ミグロナ滝へ
エミルと交際してから2か月が過ぎた。彼女は男性と交際することが初めてなので俺に対して遠慮がちに接してきたが、最近では自然に手を繋いだりしてくるから嬉しい。
慣れてきたおかげで彼女を抱きしめるところまでは進展したがまだ物足りない…。
気持ちが安らぎ心地よい彼女の良い匂い、柔らかな感触の白い肌で温かい身体はずっと離したくなくなってしまう。初めて抱きしめたときの感動は今でも鮮明に覚えている。
あぁ、いつかエミルを一日中抱きしめていたい。
ここまできたら更に次に進んでも大丈夫か?といつも考えていることは知られたくない。
俺は紳士的な振舞いが出来る男だと自分に言い聞かせながら逢瀬の約束をしているエミルの家に行く。
今日の逢瀬はエミルの希望を聞き前から計画していたのだ。
「エミル、おはよう。はい、今日の分のキャンディだよ。今日は2人ともお休みだから一日出かけよう」
「はい、とても楽しみにしていたんですよ! 昨日は嬉し過ぎて何回か目が覚めてしまったくらい」
「えっ、寝不足になってない?」
「早く寝ましたので大丈夫です。でも今日はどこに行きますか?」
「良かった。今日の場所は着いてからのお楽しみだけど、とりあえず馬車乗場へ行って馬車に乗るよ」
手を繋いで馬車乗場に着くと予約していた馬車が待機をしていた。御者と予定を再確認して馬車に乗り込み出発すると初めて乗ったエミルはとても興奮気味である。
「フィルさん、初めて馬車に乗れて嬉しい! 思っていたよりも弾むし景色が流れるように変わるから馬車が速いのがよく分かります。乗せてくれてありがとう」
「喜んでくれて嬉しいよ。今度は馬車ではなくて馬に乗せてあげる。もっと速く感じるよ」
「わぁ、乗ってみたい。でも私は馬に1人で乗れないからフィルさんと一緒に乗れますよね?」
「そうだよ、僕が一緒に乗せてあげるから安心して。あ、もうそろそろ到着するかな」
王都を少しだけ離れて森にあるミグロナ滝へ来た。ここは人気の観光地になっており、馬車の待機場所や散策路も整備されていて歩きやすい。
御者には待機場所で待っていてもらい、森林の中の散策路を滝に向かって歩くのはとても気持ち良く2人の足取りも軽い。
滝に一度も来たことがないエミルは近づくにつれて徐々に興奮しているようだ。
「水の音が大きくなってきたよ。滝に近づいてきたら霧雨が降ったりしているみたいで冷んやりする。この場所だけ霧雨が降ってるの?」
「滝の水飛沫が舞っているだけで雨は降っていないよ。見に来て良かった?」
「はい! 絵本でしか見たことがなかったから感動しました。この滝は大きい滝なの?」
「ミグロナ滝は高さも幅も普通だけど、ここは観光地で人気があるから有名なんだよ。いつかエミルにはもっと高さのある幅広い滝も見せてあげたいな」
「ううん、この滝が見れたから私は満足したの。フィルさん、ありがとうございます!」
エミルの純粋さに愛しい気持ちが込み上げてきて抱きしめると、俺の胸に頬を擦り付けて心が安らいだような表情をしている。霧雨で少し肌寒くなっていたのでお互いの体温が気持ち良い。
遂に我慢できなくなった俺は両頬を優しく両手で包み込んで少し上を向かせ自分の唇をエミルの唇にゆっくりと軽く押し付けて口付けをしてみる。
エミルの表情を見て嫌がっていないことが分かると俺は何度も顔の角度を変え上下の唇を移動しながら繰り返し口付けをしたらもう止められなかった。
少しだけ身体を離した後、顔を見ると初めてなのに長い口付けが苦しかったようで手加減ができなかったことに申し訳ない気持ちになる。
「しまった…、止められなくてごめんね。苦しかった?」
「……はい。息があまり…出来ません」
「息は口ではなく鼻でするといいよ。」
「鼻で? 今度…試して…みますね」
「今から試してみる? 駄目かな」
エミルは首を何度も横に振っていたから少し残念な気持ちになる。
「上手く息…ができてない。」
「エミルとの口付けが気持ち良いからまた後でしてもいい?」
今度はゆっくりと首を上下に動かしてエミルは頷いた。こんな仕草をされるともう好きすぎて堪らなくなる…。
