一章 5
一時間後、部屋には妃の十代前半に着用していたであろうお召し物が部屋の左端奥の空間に並んだ。勿論、私用のお召し物や部屋着などが完成すれば返却し、入れ替わりになる。
私はユーリの着付けによって、お召し物へと着替える。と言っても外出用ではない為、少しは大人しめの服装となる。今、身に着けた物は妃が現在着ている物とは少し装飾の少ないピンクを基調としたドレスだ。
「でもこれって、私に合わせて用意してるようにしか見えないけど」
ダークレッドだったり、青系だったりと割と濃いめの色を好むように見える為、妃自身が着ていたとイメージがあまり湧かない。
「当時、二度ほど着用して合わないと判断し、以降は使用せず飾り物と化していたようです。着てくれる人が現れて嬉しいと先ほどおっしゃっていました」
何だか、年頃の娘に着せて喜ぶ親の心境を見ているようで何とも言えない。でも、両親とは違い、非常に可愛がられているのがこの件だけでも分かる為、悪い気はしない。
さらに時間が経って昼前になり、国王、妃、第一皇子と対面する事となった。これは昼食や夕食を同席する者同士としての顔合わせだったりもするが、今回に限っては妃から一時的に過去に二度しか着てない衣装を見せる為でもある。
「まあ、とてもお似合いですね。やはりこのような色の物だと、あなたのような方こそが着るべき物ですわ」
妃はとても喜んでくれた。私もお礼を言って、頭をゆっくりと下げ気品を損なわないような動作を心掛ける。
「先ほど部屋に運ばせた物は全てあなたの所有物にいたしますので、遠慮なく使ってくださいね」
どうやら衣装を私の部屋に移動させた時点で、私に譲るつもりでいたらしい。本来の家族と言うのはこんな感じなのかなとふと思う。同時に家族として思われているとすれば、この家柄にふさわしくする為、諸々の所作などを覚えなくてはと言う思いもある。妃の笑顔を見て、涙が出そうな気もするけど今はまだその段階ではないので、笑顔を向けて心配させないようにした。
玉座にいた国王も笑顔で私を迎え入れ、近くに立っていた第一皇子も悪い感情は持っていないようだった。しかし、私には気になる点があり、その事を聞く。
「ゲズント様、ニーニはどうしていますか? 見たところ、姿が見えないのですが」
悪い扱いは受けていないはずだが、現状を把握する為にも聞いておいたほうがいいだろう。しかし、質問に答えたのは彼ではなくメイド長のキュルマである。
「それでしたら、私が透視魔法で静菜様を部屋にご案内した時から細部まで確認しましたので、口頭で説明いたしましょうか?」
すると、なぜか彼の顔が一瞬歪んで、慌てる様子を見せた。彼女は慌てる様子を見ながらも構わず答える。
「端的に言えば、ニーニ様を膝枕していましたね。それから食事を与えたくらいかと……あとは静菜様に施した事と大差はないと思います」
彼女の返答から推測すれば、変わった事としてはニーニを膝枕した事くらいだろう。それなら、召喚される日に会社から戻ってからがそんな状態で、しばらくリラックスしてから食事や風呂など、一般人としての日常生活を送るのが通常の流れになる。
こちらに召喚されると同時に獣人化したニーニだけど、猫としての習性はそのままらしい。良く考えると獣人化したからと言って、急に人のような行動をする訳がなく、私の如何わしい心配は無用だったと言う事だろう。キュルマも顔色一つ変えないし、何も心配は要らないと言う事だが
(もしかして、公に認められているのは私だけ?)
ニーニには個別に第一皇子の部屋内で食事をさせている事を考えると、この推測は合っていると思うが
「静菜様の場合、正式な妃候補として周囲に知らしめる方が我が国としても色々と都合が良いのです」
本当に選ばれて来た結果が私なんだなと、どこか遠い目をしてしまう私だけど
(希望に叶う人で無かった場合はどうなるんだろう……)
何だか、物騒な未来を想像してしまった。周囲が歓迎してくれているのだし、水を差したら失礼だと思うので、心の奥底にしまっておこう。
「メイド達から一連の流れは説明してくれているだろうが、貴女達の世界とは違いがあるみたいだから初めは見ながら覚えるが良い」
国王も最初から完璧にできるとは思ってないらしく、私が負担に思わないように気を遣ってくれた。何故なら今日だけで、着替えてからこの場に来るまでの間、メイドに通常時の一日の流れと言うのを一通り説明されたのも理由にある。
有事ではないので、基本的な事のみで儀式などもある訳ではない。しかし、それでも一般の私にとってはかなりの相違点だったので、少しの間は慣れないで苦労すると思う。
早速、昼食の時間になるので食堂に移動する。場所は来賓の為に利用する事もある為、城門から入って比較的浅い場所にある。
大きな装飾のあるテーブルに横並びに配置されてる椅子に座るが、まずは国王が中央の椅子に座り、妃が国王の左の席、逆側の席に第一皇子、そして私は第一皇子のさらに右側の席に座る事になった。
中央が国王と言う事に変わりはない。なぜなら、出てくる料理の肉を切ったり、色々な塊を分けて割り振るのは国王からと言うのがルールだからである。
これ自体はこの国が特殊と言う事ではなく、元々私の居た世界がこのような感じらしい。例えば、肉料理で肉の塊が出ているが、それを敷いているのは丈夫な厚めのパンを皿として扱っており、肉汁の染み付いたパンは私達が食事後、使用人や家畜などに与えられる事になる。
この場合はメイドであるキュルマやユーリ達が皿となっているパンを処理する事になり、後から全部食事してお腹へと入って行く。
