五章 2
あれから五日ほど経った。
先日の話にあった『いつでも襲う事ができる』との言葉を重くみて、毎日、ユーリやキュルマが常に傍に居る状態へ日常が変化した。
そして、朝起きてから一時間後の事である。
「実行犯二人を捕縛したと連絡があった。食事の後で構わないから来てくれと言う事だ」
どうやら、犯人が捕まったみたいだがどうやって捕まえたのだろう。思い当たりのないまま推測していると
「その事についてはあちらで話をしてくれると言う事だった」
それはありがたい話だ。少しでも有事に対応できるパターンを増やしておきたいので助かる。
こうして、昼食まではいつも通りの行動となり、食後にまた、ラハトの転移魔法でブンターヒンメルに行き、謁見の間で国王と教皇の話を聞く事になった。
「お待たせしました。私達は二週間ほどかかる予定で実行犯を捕らえる準備をしておりましたので」
前回に言ってた居場所は分かってると言うのは何だったのだろうと考えていると
「いえ、居場所は判明していたのですが勘付かれたようでして、実行犯とは別の人物が〝擬体魔法〟で大量に同一人物の偽物を量産しまして、本人を特定するのに手間取りました」
教皇の話し方からすると、前回の会談で危険を察知し、行動を起こしたと言う事なのだろう。これ自体は当然の行動とも言えるけれど。
「実行犯を二人とも捕縛したので同一の事件は起きないとは思いますが、擬体魔法を使った者は捕らえる事が不可能でした」
つまり、別の人が違う事件で同様の逃亡手段を使う事が可能と言う事である。両親でもない誰かと考えると全く思い当たりがないのでどうにもならない。
「神聖魔法の反応をなかったようですし、異世界特有の魔力反応もありません」
(ん? 異世界特有の魔力反応?)
国王が話した内容は初耳だった。今まで世界ごとの特有の魔力反応と言う話は誰にも聞いていない。もう少し話が聞きたいのだけれど。
「異世界人の魔力反応については不知でしたか……貴国は無宗教国と言うのもある為、説明した方が良さそうですね」
今の言葉にゲントは私だけに言った訳ではないと知り、国王の顔を凝視して話を聞く体勢になる。国王は咳払いをしてから改めて説明を始める。
「普段、魔力反応は各人の使える系統の魔法などで違いが見えるのですが、貴国や強権女王の国などは無宗教の国と言う事になります。ただ宗教が関わっているか否かと言う事ではありません。この世界と他のあらゆる世界で根本的に構造が違います。ですので、あなたも元居た世界では魔法などは使えないと考えられますが、いかがですか?」
私に聞いてるようだ。彼の問いに黙って頷き、再び話を続ける。
「よろしい、では何が違うのかと言うと体内の魔力の巡り方が違います。私達の場合は手に魔力を集めたり、詠唱でイメージした場所に魔力を集めたりと比較的体の浅い場所から魔力を引き出す事ができます。しかし、あなたの場合だとそうですね……常に心臓を中心に回っているようですが、極端な事を言うと心臓を掴みでもしない限り、通常は魔力を自在に引き出す事ができない、と言った具合になります。これはあなた自身が魔法を行使する事が下手なのではなく、体内から魔力を溜め込むような構造になっている為です。あなたの世界にも魔法を使える方は居るのではないですか?」
急に何かを掴んでるような質問をしてきた。私は美結とのやり取りを思い出しながら答える。
「以前、私の従姉が話していて私達の世界では魔法は使えないけど、こちらの世界であれば自由自在に使えると言っていました」
するとなぜか、同席していた教皇の顔が曇った。どう言う事だろうかと思っていると教皇自身から答えが返ってくる。
「私の調べた限り、あの世界で魔法を行使するのは不可能です。そもそも魔法を使うと言う発想が存在しないのですからこちらであれば使えると言う事自体があり得ないのですよ」
言い終わるとまた、教皇の顔が曇った様子に戻る。私は他に聞いてる情報を伝える。
「後は百年前にこちらの世界に召喚された姉妹の妹がシーグルの国に残り、姉が私達の高祖父の母と言う事も聞いています」
私のさらなる答えに今度は国王が口を開く。
「まさか、その元の世界に帰った人物の名前は〝沙晒美代子〟と言う名前ではないか?」
先ほどとは一段階、低い声で聞いてきた。私は首を縦に振ると、国王と教皇は頭を抱え、しばし無言の間と化す。
そして落ち着いたのか、教皇は発言権を国王に譲ってある話をする。
「その美代子様と言う方、召喚されてから二年後に当時のブンターヒンメルの血を引いた国王が求婚してるのですよ」
さすがに私も驚きを隠せなかった。同時に美結にも伝えるべきだと思ったけど、すぐに伝える手段もないので考え込んでいると、教皇が私の心を読んだのか