呼吸が整わないエミルを石の上に座らせて俺は後ろから身体を抱え込み楽な体勢にする。首筋に顔を近づけると彼女の良い匂いがしてきて何度も首筋に口付けした。
滝をじっと眺めて水が勢いよく落ちていく音を聞いたり、会話をしたりしてのんびりとした時間を過ごしゆっくり散策路を歩いて馬車置場に戻った。
馬車に乗り込み王都へ向かう途中、お腹が空いてきてしまったので後悔している。
「お昼を用意してくれば良かった。もうすぐ王都に着くから我慢してね」
「大丈夫です。お腹は空きましたがそれよりも胸がいっぱいで」
「えっ、乗り物酔いでもして具合が悪くなったのか?」
「ち、違います。馬車に乗ったらさっきの…その…思い出してしまって恥ずかしくなったの!」
「驚いた、心配したよ。さっきのとは口付けしたことかな?」
「フィルさん、私をからかってはっきりと言わないでよ。思い出すだけで胸がいっぱいになって顔が熱くなって大変なんですから」
「エミル可愛い。また我慢できなくなるな」
「馬車では絶対駄目です」
「うん、わかったよ。嫌われたら立ち直れなくなるから我慢する」
「あのね…初めてで恥ずかしいから困ってしまうの」
「エミル愛してる」
「わ、私もフィルさんを愛しています」
「ありがとう。これからもずっとエミルと一緒にいたい。ずっと僕の傍にいてくれる?」
「もちろんです。私もずっと傍にいて欲しい」
王都に着くと馬車を降りて食堂で遅めの昼食を取ることにした。エミルと俺の距離は今までよりも更に近づいてきたので明日にでも結婚したい。
以前の俺は一目惚れなんてあり得ないと思っていた。騎士団に入団したとき同期だった奴が一目惚れをして悩んでいることを相談された。俺は出会ったばかりでよく知らない相手を本気で好きになるなんて一時的な感情にすぎないと自信満々に答えていたのだ。
今なら同期だった奴に土下座をして自分が間違えていたことを謝りたいと思う程理解しているしその頃の俺を愚かな奴だと笑ってやりたい。
エミルと結婚するためには久しぶりに実家に帰るか…。母に会うと考えるだけで気が重くなる俺だった。
昨日はフィルさんと滝に逢瀬に行きました。初めて馬車にも乗って絵本でしか見たことがなかった滝を見れたのでとても感動したわ。それからフィルさんと口付けをしたのでそのことばかり思い出して胸の鼓動が速くなり顔が熱くなって仕事が手につかなくなるの。柔らかい唇が重なるとフィルさんの思いが伝わってきて気持ち良くなるけど恥ずかしい。
落ち着けないまま仕事をしてフィルさんのことを考えているとメイがお店に来ました。
「エミル、昨日は珍しく店の手伝いはしなかったのね?おじさんに聞いたら騎士の人と出かけたと言っていたわよ」
「うん、お休みしてフィルさんと逢瀬に行ったんだよ。お店に来てくれてありがとう、メイ」
「それで騎士の人とは上手く交際できているの?」
「それがね、私どんどんフィルさんのことが怖いくらい好きになってきているの。メイ、このまま好きになりすぎるとどうなるの?」
「好きな気持ちがたくさん溢れてくると愛してるになってその人と結婚したくなったりするんじゃない? 交際したことはあるけど私もまだそこまで好きになった経験がないから分からないわよ。エミル、騎士の人と交際してから幸せ?」
「フィルさんといると幸せな気持ちになる。それに私もフィルさんがたくさん幸せを感じてもらえるように尽くしたいの。だって両思いなんて信じられないくらいだからこの気持ちを大切にしたいわ」
「ねぇ、騎士さんの歳はいくつ?」
「えっと…21歳だよ」
「4つ歳上ね。私は騎士さんのことをあまりよく知らないけれど大人な雰囲気がするから女性の好みが違うような気がして。だからエミルが遊ばれていないと良いけど」
「遊ぶ? フィルさんとは沢山逢瀬に出かけているよ?」
「うーん、その遊ぶではないけれど…恋愛は色々あるから私はとにかくエミルが悲しい思いをしなければいいわ」
「うん…。ありがとう、メイ」
メイは何を心配してくれているんだろう?メイはたくさん恋をしたことがあるけれど、私は初めてだからかな?
交際してから2ヶ月が経つけれど、フィルさんとずっと一緒にいたいし好きになっていく気持ちも止まらないのに私はメイに心配かけているのかな?




