六章 悪敵も盛んとなるが
あれからさらに時が過ぎ、私がシーグルの国に召喚されてから一年と一月が経っていた。私の髪は召喚されてから一度も切っておらず、背中まで伸びていて、見た目だけなら姫様に見えると思う。
そして現在の状況は、シーグル国の国王と妃の目論見が崩れ、今もゲントとは結婚していない。なぜならブンターヒンメルの件が原因となった。
当初は先月に結婚させる予定だったらしいのだけど、強権女王の娘や教皇と共に実権を握った大国の正統後継者と、以上の二つだけで様々な国との調整が必要になり、結局どうするのかがお互いに見いだせなかったらしい。とは言っても、第一皇子であるゲントとの婚約は破棄されてなく、現状維持と言ったところだろう。
(私にとってはほっとしてる部分もあるけれど)
色々判明したとしても、男性に不用意に接触されると身が竦んで動けなくなってしまう症状は治っていない。
それにしても、先月にシーグル国の妃として継がせたとして、どうやって子供が作れる状態にするんだろう。この疑問を先月の時点で妃に聞くと
「触れられなくても、子供を作る方法は魔法で可能です」
元々、ゲントに触られてもどうにかしなさいと言うつもりは無かったようで、まさかとは思うけど
(魔法で体外受精を……?)
あの笑顔に隠してる意外に打算的な妃なら考えられる。しかし打算的とは言っても、私が不利益を被る事のないように彼女は召喚当初から細心の注意を払っていた為、妥当な推測とも言える。私自身、別に子供が嫌いな訳ではない為、子供ができる事については特に異論はないけれど。
自室でユーリが私の着付けを終えた時、自室の扉が開いた。例の如くゲントだった。
「今度は東の国で敵対勢力が何かをやったらしい。以前、敵対の意思はないと教皇自らが謁見に来た国だ」
今度は抵抗されそうにない国を利用し、悪事を働いたらしい。そして、入口から遅れて黒紫の長い髪の見覚えがある女性が入ってきた。
「静菜、久しぶりね。本当は平和な時に会いたかったのだけど、私の力が必要だからやってきてあげたわ」
ヒルヴェア女王だった。時々、魔法陣から出る音声だけで会話をしてたので、久しぶりの感じは全くないのだけれど。
「お久しぶりです。ヒルヴェア様。本日はどのような御用向きで来られたのでしょうか?」
いつもの自国からの遠隔操作では不足と言うのが気になるところだ。しかし、彼女は表情を変える事なく
「私の前世の両親に関わる人が悪事を働いているらしいわ」
あれ以降、さらに両親が率いる〝加害者の会〟は悪事を働けなくなり、いよいよ無力な国を人質に取るような方法に切り替えたと言う事なのだろう。まったく胸糞の悪い話である。
「まあでも、その関係者に前世では殺されたとも言えるから復讐ができる機会を頂いたと思えば苦にはならないわね」
彼女自身は早くもやる気を見せている。正直、復讐にやる気があるのはどうだろうと思うが、殺されたような物なら当然の心理とも言える。
「とにかく、詳しい話は昼食前の対面でやるとしよう」
この流れになると言う事は、女王も一緒に食事をしてから同行する事を意味する。そして、今回は彼女自身が居る為、転移魔法は彼女の魔力も使いながら担当のラハトが実施する事となる。
問題の昼食前の対面となるのだが、女王以外はいつもの面々と思いきや、見知らぬ未成年と思しき白の法衣を身に纏い、短く切り整えられた金髪の少年が立っていた。
(あの子は誰だろう……白の法衣と言う事はブンターヒンメルの関係者だと思うけど)
碧眼のつぶらな瞳に顔全体が幼い感じが漂い、どう考えても子供に見える。私がこの子を気にしてると
「その者はブンターヒンメル教皇の孫、メアグラス・ゼルトザームだ。紹介してくれ」
少年は右手を胸に当て、自己紹介をする。
「初めましてメアグラス・ゼルトザームと申します。教皇より今回の同行の任に就く事になりました。よろしくお願いいたします」
