一章 見知らぬ世界に召喚されて
私は飼い猫のニーニの体を抱きかかえながら、机に向かっていた椅子から立ち上がり、椅子をしまうと突然、白く眩しい光に全身が包まれる。
数秒後、光が収まり自室と思っていた周囲を見渡すと、全く別の光景が広がっていた。
どうやら、中世の王国のような城内で、右側には玉座、目の前には成人して間もないだろうと思しきライトシアンの光輝く髪をした男性が立っていた。彼は私を見るなり、目を左に遣った。目線の先には玉座に座っている王らしき壮年の男性だ。
「召喚は成功しましたね。ですが、問題は彼女がどのような人なのかが重要ですね」
私の背後から声が聞こえた。
声の主を確認する為に後ろを振り向くと、そこにはダークレッドを基調にしたロングドレスの貴婦人だ。おそらくは玉座に座っている王の妃なのだろう。
「はじめまして、私はシーグル王国で妃となるハイルフェルネと申します。以後、お見知りおきを」
私は無言で礼をすると、彼女は伸ばしていた左手の人差し指を折りたたむ。すると、今まで続いていた周囲の輝きは収まった。どうやら、彼女が私を召喚したのだと推測ができる。
「すまぬな、私はシーグル王国を治めているファインダルトだ。突然の召喚、失礼だとは思うが他に方法がなさそうだったのでな」
玉座に座っている王が自己紹介する。しかし、他に方法がないと言うのはどういう事なのか、良く分からない私は疑問しか沸かない状態だ。
そして私の前に立っている男性は無言であったが、妃が取り繕うように
「この子はゲズントハイトと言って私達の長子、つまりは第一皇子になるのでよろしくお願いします。そして今回、召喚した理由はこの子の適切な婚約者を引き当てる為です」
どうやら、第一皇子の婚約者を宛てがう為に私が召喚されたらしい。
(でも、普通は周辺国や対立国辺りの姫様を結婚相手に選ぶと思うんだけど)
わざわざ異世界から一般人を召喚する理由にはなっていないし、王族関係者ではない一般人を相手に選ぶほうがリスクは高いのに、何故だろうと考えてみる。そして、婚約相手の当の本人は相変わらず、私には目を合わせない。
私が到底、婚約相手になるとは思えない為、妃に質問する事にした。
「彼はどうも私の事を快く思っていないように見えますが、本当に私を指定してよろしいんですか?」
今の言葉に国王も顔を強張らせて、言葉を飲み込むような反応を示す。
妃は困った様子を見せながらも私の質問に答える。
「過去に何人か、関係のある国の姫を婚約相手にした事があるのですが、いずれも相手の問題で破談となり、最終的には戦争で潰しましたね」
(何をしたら、国同士の戦争に発展するんだろう)
相当な失礼を働かない限りは戦争になる事はまずない。と言うか、破談程度で深刻な事態になる事がまず考えられない。
相変わらず、困惑しながらの笑顔を保っている妃をよそに今まで黙っていた第一皇子は口を開く。
「お前の事は別に何とも思っていない。悪事を働かなければ、最低限の安全は保障してやる。それよりも、お前のそばに居る獣人は何者か教えてくれないか?」
私は獣人なんて雇った覚えがない。何を言ってるんだろうと周りを見渡すと、左側の少し離れた場所に足が短めで白髪の獣人の少年が立っていた。
「僕の名前はニーニ。そこにいる静菜に飼われているんだよ」
どうやら、彼は私の飼っている白いマンチカンのオス猫だった。
(獣人になるなんて、一回も記憶にないんだけど)
ニーニはただの短足種のマンチカンであって獣人ではない、間違いなく。
そして、なぜか第一皇子はニーニの前に行き、抱きしめてから涙している。
(なにこれ、どういう事?)