「美結と言うのですな。今すぐ伝達しよう」
(連絡手段がない状態でどうやってやるのだろうか)
私達が知ってる手段はプロジェクター紛いの方法で異世界と通信していたので見当が付かない。
しかし、一分後には教皇が連絡手段を確保したらしく、声が聞こえる。
「〝千城美結〟様、でよろしいですな?」
「え、あなた誰? どうして念話だけで話ができるんですか?」
漏れ出た声からして美結で間違いないけど、心当たりのない相手にただ驚いている様子だ。
教皇は連絡を取れたので、一度落ち着いてから話を始める。
「申し訳ない。私は今、くつか……静菜様と話をしておりまして、重要な事が判明しまして急ぎ、美結様に連絡いたしました」
この時点で教皇の目には涙が浮かんでいた。声しか聞こえないので感情の分からない返答がくる。
「静菜と関係……分かりました。可能な範囲でお答えいたします」
声の主を敵対勢力ではないと瞬時に判断した。さすが美結としか言いようがない。ここからは二人の会話が続く。
「実は百年前に召喚された姉妹の姉に当たる人物が我が国の当時の国王から求婚されていまして、そこに関連しての話です」
「えっと……どこの国の王ですか?」
「ブンターヒンメルです」
国名を聞いた美結からしばし、無言の時間が続く。やがて声が返ってくる。
「確か、宗教国で教皇と共に国家を運営している大国ですよね?」
どうして、異世界の国の事を知ってるか不明だが正解を導き出した。
「ええ、求婚を断られたモナルヒ国王は未婚を貫き、今から三十五年前の九十歳の誕生日に孤独な死を遂げています」
「孤独な死、ですか……誰も相手は居なかったんですか?」
教皇は首を横に振り「いえ、国王が頑なに断ったと書物に残っています」と結論だけ答える。
「ご先祖様も罪作りだねぇ……大国の王だと超大当たりじゃん」
漏れ出た言葉に普段の素の口調が出てしまっている。
「私も美結様のような考えの方であれば安泰だと思いましたが、残念です」
無礼な言葉に怒る様子も見せず、美結に同調する。
「それにこの世界に残っていれば静菜だって、あんな仕打ち受けていない訳ですし」
「あんな仕打ち……なるほど、そう言う事ですか、今確認しました」
私の顔を見て、過去の出来事を詮索したらしい。悲しくなるからやめて欲しい。
「美結様はこちらの世界に住みたかったように見えますが、どうしてでしょうか?」
「それはあなた達の世界でなら、自由に魔法が行使できるから当然ですよ。それに静菜も星を滅ぼすレベルでしか使えない勝手の悪い極大魔法を体内に留める必要もないですし」
美結の私への評価を教皇に伝えた途端、国王は「やはりか」と何か腑に落ちたような表情を見せた。
「これで分かりました。我が国は第一皇子の次期妃候補となる静菜様をお守りしないといけない事が」
「私も本当はそちらに行って静菜を守ってあげたいんですけど、今は不可能そうなので、どうか代わりにお願いいたします」
教皇は首を縦に振ってから言葉を続ける。
「有事の際には国の威信を懸け、静菜様をお守りいたしますので、どうぞ安心してください」
「よろしくお願いいたします。必要な事は全て伝えましたので、会話を終了願います」
「ええ、以上で伝える事は終わりとなりますので、これで失礼します」
教皇は美結との会話を終了し、私達との話し合いに戻った。
国王は大きく溜息をついて話を再開する。
「はぁ……実質、正統なるブンターヒンメル国の姫を護衛する事になるのか。正直、驚きを隠せませんね」
それだけ、美結との話は重い内容だったらしい。私の意図しないところでどんどん話が大きくなっている事に戸惑ってしまうけれど。
「これからは我が国もシーグル王国と同盟を結ぶので、静菜様は自分の家だと思って辛い時は帰ってきてください」
国王から急に改まった様子で言われ、困惑するが
(これで同盟国が増えたのは嬉しい限りだけど。でも、何か重要な事を忘れてるような……)
「まずは捕縛した実行犯二人を見せないといけませんね」
そうだった、今日こちらに来た理由は二人の実行犯を捕らえた事が主な目的だった。
早速、私達は国王の先導のもと、捕らえた二人の収容場所に案内される。
入口から反対側の位置に玉座の間があり、そこからの隠し地下階段を使って行くようである。これはシーグル国でも同じなので特筆すべき事ではない。
地下牢へと足を踏み入れ、規則正しく一列に並んだ牢を一つずつ確認していくと、突き当たりに近い右奥から三番目の牢に実行犯と思しき二人が収容されていた。
「おい、貴様。こんな事をしてただで済むと思ってるのか!」
