六章 4
目が覚める。どうやら自室のベッドに寝ていたらしい。しかも、今の格好は就寝時に着る物だ。
(そう言えば、できるだけの魔力を放って意識を失ったと思うけど)
考えられるのは私が気を失った事だけで、その後がどうなったかは全く分からない。
「おはようございます、静菜様」
体を起こした私に声をかけたのはユーリだ。私は状況を確認する為、彼女に現状を聞く。
「私は気を失ったみたいですが、あれからどうなりましたか?」
「静菜様が気を失った後、シーグル城を襲ってきていた魔族が強大な魔力に気付き、顔面蒼白にしていました。元々真っ青な顔でしたから蒼白かどうかは不明ですが……そして、蒼白ついでに身動きが取れなくなった魔族に女王様が魔力で出来た漆黒の門を開いてから魔族に左手を触れ、敵の体の内側全てに極大魔法を染み渡らせる事に成功したようです。その後、城に襲ってきた魔族は逃げるのみとなり、実行犯と融合をしたとの連絡は入りましたが、実行犯と同程度の力しか使えない状態で、乗っ取った国に籠城してるようです」
極大魔法を全力で放ったところで死ぬ事はないと思うと、魔族と言うのはやはり、人外なのだなと落胆しているが、ユーリは笑顔で
「いえ、魔族自身の力が使えないほどと言うのは間違いなく、静菜様のおかげです。普通は魔族にとって人間の魔力は栄養にしかなりませんので、敗走が精一杯の対応と言う時点で防衛は大成功です。そして、極大魔法を一時的に閉じ込めた女王様は疲労が著しく、今も自国の寝室に寝たままとなっております」
ユーリの言葉を聞いた瞬間、私は絶句してしまう。当然である。精一杯に放った魔法だけで意識を失うと言うのはそれだけ私の魔法が人智を超えた物の証明になるからだ。しかし、彼女は私の想像に色々と訂正をする。
「いえ、女王様は意識自体は失っていません。音声だけですが国王となら、情報のやり取りをしていましたし、後の作戦に対しても細かく指示しているようにも見えます。本当に女王陛下自身が動けなくなっているだけで、深刻……かもしれませんが、能力を考えればそこまで心配する事もないと思います」
深刻かもしれないは充分に考慮すべき問題だと思うが、気を失う直前に『第一段階を片付けてくる』と言ってた事も気になっている。
「ユーリ、後の作戦と言うのはどのような物になるのでしょうか?」
第二段階があるはずなので、聞いているなら教えて欲しいと思う。
「静菜様がお目覚めになられたので、玉座の間で話を聞くのが早いですね」
彼女の言葉は国王の伝言で、私が目覚めた後の流れを予め伝えていたのだろう。
私は昼食前の対面で、先述の件を聞き、昼食後に改めてと言う事で、その時に聞く事にした。
そこで聞いた話によると、第一段階では強大な力を持った魔族に出来るだけ魔力を削る事を目的としていたらしい。この段階でやる事は『化け物には化け物である女王自身をぶつける事』であった。
(でもこれは、彼女自身の心をすり減らす事になるのではないだろうか)
大事な何かを失う行為になりそうだが、話の続きを整理する。
第二段階が今後、私達が実際に現地に行き、実行犯と融合したのに弱体化した魔族を退治する事になるが、この段階で女王自身が戦力になる作戦は元々の予定になかったと言う事だった。であれば、どうするかと言うと、ブンターヒンメルの教皇であるゼーゲンが代理として、不測の事態に対応するらしい。これは神聖魔法が特に重要で、弱体化した今なら有効な手段だと言う事である。ただ、残念な話もある。乗っ取られた国は既に人が魔力供給の餌となっており、人が一人も存在しない状態に変わり果てているらしい。これについては現地に行ってみない事には良く分からないけれど。
昼食後、私達は入口前で待機していたラハトの転移魔法で問題の国へ移動する。
着いた先は人の気配が全くないゴーストタウンのようである。空を赤黒い雲で覆っているし、周辺の国は異変に気付かないと言う事はまずないだろう。
「静菜様、今回は弱体したとは言え魔族です。どのような手で襲ってくるかは分かりません。決して私の傍からは離れないようにしてください」
転移後、最初に発言したのはゼーゲン教皇。今の服装は教皇とは相容れない黒のインナーにブーツ、さらに黒のフード付きのロングコートを羽織って全身を黒で覆っている。今の教皇を見れば、誰もが暗殺者と思うだろう。
「私は戦いをあまり得意としていないので、静菜様と同じく頼りにさせて頂きます」
次に発言したのはラハト。転移魔法については一流と言っていいと思うが、東の国の件でも襲撃されそうになったのを見ると戦闘は得意ではないのだろう。
「私の場合、神聖魔法が見えないからな。その点だけがどうしても不安だ」
ゲントは神聖魔法の類は見えない、と言うよりシーグル国の関係者ならまず見る事ができない、が正しい評価だろう。
