母と姉
結婚がしたい願望から今すぐにでも早く結婚したい決意に変わるのはあっという間である。
誰かに反対されようが、記憶障害が問題になろうが人生の伴侶をエミルにしたい。
これまで仕事も忙しかったのもあるが交際した女性とは短期間楽しめれば良かったし結婚願望なんて持ったことはなかった。自ら結婚に対して積極的に行動しているのに驚きだ。
早く結婚することを進めたくなった俺は次の休日にエミルを連れて久しぶりに実家へ帰ることにする。
真剣に交際している女性を連れて行くことは事前に手紙で連絡をしてあるのだ。
エミルはとても不安そうな顔をしていたが家族に交際相手を紹介したいから一緒に来て欲しいと説得した。
俺の家族は父アンドレア、母シェリーナ、嫡男アルフォンス、次男デューク、姉カトリーヌの6人家族。
兄弟の年齢はアルフォンス27歳、デューク24歳、カトリーヌ22歳である。
父は人当たりも良く穏やかな性格をしているが意外と頑固なところがある。
母は影では家の大黒柱的な存在で陽気な性格をしており世渡りが上手いが、家族にしてみれば毎日一緒にいるとうるさく感じてしまう。
嫡男のアルフォンスは爵位を継ぐために今は領地経営に専念しており結婚適齢期は過ぎているのだが縁談を断り続けている。
次男デュークは一度文官を目指したのだがニルセンブリナ王国の西側にあるライゼン王国へ留学をして母方の親戚である伯爵家に滞在中である。
姉のカトリーヌは伯爵家の嫡男に嫁ぎ現在妊娠中らしい。
嫡男の兄が跡継ぎの役目を担っているので次男と三男の俺は自由にさせてもらえている。
両親は子供達へ結婚を迫らず政略結婚はさせない主義だから息子は全員独身だ。
エミルを紹介することの問題は父より母である。
なぜなら人の好き嫌いがはっきりしているので気に入らないと一生駄目だと思う。
さすがに貴族同士の付き合いでは感情を出さないが、母の中では好き嫌いの名簿が作れるくらいに分かれている。万一、母がエミルを気に入らなかったら実家に寄り付かなければいい。
昔からそういう人だったから気にはしていなかったが自分の結婚したい相手がどちらになるのかが少し気がかりなのだ。
エミルは貴族に会うのも話すのも初めてなので行きの馬車から緊張している。
俺は緊張を解すためにたくさん話しかけるが今日のエミルはずっと不安そうな表情しかしてない。この前買った薄い水色のワンピースを着てとても可愛らしい姿なのに魅力的な笑顔がないのが残念だ。
「エミル、そんなに緊張しなくても大丈夫。俺の家族は威圧的な態度をしない人達だから怖がる必要もないよ。どうしても嫌ならこのまま帰ってもいいよ」
「違うの、家族に紹介してもらえるのは嬉しいよ。でも緊張しているけど記憶のことが不安なの。フィルさんの家族にお会いしても日にちが経つと忘れるから不愉快な思いをさせてしまうので気がかりです。だから会わない方がいいとずっと思っているの」
「そのことが気になってたのか…。それも心配しなくても大丈夫だよ。
これから先、俺が家族に時間をかけて理解してもらうから今日は挨拶ができれば充分だからね」
「挨拶ができれば…。はい、それなら私にもできます!」
「うん、その調子。店に立つときみたいに挨拶するだけから簡単でしょう?」
どうにか実家に着く前にエミルの笑顔が戻ってきたようだから一安心する。
実家に着くと執事のロダンが俺達を出迎えくれた。
「ロダン、久しぶりだね」
「フィルバート様、お帰りなさいませ。ご無沙汰しております」
「ロダン、こちらの女性はエミル。私の交際している女性だ」
「初めましてエミルさん。私はメンデス家の執事をしておりますロダンと申します」
「初めましてロダンさん。エミルです、よろしくお願いします」