最初に怒号を上げたのはおそらくは元国会議員だろう。今はスーツではなく、囚人服を着て髪もボサボサになっている。
「どうしてお前のような奴が教皇になれたんだ? 殺し屋がなるなんておかしいだろ! きっと全部殺して反対票を消したんだ」
次に声を上げたのは枢機卿だろう。殺し屋と言うのが気になるところではあるが無視でいいだろう。
「私、助祭になる前は罪人を処刑する仕事をしておりましたので」
教皇は嘘は言ってないだろう。なぜなら、既に隠し持っている何かで始末する構えをやっているからだ。
「その処刑を行う仕事はお願いしたのは国王の私なのですが?」
どうやら今のは国王にとっては禁句であったらしく、体の内側から禍々しい魔力を私でも感知する事ができる。
「まあ、いいでしょう。もうすぐ始末するのですから、と言う訳でして静菜様、顔色が悪いので地下牢から速やかに退出する事を強くお勧めいたします」
処刑する事を想像すると、どうしてもグロテスクな物しか思い浮かばない為、顔色に出てしまう。ここは国王の指示通り速やかに地下牢を出た方がいいだろう。
走るのは事故の元なので、歩いて地下牢から玉座の間へと出た。そこからさらに部屋を出て、今私は玉座の間の扉の前に待機している。
十分後、晴れやかな表情をした国王と教皇が玉座の間から出てきた。
(でも、やった事は罪人の処刑なんだけれど)
やはり、人を処すると言う事はこう言う事なのだろう。まともな感覚を持っていては実行できない為、私はその瞬間を見てはいけないと改めて思った。
「今後はさらに悪事を働き、静菜様に危害を加えてくる事でしょう。でもご安心を。国の兵をかき集めてもあなた様を是が非でもお守りいたします」
国王から私の事を完全な姫の扱いとして言葉を選んでいる。教皇も笑顔になりつつ、黙って私に礼をし、忠誠を尽くすような感じである。ここで先ほどの美結との連絡の件で気になった事があったので聞いてみる。
「先ほど美結との話を聞いた限りでは彼女の方が姫のような気がするのですが、それはどうなのでしょうか?」
誕生日の関係で私よりも年上のはずだから聞いた方が良いだろう。私の質問に教皇が答える。
「念話の途中で自らの第一皇女の権利を静菜様にお譲りする意図の見える発言を何度か試みておりました。おそらくは姫として扱ってほしくないのかと、その上で静菜様は私達の助力も必要で、今後はあなた様にと言う事でお譲りしているように見えました」
今ので大体は分かった。美結の性格だし私に譲りたがるのも理解できる。私達と同じ代の無関係な遠い親戚はと言うと、魔力を確認できてない時点でそもそも資格がないのは何となく分かる。そしてなぜか、今のタイミングで美結とキルカスパートスの女王はやはり気が合うのではとも思ってしまう。
「あの女王陛下も今の美結様と似た性格かと」
私の考えが分かり易いのか、心を読み取ったような言葉が国王から出てきた。そう言えば、二人のやり取りが世界中に広まって以降、美結は『異世界の女史』と称されるようになった。
(まあ、総理大臣に傍をついて外交だったり何なりと色々やってるし、行く行くはそうなっても不思議ではないんだけれど)
官僚として確かな地位を得てから国会議員として職務を全うする事になれば、名実共にそうなるのは自然とも言えるが、まだ女史と呼ぶには早いと思う。
あまり細かい事を気にしても仕方がない。今後、私は姫として扱われながらもブンターヒンメルの支援も受けてやって行く事になりそうだ。
今日のところはゲントと同行者達と帰国し、事の詳細を国王と妃にも話した。さすがに魔力感知の件は知らなかったらしく、宗教者がそのような能力を見極められると言うので、今後はブンターヒンメルからも数人だけ派遣してもらい、色々と異世界との違いを調査する流れになったらしい。
そして後日、私が実はブンターヒンメルの正統後継者である事が公表されると声をあげたのが女王陛下である。既に母娘関係となっており、他国の正統な姫として認定された事で複雑になっているようだ。さらに数日後、キルカスパートスとブンターヒンメルで正式な会談が実施され、しばらくは今の状態を維持して行こうと言う事で話は終わったようである。
この件で最も困ったのが妃となり、これはつまり、結婚相手にブンターヒンメルの現国王が候補として追加された事を意味してるらしい。どうも現国王は共和国から王国に復帰する際、投票によって王となっただけであり、正式な国王ではないとの事だ。今後はその辺りも上手く調整して行くとシーグル国の関係者はやる気になってるみたい。
正直、今回の事件で何よりも困ってるのが私自身であり、事が大きくなってきて権力闘争になるのではと不安を抱かざるを得なかった。