一同に向けて礼をして挨拶を終える。
「今年で十三歳となり、教皇の代わりとして寄越してきたようだ」
国王はさらに一言付け加えた。
若いと言うよりは幼い様子に思わず、心配になる私だけど、彼は私に笑顔を向けてきて
「問題ありません。私も既に十三となります。最低年齢には一つ足りませんが、役目はしっかりと果たさせて頂きます」
最低年齢と言っても十四歳となり、それよりも一歳下と言うのは不安でしかないが、ゲントに目を合わせ、助けを求めると
「心配はない、武力なら私と女王陛下で対応すれば良い。今回は不死者を取り扱う事もあり、強力な神聖魔法の使い手を派遣して頂いたからな。その点については心配していない」
どうやら神聖魔法が必要なトラブルらしい。油断してると私も不死者の類となり、思考する事ができない状態になるのを意味してるので、少しばかり顔が強張ってしまう。
「不死化については一日以内に対処できれば大した問題はありません、ご安心ください」
少年は私を安心させるように言うが、すぐに対処したとしても若干の悪影響を残す事を隠してるようにしか見えず、安心できる事ではない。
「私が初めて不死化に乗っ取られそうになった時は驚いたわ」
唐突に女王が不穏な発言をしたが、次には右側の口角を上げてから
「対処してから、すぐに元を国ごと滅ぼしてあげましたら、それ以降は誰も不死化をしようとしなくなりましたね」
彼女に危害を加えた対価と顛末が相手にとっての悲惨を意味する言葉でオチが付いていた。やはり〝強権女王〟と言う二つ名の付いた彼女を敵に回してはいけない。
国王は咳払いをし、場を切り替えて
「危険もあるだろうが、今回はメアグラス殿と共に脅威を取り除いてくれ」
玉座の間での話し合いを終了した。
この後は昼食をとる事になったのだけど、特に変わった事もなく食事を終えた。
いよいよ、転移魔法で移動する為に城の入口前に出たが、今回は転移魔法を使うラハトと私達四人と言う最低限の戦力で事に取り掛かるらしい。
これは前述の通り不死化の魔法による傀儡となる人間をなるべく減らし、余分な魔力消費を抑える為である。そうしなければ、常に女王と少年が警戒の為に魔法障壁を作り続ける事になり、魔力が切れた時を見計らって襲われると言う結末を防ぐ為だ。よって、今回は馬車自体も用意していない。
早速、転移魔法で移動し、目的の国らしき場所に転移したけれど
(田んぼしかない……他に家はないのだろうか)
見渡す限り、田んぼと歩く為の道があるだけだ。現在居る場所は整備されていない十字路の真ん中だけど今は人の姿もなく、水の張られた田んぼに何らかの作物が植えられたと言う事実のみがあるだけ。
「魔力反応はありますね。不死化していれば通常とは明らかに違う傾向になりますので」
少年の発言で周囲の人間が不死化されてると言う事実は現時点ではないようだ。彼以外は不死者特有の魔力反応と言う物が良く分からなく、一見すると田んぼの風景が広がってるようにしか見えない。
「分からないようでしたら、人が居ると思われる魔力反応のある場所に案内いたします」
彼が同行していて良かった。私達だけなら、しばらくは当てもなく田んぼの景色を闇雲に捜索してる未来しか見えないからだ。
先導してもらい、歩く事二十分ほどで茅葺屋根の家が見えた。
(これは何時代の日本なんだろう)
現在ではごく一部の地域に同じ形式の家と言うか集落があるけれど、それは文化遺産を守る為と言う名目で純粋な生活の為と言う事ではない。同時に何をやるとこんな古風な居住となるのかも疑問として浮かび上がった。
人の姿が見えないのはなぜだろうか。魔力感知を頼りにここまで来た一人を除いては状況が不明で、少なからず警戒をする他ない。