ロダンはどうやらエミルが平民と分かっていて合わせてくれているようで玄関の扉を開けてもらい屋敷の中に入ると母と姉が待っていた。
「母上、それに姉上まで…、ご無沙汰しております。こちらの女性はエミル、私と交際している女性です」
「まあまあ! 予想通りの可愛らしいお嬢さんで嬉しいわ。私はフィルの母でシェリーナよ、よろしくね」
「私はエミルです。こちらこそよろしくお願いします」
「私は姉のカトリーヌよ。エミルちゃん、よろしくね。フィル、本当に可愛らしい子だわ」
「はい、お姉さん。こちらこそよろしくお願いします」
母と姉はエミルの腕を取り勝手に庭まで連れて行ってしまったが、どうやら2人もロダンと同じで合わせてくれている。
しかも姉上は妊娠中だから実家にいるのか? まさかわざわざ弟の恋人を見に来たのでは。
俺のエミルが2人に連れて行かれてしまい慌てて後を追いかけて庭に着くと東屋にはお茶とお菓子が用意されていた。
「エミルちゃんこちらに座って。今日はマナーなんて一切必要ないから緊張しないでね。普段通りで構わないわ」
「はい、ありがとうございます」
あぁ、エミルが笑ってとても可愛い。僕にも笑って欲しい。
「フィル、あなたも早く座りなさい。今日は家族だけだから気楽に過ごしましょう」
「では、母さん、姉さん。エミルを触りすぎないでください」
「嫌ね、男のくせに嫉妬なんて。エミルちゃん、こんなに嫉妬深い男だと大変ね」
「嫉妬? 私はよく分からないのですが、フィルさんは私をとても大切にしてくれるので大好きです!」
「まぁ、フィルが嫉妬をしすぎているのに大切にしてくれるなんて思えるのね。本当に良い子だわ」
「そうよ、フィルにはもったいないわ。でもこんなに純粋な子を選んだあなたは褒めてあげる」
「なんで俺が姉さんに褒めてあげるとか言われるのか理解できない。エミルが人を見る目があるから俺と交際しているんだ」
「そういうことにしておくわ。エミルちゃんお菓子は好きかしら? 遠慮なく好きなの食べていいのよ。食べ方なんて気にしなくていいから」
「お菓子はあまり食べたことがありませんが甘いものは好きです。この前フィルさんに茶菓子店に連れて行ってくれたのでケーキを食べました。とっても美味しかったですよ」
「フィル、あなたお菓子くらい食べきれないほど買ってあげなさいよ」
「エミル、今度たくさん買ってあげるからね。今日は気になるお菓子を食べてみて」
「はい、ではいただきます」
エミルが嬉しそうにお菓子を食べている。早くお菓子をたくさん買ってあげれば良かった。
食べている姿が愛しくてうっとりと眺めていたら母と姉も俺と同じようなことをしていた。
「はぁぁ…美味しそうに食べている姿も可愛いわ。遠慮しないでたくさん召し上がってね」
「皆さん食べないのですか? 私ばかり食べてしまってすみません」
「いいのよ、いつでも食べられるから。エミルちゃんが食べてくれた方が料理人も喜ぶわ」
「料理人さんはお菓子作りがお上手なのですね。とっても美味しいですし、初めての食べるお菓子ばかりです」
「それなら今度は料理人が作った夕食を食べにきて欲しいわ。エミルちゃんは嫌いな食べ物はあるかしら?」
「今まで食べられないものがないので嫌いなものはないと思いますが、貴族の方々の食事がわからないのでどのようにお答えしたら良いのか」
「いいのよ、家族だけの食事だから嫌いなものがあったら残しても大丈夫よ。だから次は夕食にいらっしゃい」
「はい…、ありがとうございます」
母と姉の性格は似ているので高慢な態度をとる女性とは合わないから印象は良さそうだ。母が夕食に招待しているということは…。エミルは母の好きな人名簿に載ることができたのだろうか?




