六章 3
あれからさらに半年が経つけれど。東にある昔の日本のような国の騒動からは何事も起きなかった。いや、何も起こせなかったと言うのが正確だ。
結局、東の国の件については騒動の翌日、教皇が再びシーグル城に謁見し、感謝を伝えると共に微力ながら支援をと言う事で、米がシーグルへ送られるようになった。米自体は時々食べる事はあるけど、ほとんどはパンだったり、米もパン生地として加工するので実質パンと言う状態である。
しかし、あの国の米と言うのは品質がとても良いとの事で、籾を摺って脱穀してから精米した物を炊いた方が美味しいとメイド達の味見で判断された。それ以降はたまにご飯が食べる事ができるようになり、日本を思い出す機会ができた。しかし、私はご飯に対してそれほどの執着はない為、食べる度に思い出す程度である。
後、ゲントとの結婚の件も停止した状態が続いている。なぜなら、首謀者の両親が捕まっていないからだ。私がどのような行動をしたとしても、護衛が手薄な瞬間を狙う為、周辺の安全確保が先となり、現状維持となっている。変化があると言えば、キルカスパートスとブンターヒンメルの国交関係が改善したのである。
理由はやはり、教皇の孫であるメアグラスの存在と活躍により、無宗教国としての弱点に気付き、一国との協力関係を持つまでなら良いだろうと言う事で限定的に了承された。ブンターヒンメルからは数人の司祭候補となる修士を派遣し、無宗教と言うのがどう言う思想を持って国が成立してるのかを勉強する目的でやっていく事になり、キルカスパートスからは女王の身辺警護からは外れているが、腕と人格には問題ないと判断された者を十名ほど派遣し、国防を安定させると言うお互いに利のある関係になっていった。そして、以前よりもさらに私へ危害を加えられる機会が少なくなった。
しかし、それでも敵対勢力はどうにか私に危害を加えようとして今日の朝、例の如くゲントが自室に入ってきた。
「また、過去に滅ぼした国の関係者が騒動を引き起こしている」
この下りは敵対勢力がまた、悪事を画策してると言う事なので、私は話の続きを聞く。
「今度は我が国と協力関係にある国を乗っ取り、その上で魔族と手を組み、事に当たっているらしい」
人間同士ではどうにもならないと判断し、魔族の力を借りてシーグルを乗っ取ろうとしてるみたい。魔族と手を組むと言う事はどう言う意味か分かってやってるのだろう。乗っ取るのは二の次で世界を潰し、後はどうでもいいと言う証拠である。
「しかし魔族か……最終的にはハーゼ・ベーゼに相談するしかないだろうな」
あの黒いウサギの事だけど、あの子は確か地下牢に閉じ籠っていて、極力は長距離の外出はしないはずだ。なぜなら、自身が動く時は国どころか、世界そのものも一瞬で破滅させるほど、強大な力を持っているからである。
両親に世界を滅ぼされるほどの恨みを買われる覚えがなく、むしろ世界が滅ぶほどの痛みを味わって欲しいと思うまである。
とにかく、恨みだけの為に世界をボロボロにしても構わないと言うのであれば、こちらも相応の手を打つだけ。ただ、そうは言っても具体案がある訳ではない。元々は私絡みの事件や騒動などとなっているのでどうにかしたいのは山々だけれど。
「今、実行犯と魔族が居座ってる国は北北東に位置するのだが、今回は既に魔族も居て、関連国も安全とは言えない。作戦を立てる場と言うのが我が国と言う事になるのだが……私達も魔族との対峙なると、力を合わせて拮抗と言う程度だ。基本的に私達は専守防衛に徹する。いや、それしか出来る事がない」
こればかりは私も魔族と一度も会った事がない為、肌で感じた事のある人間にしか分からないだろう。
(だとすると、魔族とまともに対抗できるのはヒルヴェア様だけだろうか)
束になって守るだけしかないのであれば、彼女しか討伐する力がないと言う事を意味している。しかし、彼女が一人で出向いた時、彼女の国が無防備になったりしないだろうか。
「女王陛下には偵察の名目で、目的の国に足を踏み入れている段階だ。今は調査の結果を待つ事しかできない」
これで朝の話は終わりになり、食事をしてから玉座の間に移動して話し合ったが、結局は専守防衛するしかなく、しばらくは自室、食堂、玉座の間に私達が固まって行動を共にする生活が始まった。
しばらくは変化がないかどうかは分からなかったが、突然、変化が訪れると言う事は不測の事態になった事を意味しているので、今は何も連絡がない方が良いと言われた。
変化が起きたのは十日後、私達が夕食をとって入浴し、夜となって自室に居た時、ゲントが自室に入ってくる。彼の服装は普段着ている鎧と変わらない為、すぐに例の報告と言う事が予想できた。
「女王陛下から伝言があり『魔族がこちらに向かってきたら私もすぐにあなたの元に来るから、その時は魔法で作った空間に向かって全力の極大魔法を放ってほしい』との事だ。使うには体内の魔力を体全体を前面に押し出すようにすれば、全ての魔力を使う事が出来るとも言っていたな」
美結の話では私は星を容易に滅ぼす規模の極大魔法を使えるらしいけれど、魔法を使った事は当然、一度もない。それを知っていてわざわざ伝言すると言う事は彼女の魔法だけでは対処不能で、全力の私の魔法が必要だと言う事である。
(その時が来たら、アドバイス通りにやってみるしかないか……しかも、ぶっつけ本番か)
これは相手に奥の手を知られない為の最低限の手段となり、現時点では私は何もできない無能と思われてるからこそ使える手でもある。しかし、ぶっつけ本番で試した事がない試みと言うのはかなり大変な事だと思う。なぜなら、試す事すら許されないから。
「はぁ……いざとなれば私も魔力の通り道を作る。安心して全力の魔法を放ってくれ」
ゲントは溜息をつきながらも、急場しのぎで私自身に起こりそうな不測の事態を防ぐらしい。私としては非常にありがたいので助かる。
さて、現時点では何も起きていないようだけど、本当に何も連絡が来ない。いつもなら有事の際には魔法陣が出てきて音声のみで連絡が来るのだが、それどころではないと言うのも考えると、相手がそれだけ厄介なのだろう。あれから、一時間半が経っていた。
そして、伝言された瞬間がついに来た。
「時間がないから、急いで私に極大魔法を全力で打ち込みなさい」
私の一メートル前方に、突然姿を現した女王はこれまた唐突に要求する。当然、私は魔法の使い方が分からずに困惑すると、ゲントが私の頸椎を左手、背中を右手で後ろから押し出してイメージした物を打つように指示する。瞬間、私の頭には丸い針穴とケーキのクリームを絞り出す瞬間が思い浮かんだ。
(多分、この感じで極大魔法を絞り出せばいいのかも)
普通に魔法を出しても無理そうなので、今思い浮かんだイメージで魔力を彼女に向かって全面に力の限り振り絞った。すると、上手く行ったようで虹色に輝く私と同じ大きさの光が彼女に襲い掛かる。待ちわびたように自身の目の前に漆黒の門を出現させて開き、私の放った物を全て門の奥へと封じ込め、それを閉じた。
「今から第一段階を片付けてくるから、話は後でするわ」
一言だけ私に伝え、彼女は目の前から姿を消した。私はその瞬間、体が疲労に襲われて意識を失った。