「二人ほど横たわっているみたいですね。しかし、起き上がれないと言ったところでしょうか」
彼には人数と状態が分かるらしい。ゲントは左腰に掛けた剣を抜けるように用心し、女王は左手をダラっと下げて魔法を使えるようにしている。私はと言うと胸に右手を当てて何もできていない。これは対抗する手段がないからだ。何とも情けない限りだけれど。
私達は二人が居ると言う茅葺屋根の家の玄関に着き
「私が最初に入ります。すみません、誰か居れば返事をお願いします」
少年が大声で横たわっていると言う二人に声をかける。しかし何も聞こえない。
「いえ……声を出そうとして、出なかっただけのようです」
そう言えば、魔力感知で判断していたので、私達と見える情報が違う事を忘れていた。
「今からお邪魔して、そちらに様子を見に行くのでよろしいでしょうか?」
やはり、私達には何も見えないので意思確認ができてるか不明である。
「許可は頂けたので、靴を脱いでから家に上がりましょう」
(どうして日本式の家の上がり方を知ってるんだろうか)
ゲントは靴を脱ぐ様子が無かったと言うのに本当に不思議な子だ。
私達は靴を脱ぎ、板張りの床を歩いて目的の人達の場所まで行く。当然、部屋の中は畳が敷かれていて、左奥の部屋に目的の二人が布団で寝ていた。確認すると二人とも顔色が悪く話す事ができないようである。しかし、神聖魔法を使える彼は何事もないように
「大丈夫ですか? おそらく不死化の魔法により体に異変が起きていますので、今から治療しますがよろしいですか?」
許可さえ取れれば治療ができるらしい。二人は声を出せず、ゆっくりと寝たまま頷いて彼に許可をする。
「皆様、少しだけ離れていてください。今から神聖魔法で不死化を完全に解除しますので」
私達は訳も分からず、彼と布団の二人から距離を取った。そして、神聖魔法らしき白い魔法陣を出して、それを布団にいる二人に右手をかざした。すると、布団の二人は急にビクンと体を強く動かしたかと思うと、また布団に収まった。
(もしかして不死化してしまったのかも)
二人の挙動はゲームに出てくるゾンビ化のそれと同じで、私はさらに一歩後退して有事に備える。
しかし、予想は見事に外れ、布団の二人は「ああ、きつかったなぁ」「もう駄目かと思ってました」と普通に言葉を発した。
そして、二人は布団から体を起こし、神聖魔法を使った彼に感謝の言葉を贈る。
「ありがとうございます。急にやってきた厚かましい奴に実験台と言われてこの状態にされたんですよ。本当に助かりました」
「私達の国に教皇様より随分と優れた魔法の使い手のようですが、とにかく今はありがとうございます」
今の二人は顔色も良く、普通の農民と言った感じである。どうやら、夫婦で農業を営んでいると言うか田んぼしかないので、そうとしか予想できない。
「いえ、不死化前に対処できて、私としても本当に良かったと思います。ただ、今の話だと国ごとやられていると認識でよろしいでしょうか?」
本来の目的である敵対勢力への対処と言う目的が主な為、自然な情報の聞き方だと思う。
「『私は優秀な〝日本人〟だ! お前達のような下民は一人残らず跪くべきだ』と何とも傲慢な発言をして、この国全体に不死化魔法をかけた後、教皇様の住処に居座ってしまいました」
その目には涙を浮かべている。この私の知らない日本のような国の教皇が好かれていると言うのは意外で、どう言葉をかけるべきなのかは思い付かない。女王も同じようで教皇の単語が出た瞬間、嫌な顔をしていたが、好意的な言葉を聞いてとまどっているみたいだ。
「となると……その魔法をかけた人を捕らえて、触媒にしてから全員の不死化を解除する方が早いですね」
彼の言葉で実行犯の死と消滅が確定した。さすが教皇の孫と言ったところか、ゲントは首を大きく縦に振り、彼に関心してる様子を見せた。
(この辺りの判断は地球に居た私には出来そうにない判断だなぁ)