百年前に日本人が二人召喚される前は基本的に手掴みだったり、グラスなど口をつける物は共用だったらしいけど、十年ほど前に共用で使っていた頃、他国で感染症が発生し、国全体の三割ほど亡くなった事から、今は皿やグラス、フォークやスプーンなど、個人が口をつける物は人数分用意される事になったらしい。
私としては食事のルール変更は助かる。肉料理を手掴みで食べるのもグラスを共用で使うのも現代の日本人にとっては普通は考えられない。衛生面を重視する世の中ではかなり精神的にきつい。
(でも、国王が各料理を切り分けて、みんなに割り振ってくれるのはありがたい)
いや、中世では国王が中心に食事をするとは言っても、振り分けるのは下にいる人達の仕事なのではと思う。
日本なら「下っ端が何をボサッとしてるんだ!」と人によっては声を荒げ、怒られるくらいだが、妃も第一皇子も大人しく、切り分けた食事を待って受け取る。
社会人の新人歓迎会の時は食べれる量ではないのに、おかしな量を突き付けられて勧められた食べ物を全て食べないといけないと言う暗黙の了解があったりと、正直嫌がらせなのかと思うほどだ。しかし、ここでは国王が適正な量を見極めて各人に渡さないといけない為、大量に渡されると言う事はない。小食な私にとっては良い事である。
なるべく音を立てずにや下品に見えないように食事をしましょうは私の居た世界での一般的な公での食事ルールなので、特に苦ではない。と言いたいところだけど、一般人だったので意外に注意しないといけないし、そんなに楽ではない。
(それにしても、肉が多いような気が……そう言えば、お妃様は美結くらいに大きいなぁ)
私が虐待親の影響でろくな食事も与えてこられなかったのもあるけれど、単純に食事の内容が肉食と言うのはそれだけ、体を動かさないといけないのだろうと言うのが想像できる。私には見えない場所で体を動かしていそうなのは、城に居る立場の有無を問わず、男女共に体の一部に筋肉が服の下から筋肉のシルエットが薄っすらと浮かんでいる為である。妃も全身は着ている物で隠れているはずだが、手首の根本が若干、筋肉があるだろう見た目の強さが見えていたりする。
昼食は肉を中心に野菜はおそらく、領土内で収穫したものだろう。テーブルの端で待機しているメイド達の中でユーリがなぜか胸を張っている様子だ。
(お湯浴びに使っていたあの技術、農業にはかなり便利だなぁ)
水だけでなくお湯も使えると言う事になると、寒さに弱い作物もどうにか育てられる可能性が出てくる。勿論、徹底的な温度管理が必要にもなる為、生半可な知識では無理だけれど、彼女ならそれくらいであればクリアしそうな気がする。
ユーリがなぜ作物を育てているのかと言うと今日の対面前までの間、彼女の育った家だったり、家族の仕事を聞いていたから。彼女の家は農家であり、家自体は国外への移動が認められていない身分の低い家らしい。しかし、第一皇子に助けられ、美容魔法で理想の外見に変えてもらってからはメイドとして、城の所属となり、国外への移動も王国の所用の範囲内なら外出可能と言うルールになったらしい。とは言っても、所属しているメイドはキュルマ以外は第一皇子及び王国に忠誠を誓っており、結局個人の所用で国外に出る事はないようだ。自らの意思で本来の命令に従うのは中々ない現象だと思う。
食事は飲み物を含め、二時間弱で食べ終わる事になり、食後はしばし談話をした後、同席した者は私を含め、自室なり仕事の為の部屋へと戻った。
メイド達はここからが食事だったり後片付けなどをする為、しばらくは一人で過ごす事になる。
私の場合はまだ、王国のルールなどは分かるはずもない為、部屋の中に置かれている本棚の本を読み漁って諸々の勉強を行う事になった。
最初に見たのはマナー本や王国の歴史の類だ。マナー自体は特殊な物もあったらしいが、百年前の召喚があってからは徐々に私の世界に合わせたルールに修正されていったらしい。私としてはありがたく、つまりは異世界ながらの独自ルールが薄くなったと言う事になる。
次に王国の歴史について考えてみる。百年前に召喚された日本人二人について、どうやら召喚された二人は姉妹だったらしく、この王国に残ったのは妹らしい。姉は元の世界に戻され、他言する事なく日本で過ごしたらしい。
(でも、あの時代は戦争真っ只中だった気がするけど)
昭和の初期にあたるので、第二次世界大戦の時代も生き抜いた事になる。普通に考えれば、途中で戦死だったり各種ミサイルの犠牲になった可能性が高いと思うのが普通だろう。そう考えると、この世界に残った妹と言う国王の先祖はとても幸運としか言いようがない。
召喚された姉も戦争が酷い事を知っていたら、元の世界に戻るなんて愚策は取らなかっただろうと思うと悲しくなってしまう。それを考えると、私もこの世界に残った妹と似た状況で幸運だったのだろうが、とりあえず叔母と美結にだけ、無事の連絡をしたいと言う思いだけはある。
(今頃、ニーニはどうしてるかな)
第一皇子のゲズントハイトと同室で過ごしているであろう獣人化した飼い猫を思う。しかし、彼も決して暇ではないだろうし、懐かれながらも仕事も黙々とこなしている姿が想像できる。ニーニに悪さしていなければ、良心的な飼い主だとは思うのでしばらくは任せる事にしよう。何かあった時はメイド達が知らせてくれるだろうし、現段階で心配する事ではないような気がする。
この日は特に何事もなく、一日を終える事ができた。