絵面として本当に訳が分からない。そして、彼が男好きではと言う疑いが出てきた。
第一皇子と向かい合わせる位置に居る妃は笑顔を引きつらせて
「この子は最初の姫に獣人化させた飼い猫を殺された事があるので、そこから基本的に女性は嫌いになりましたね」
(まるで私が女性ではないと言われてるみたいだけど)
現在、二十六歳である自身の顔を想像し、それほど若くない事を考えると溜息をつかざるを得ない。
そして、第一皇子に抱きしめられているニーニは猫としては二歳であり、人間に換算するなら二十四歳と言ったところだが、どうも一歳にあたる十五歳くらいの外見にしか見えない。どうやら若返りしているようだ。
すると、ニーニを手元から離してから、どこからか出てきた鏡面らしき物を私に確認しろと言わんばかりに見せた。
(あれ、私も若返っているけど)
若返ったのはニーニだけじゃなく私もだった。どれくらい若返ったかと言うと、十年前に叔母の家に保護された頃のような外見に戻っているようだ。
どういった仕掛けで、そうなってるのかは全く分からないが、このまま元の世界に戻っても関係者は戸惑う事となり、下手にこの世界から脱出する事はやめた方が良いだろう。
「その顔は、お前も若返ったと言うことか。まあ良い、それよりも元の世界に戻る事は諦めた方が良いだろう。戻れる方法自体はあるがな」
彼は世界間の移動自体はする事も出来ると言うこと。しかし私自身は十年前までの事もあり、正直、元の世界に戻る事が正解とは言えない。
「いえ、私としては急に居なくなり、心配してる叔母と従姉に連絡さえ取れれば問題ありません。若返った説明も二人にしか伝わらないと思いますし」
私が若返っても、以前と同様に接してくれるのは二人以外には到底考えられず、もしも両親が見たら、あの時を思い出して襲ってくるかもしれない。それを考えると、知られたくない人が圧倒的に多いのが何とも言えないところである。
しかも、両親に関しては特に注意が必要で、少しでも相違点があれば、あらゆる政府に対する敵対勢力を使ってどうにかしようとする魂胆が目に見える。私はその事を考えるだけで再び溜息をつく。
様子を見守っていた王は私にある提案をする。
「連絡だけでいいと言う事なら、第三皇子のシュピールに頼めば良いだろう。ただし、すぐに出来る訳ではないから一定期間を経て、と言う事になるが構わないだろうか?」
どうやら、異世界に対して連絡する手段を第一皇子の弟は持っているらしい。すぐに出来ないと言うのはおそらく、魔法の制限上不可と言ってるのだろう。私がすぐに帰ると叔母達に迷惑を掛けてしまう。いや、既に迷惑が掛かっている可能性すらある為、王の提案を受け入れる事にした。
「私はそれで構いません。どの道、いつまでも叔母のお世話になっている訳にも行かないですから」
若返ってる私を見ると何が何だか分からないだろうが、実際は保護されてから十年もの間、同居と言う形でお世話になっている。正直、お世話になる先が変更されるだけで申し訳ない気持ちもあるのだけど。
私の返答を聞いて王と妃は笑顔になり、安堵したと言うところだろうか。そして、第一皇子の彼はと言うと
「分かりました。まずは私はニーニと同室にしてください。彼女には別室を用意するようにお願いします」
どうやら、私に対しては歓迎はしてくれないらしい。ただ、私にも男性と同室になるのは耐えられない為、助かっている部分もある。妃は私の表情を感じ取ったのか
「ごめんなさいね。ゲズントとも女性不信でメイド以外は近くに居る事を許さなくて……ただ、あなたも男性不信そうに見えるのは何故ですか?」
多分、心の内が分かり易かったのだろう。女性不信の人も居るから、無駄に隠すのはやめようと思い、理由を話す事にした。
「実は十年前に父から乱暴されそうになりまして、寸でのところで叔母に助けてもらいました。母には叔母に保護される四年前から見えない場所に色々と虐待されていました。私の信用出来る人と言うのは、基本的に叔母とその子供の従姉の二人だけです。後は権力者が総理大臣くらいですね」
自身を本当に助けてくれる人が数えるほどしかないと言う説明を具体的にして、この場に居る人達に聞いてもらう事にした。すると、玉座に座っている王はある単語が気になって質問してくる。
「総理大臣とはどういう者の事を言うのだ?」
私はその瞬間「あっ」と異世界である事を忘れて変な誤解をされそうな説明をしてしまった事を謝り、速やかに修正する。
「総理大臣と言うのは……天皇と言う人が国王だとすると、総理大臣は全ての権力を失った天皇の代わりに権力を適正に振るって、政を執り行なう立場の人を指します」
王は私の答えに納得したようで
「ああ、全実権を持った教皇のような者か」
正解とも言えない答えだが、ニュアンスは伝わったので後は流すように話しを進める。
「どちらかと言うと、天皇が教皇みたいな人ですが、考え方としてはそのような者です」
私は総理大臣にも間接的にはかなりお世話になっているので、彼女に被害が及ばないような説明をして話を終了する。
妃は私の顔を見て、これ以上の詮索をする事はなかった。これは私と総理大臣の関係も良好なので、罰を与えるような事はしないで欲しいと言う意図が伝わった為だと思う。