こうやって、地球とは違う生命の価値観の違いを聞かされると嫌でも分かるが
(あれ? 女王の前世は地球なのにどうして平気なんだろう)
元を正すと彼女も日本人。特殊な育ちだとは思うけど、人が処分される事については違和感を持たないのだろうか不思議でしょうがない。
「別に場数で慣れた訳ではないわ。私に危害を加えた人なら死と消滅を願うのは当然の権利じゃない」
当たり前のように心を読んだ女王が私の疑問に答える。彼女は結構根に持つタイプの性格なのかもしれない。私にはそんな態度を一切見せないのに。
「教皇の住処と言うのは場所としてはどの辺りになるのでしょうか?」
少年の方は私達に構わず、聞き取りが続いている。
「ここからさらに東に十字架を象徴にした大きな建物がそうですが、距離は一日では到底着きません。転移魔法を使えるのであれば、時間を短縮して行ったほうが確実です」
彼は言われた方角を魔力感知で辿って探しているようだ。
数分後、彼は魔力の塊を見つけたようで
「なるほど、この距離だと時間切れですね。転移魔法を使って移動する事にします」
すっかり元気になった二人に礼をして、私達も家を出る事にした。
そして玄関前に出ると、待機していたラハトと刃物を女王に向けていた何者かが居た。しかし、既に頭を左掌でしっかりと掴まれていて身動きが取れないようである。
(でも、あの状態だと普通に動けると思うけど)
今、彼女が左手でやってる技はアイアンクローで顔から下を動けるはずなのだけど、どうしてか全く動けない。
「魔法で顔から下は感覚喪失魔法で動けなくしてるから問題ないわ」
動かせない顔だけをわざわざ感覚を残し、耐えられない苦しみを味合わせると言う何ともまあ残酷な行為に私は特に何も思わない。なぜなら、襲ってきた人が父親の姿と重なった為、地獄に堕ちろと思ったからである。
「後は転移魔法でブンターヒンメルに送り付けるから、そこで処分してもらうだけですね」
わざわざ言わなくていい結末を相手に聞かせ、恐怖に支配された相手は身震いをして涙を流している。
「ラハト、転移魔法をお願い」
すぐにラハトは転移魔法を使い、魔法陣の先に相手を押し込んだ。そして、なぜか女王は魔法陣を出し、音声だけが聞こえる状態にした。
音声の先には
「ようこそ、ブンターヒンメルへ。私、真の教皇であるゼーゲン、と申します。あなたはこれから終わりなき地獄に送ってあげますので、痛みと言う快楽に少しばかり酔いしれてください」
まるで暗殺専門の偽物教皇を演じて怖がらせているようだ。相手は「ごめんなさい、もうしませんから殺さないで」と泣きながら訴えているが
「いえいえ、不死化魔法の行使は立派な重罪です。少しは痛みも受け入れるべきですね。では、痛覚過敏魔法」
詠唱をする必要もないのにわざと、効果の分かる言葉を発してから魔法をかけ「では、さようなら」何かを刺す音がしたがこちらには分からない。
相手の断末魔の叫びは凄まじい物だったので、何をしてるのか想像は付くけど、分かりたくもないので現実逃避した。
女王はそこまでで魔法陣を解除し、音声を途切れさせる。
(単純に性格が悪いんだけど、大丈夫かな私)
最初にこの性格を知ってたら多分、警戒して距離を取り続けていただろう。
「静菜にこんな事する訳ないじゃない。敵にはこうする事を教えただけであって」
どうやら、自らの汚れ仕事を私に知ってもらい、優しくして欲しいと言うアピールだと想像できたので私は彼女の頭を撫でてやった。すると彼女は笑顔で目を細めて満足そうにしていた。その様子だけを見たら、頭のおかしい二人にしか見えないと思う。
とにかく、転移魔法の使用者を襲ったと言う事は解決に近いと自ら言ってるような物なので、改めて私達は教えられた東の方向に位置する教皇の住処へと転移魔法で移動した。