(これで本当に大丈夫なのだろうか)
私も含め、戦力になりそうなのが教皇しか居ない四人パーティーだけど、不安の方が明らかに大きな気がする。
とにかく、一度大きく息を吸ってから気を引き締め直し、一同は街の大通りを一直線に歩く事にした。
左右に並ぶ様々な施設や家など、特に変わりはないようだけど、そもそも赤黒い雲によって赤く反射してる為、異様な光景には変わりない。
しばらく歩くと、目の前に右から左へ歩く体全体がほとんど透けて見える人間が歩いている。私達が立ち止まると、その人も私に気付いて
「良かった……助けがきた……せめて、平和な地に戻してくれ」
あまりにもか細い声で言った後、完全に身に着けた衣服ごと姿を消した。
「どうやら、今まで何とか振り絞って生きていたのでしょうね」
教皇は目を伏せて、少し悲しい様子を見せたが
「おや? 何か落としたみたいですね」
地面に落ちていたのはこれまた、ほとんど透けていた手紙である。教皇はすぐに拾ってから読んだ。一分ほどで読み終えると手紙も完全に消える。
「この国の人口は一万人ほどで、彼は千人分の意思を伝える為だけにあのような姿を維持していたようです。後、魔族の居る場所は大通りを抜けた先にあるあの城で間違いないようです」
私達は改めて、大通りの先にある白いと思しき城を見た。赤く反射してる為、本当に白い外壁なのかが判断できないからだ。
気が逸れた私達はもう一度、歩き始める。それからは特に異変もなく、一時間ほどで目的地に着いた。
外見は城と言うより何かの施設に見え、それはまるでマンションのようだ。中世ヨーロッパの城と言えばそうかもしれない。とにかく、基本は四角と言える物で五階分仕切りが規則正しく横一線に並んでいる。そうだと思えば、広さは日本のマンションとは次元の違う広さであり、日本人であるならば、進んで端の外の景色が見える部屋を真っ先に借りるだろう。何だか良く分からない建物である。
城の真ん中にマンションとは到底言えない大きさの入口があり、そこから城内に侵入する。中は私達の居る城と大差ない構造となっており、外側のマンションみたいな外見の部分辺りが私の知ってるマンションの内装と予想できる。なぜなら、謎の太い溝がマンションと城の間に不自然に区切られたように存在するからだ。
(もしかして、また転生者か転移者の人が取って付けたのでは?)
不自然な仕切りをする辺りがいかにも日本人のやりそうな事と言うか……いや、今はそんな事を気にしている場合ではない。とにかく、城の奥へと足を進めると、ほどなくして大きな両開き扉が私達を阻む。
「私が開けよう」
ゲントが名乗り出た。私達は彼にお願いして扉を開ける間、何らかの援護を行う体勢を整える。
そしていざ、扉を開く為に扉の中央辺りを触れると、何と後は勝手にゆっくりと動き出した。敵の罠ではと思ったが
「いや、力をほとんど使わずに開くよう、作られている物らしい。これなら静菜でも開けられるだろう」
私の名前をわざわざ使うと言う事は最初さえ動かせば、後は放置しても開くと伝えたいのだろう。とにかく、今は扉の向こうに居ると思われる魔族の対応が最優先である。私達は戦闘態勢でいつでも対処できるようにしていたが、奥には確かに全身が青い肌の魔族は居た。
居たのだけれど「誰だ、あの時と同じ魔力反応を感じるぞ!」と何かに怯えている様子だ。
「先ほど消えた者の魔力と目の前の魔族、同じ魔力反応がする為、敵はこの方で間違いございません」
魔族から目を離さないまま、私に敵かどうかの説明をした。
「なっ!? 例の女王が居ないではないか。なぜ極大魔法と同じ魔力反応がある?」
(それは私です魔族さん。見た目は大した事がないようにしか見えませんが)
私は自嘲気味で心の中で思ってると案の定、敵は私の心を読み、冷や汗ならぬ黒い汗をかいている。
「なるほど、お前の物だったか……あの二人、事実と大きく異なる事を言いおって」
私を確認して納得したかと思うと、今度は二人に唆された旨の言葉を放つ。
「あの二人とは首謀者の事ですか?」
私の両親はどうしても不幸のどん底にしたいらしく、言葉巧みに私を攻撃対象にしていたらしい。
「そうだ。しかし今、確認したら極悪非道の娘どころか極悪非道の両親と言ったところだな。まあ良い、これは私と同じく唆された魔王様の顛末が楽しみだわい」
これで首謀者は確定した。そして、異世界を滅ぼしてでも私に苦しみを与え続けないと気が済まないらしい。この事実だけで、私はどんな気持ちでいれば良いのか分からない。
「ああ、魔王様は私と違い、この世界を征服できれば喜んで協力すると言ってるので、共犯と思ったほうがいいぞ?」
