になってきたようだ。
北の大地は痩せてるから常に領土拡大を狙っているらしいが我が国の北にある境界線近くまで軍を配備し始めている」
「北はパイゼン領ですね。パイゼンは鉱物の産出量が多いですからやはり狙いはそこでしょうか?」
「私も同感だ。崩御された前国王は国交はしなかったが侵略する考えはなかった。反対に現国王は軍事国家の道を進んでいる。全く自国の問題を自国で解決せずに侵略する手段を選択するとは。
どこの国とも同盟を締結したがらないから困ったものだよ。
まずは明日からパイゼン領に第一精鋭部隊を送り込み警戒を強化するが、状況によっては第二、第三精鋭部隊を派遣することになりそうだ。
密偵からの報告次第では第三王子の僕が指揮を取り王都騎士団を率いてパイゼン領に向かうこととする。
フィルは第三近衛隊の団員に伝達してくれ。よろしく頼むよ」
「承知致しました」
「現国王がどこかの国を狙うのは予想していたし対策は早い方が良い。以前から密偵を多めにメッシュバルンへ送り込んで正解だった。
国民が生活に困窮しているみたいで密偵すら生きていくのは大変らしいが、パイゼン領を奪ったからといって解決することではないのに浅はかな考えだ。
陛下はメッシュバルンの動きの確証を掴めれば北以外の平和友好同盟国へ使者を送る予定でいる」
「国民が生活に困窮しているとしたら国の軍事力もそれほど大きなものとは考えられないのですがいかがでしょうか?」
「私もそう思うのだが仕掛けてくるとしたら何か裏があるんだろう。戦争をしたら更に国民が困窮するのに何がしたいのかまだ分からない。軍事国家だけではなく独裁国家にでもなるつもりなのか」
「はい、一番の被害者は国民です」
俺が浮かれている間にメッシュバルンと緊迫した状況になっていた。
メッシュバルンが我が国に対して僅かな脅しだけで武力行使に出ることをしないでくれたら良いが…。
それから4日後の午後、婚約の申し出をするためにエミルの両親へ挨拶に行く。緊張するより身も心もすっきりした気持ちになる。
「こんにちは、ナジェルさんマリアさん。今日はお時間をいただきありがとうございます」
「あぁ、堅苦しいのは無しだ。それで話とは何だ?」
「貴方、フィルさんに対してそんな言い方は駄目よ。
ごめんなさいね、この人はエミルのことになると誰でも警戒してしまって。
夫もフィルさんにはいつも感謝しておりますので誤解しないでくださいね」
「はい、普段通りで構いませんので気にしないでください。
本日はエミルとの結婚を承諾していただきたく参りました。私はエミルのことを愛していますので一生添い遂げたいです。ナジェルさん、マリアさん、結婚をお許しいただけますでしょうか?」
「エミルは何て…エミルはお前と結婚したいと?」
「お父さん、お母さん、私はフィルさんの傍にいたいの。それでお父さんとお母さんみたいに結婚して家族を作りたい。私はフィルさんがとっても好きなの、お願い」
「そ、そうか。こいつがいいのか…。まぁ、俺もお前のことは信頼して気に入っているからエミルが良いのなら許す。母さんもいいな?」
「はい、私はフィルさんがエミルを愛してくださっているのがわかりますもの。良かったわね、エミル」
「お父さん、お母さんありがとう!」
「ナジェルさん、マリアさん。お許しいただきありがとうございました。エミルを必ず幸せにします。これからもよろしくお願いします」
「エミルをよろしく頼むぞ、フィル」
「ナジェルさん、やっと僕の名を…ありがとうございます」
「まぁな、これからはフィルも家族になるから当然のことだ」
「今後のことですが、婚約をしてから結婚をしたいと思います」
「でも家は平民でしょ? フィルさんのご家族に結婚を許していただけるのかしら?」
「先日、エミルを家族に紹介しましたがとても喜んでおりました。早くご両親に挨拶に行きなさいとまで僕に急かしていたので心配はありません」
「そう、貴族の社会はわからないけれどフィルさんは家を継いだりしないのかしら?」
「あ、すみません。僕の説明不足でしたね。
僕の家族は父、母、兄2人、姉1人の6人家族で爵位は長男が継ぎ、もう1人の兄は他国へ留学中で姉は嫁いでおります。僕は今の仕事も続けますので変わりはありません。ただ、自分で爵位を持っているわけでもなく父の籍から抜けるので貴族ではなくなります。
ですからエミルと結婚をしたらご両親とも一緒に住めますよ」
「おい、待てフィル。お前貴族でなくなってもいいのか?」
「エミルと結婚できるなら貴族でなくても全く問題ないです」
「そうか、すまないな」
「私は元々三男ですから継承順位も低くどこかの貴族の婿に入るか新たに爵位を与えられない限り貴族ではなくなります。そこまでして貴族でありたいという考えは全くありません」
「ありがとう、フィル。それで一番大事なことだがエミルの記憶の件は家族は知っているのか?」
「いえ、これから私が家族に説明をします。私の家族は貴族ですが子供達を家の駒にしたりせずに子供の幸せを願う人達です。
エミルに会った母や姉も気に入っておりますし、こうして家族で普通に暮らせていますよね。
記憶の部分だけ理解できれば何も問題ありません」
「でも結婚だからな…。お前の家族には全て真実を話して欲しい。後から知らなかったとならないようにしてくれ。それが本当に問題なく済んだら婚約しても良いぞ」
「わかりました。必ず家族には理解してもらいます」
「あぁ、よろしく頼む」
ご両親に結婚の承諾を得ることができたので実家へ再び帰ると手紙を書く。無関係なメイドの出過ぎた行為がありクラリスを咎めて欲しいと追記して手紙を出した。
エミルの別れるという言葉に一瞬で悲しみと絶望に打ちひしがれたからメイドには怒りが込み上げてくる。
それから数日後、休日の日に俺は1人で実家へ帰ることにした。