どうやら、両親の提案は渡りに船だったらしい。この魔族も一万人の魂を食らっているので、無罪ではないのだけれど。
「最後に残すべき言葉はもう、ないでしょうか?」
フードを被ってるはずの教皇は笑顔で魔族に語り掛けるが、その声は響きだけでも相手を破壊できそうなほど、狂気を感じさせる物だ。
「私と魔王様の名前だけはお教えいたしましょう。我が名はソピムス。そして、愚かな僭主と呼ぶべき魔王の名はヴィルヘ・テュフマです」
ソピムスは抵抗する様子を見せず、両手を前で組んで処刑を待つ。教皇はコートの内側に隠していた短い杖を自身の背丈ほどの長さに変え、白い魔法陣を彼の地面に出してからゆっくりと頭上まで移動し、神聖魔法で浄化していった。彼は首の位置まで上がってきた魔法陣を見ながら最後に言う。
「次に生まれ変われるならば、あなた達と敵対する事のない関係で居たい物です。一万もの人間の魂を食らっておいて言う事ではございませんがね……魔王様と首謀者との闘いが終わると良いですね」
魔法で完全に消える瞬間、ソピムスは穏やかな顔をして消えて行った。瞬間、赤黒かった雲も元の灰色へと戻り、普通の曇り空となった。
「あの魔族、悔い改めてくれればいいがな」
赤い空間から灰色の薄暗い空間に変わってから初めに呟いたのはゲントである。
「それは問題ないでしょう。何せ彼自身が話をしてる間、酷く後悔していたようですから、静菜様を見てから明らかに」
「魔族も人でなしばかりではない、と言う事か」
教皇とゲントは私の両親の人間性の欠如と比較し、浄化した魔族を慮る。私はあの時向けられた魔族からの僅かな慈悲に黙るしかない。
「さて、私達はもう戻りましょう。念のために城から出て、町の景色だけ確認した後、転移魔法で戻る事にしましょうか」
教皇の言葉と共に私達は再び、城を出る為歩き出す。帰りは明かりのない灰色の部屋。しかし、本来の白壁を確認しながら出て行く。
すぐに城を出て、周囲を確認すると町全体の建物の本来の姿が確認できる。やはり、本来の建物の外壁は白ばかりで、国が滅んでいなければ普通の小さな国として機能していたのだろう。それを思うとこのまま無人都市になるのは何とも虚しいと思わざるを得ない。
(本当に私の両親は人間なのだろうか? それとも、もしかしたら誰かから取り上げたのかも)
一連の両親が主犯となる事件や騒動を振り返ると、どうしても本当の両親ではない気もする。
「実の子供を道具として扱う親は結構存在しますよ」
不意に心を抉るような一言を放ったのはラハトだった。
「女王様の両親を事故死と見せかけ、隠蔽した一人に私の両親も関わっていました。幸い、すぐに処刑されて私は女王様の侍者として居る事を許されましたが」
深く考えるのはやめよう。彼のような似た親を持つ人達に失礼だし、幸せを自らの手で潰す真似にしかならないので良い事はない。
「まずは報告をしないといけませんね」
私は気持ちを切り替える為、転移魔法の準備となる言葉で同行者との移動を促された。
それからすぐにラハトは転移魔法を使い、まずはシーグル城の前に転移して私とゲントを送る。次に教皇をブンターヒンメルに転移し、最後に自身が自国へと戻ったようだ。
城に戻ってから私達は玉座の間で国王と妃にも転移先の国の状態や敵の魔族、後は両親である首謀者と魔王の存在などを一通り説明し、無人都市と化したあの場所をどうにか出来ないかとお願いしたら、私の問題が解決した後に同盟国全てで話し合いをする事が決まった。日程は未定だけれど。
「首謀者の居城さえ押さえれば造作もないが、未だに見つけられぬ」
一番の問題は小出しに実行犯が数々の事件などを起こしていたにも関わらず、両親の足取りは全く掴めない事だ。地球に隠れてる線は薄い。なぜなら、日本ならびに海外はすでに、総理が捜索令をあらゆる為政者に依頼をしてるがどう言った犯罪にもかからないからである。麻薬やテロ関係の線を探っても同じで、普通に考えれば、こちらの世界のどこかに隠れてると考える方が自然だ。
私や同盟国の人達も協力を取り付けながら、一つずつ解決してるのだが、今までの行動を見ても分かるように受動的にしか動けない。それなら先手で怪しい箇所も叩けば良いのかと言うと、それこそ相手の思う壺になり、少しずつ戦力を削られて手詰まりとなるのは目に見えている。戦いが得意な女王や神聖魔法に長けている教皇が探ってもなお、痕跡すら見つからないから相当な物だろう。今後、どれくらい場当たりで対応するかを考えると憂鬱にもなってくる。
今は両親を取り押さえ、脅威を完全に取り払う事こそが私自身の身の安全を保障する唯一の手段だ。そんな事をしなくてもと無責任な人は言うかもしれないが、私にとっては国や人を滅ぼして危害を加えようとしてくる時点で存在を葬る事が唯一の解決策なのだから。




