第36話 チャーム
倒れた僕に近づいてきた大きなスライムが、口らしき箇所から液体を吐き出す。
「おぉっ! これは、これは。うむ、流石ツバサちゃんだ。素晴らしいよ」
僕の露わになった太ももを凝視して、クマヨシさんが満足そうに大きく頷く。
「これは、オジサンにサービスしてくれたという事だよね? つまり、もっとして欲しいって事なのかな?」
「そ、そんな訳ないでしょっ!」
「またまた。嫌よ嫌よも好きのうち。この日の為に、課金アイテムのカメラまで用意しておいたからね。さぁ、次はその水着を溶かしてあげよう」
ビッグスライムが溶解液を吐く直前、ステータスウインドウからスク水を装備して、何とかハーフパンツが破壊されるのは回避した。
この服が僕の持つ唯一まともな服なんだ。これが着れなくなったら、メイド服やレオタード姿で街を歩かなければならなくなってしまう。
だけど、クマヨシさんは水着姿ですら許してくれる気はないらしい。
再び、ビッグスライムに溶解液を使用させた。
「ふっふっふ。やっぱり、破れた服の方が……んんっ!? どうして、溶解液が効かないんだっ!? アシレフラ、もう一度溶解液だっ!」
またもや溶解液がスク水にかけられる。
だが、水着は依然として破壊される様子はない。
「あ、そうか。この水着って、水属性耐性があるんだった」
「くっ……こしゃくな。だが、まぁいいさ。ロクブケイ、出番だよ」
クマヨシさんが、先程からとっておきだと言うピンク色のスライムが、ゆっくりとこちらへ向かって来る。
どうしよう。何とか出来ないのだろうか?
はっきり言って、溶解液をスク水で防げたのは、ただの幸運だった。溶解液が水属性だなんて、少しも思いつかなかった。
だから、このピンクのスライムが何をもってとっておきだと言うのか。どんな状態異常攻撃を仕掛けてくるのか、情報が必要だ。
「あ、あの。そのピンクのスライムは、一体どんな状態異常を使うんですか?」
「ふふっ。ツバサちゃんは可愛いなぁ。そんな事を聞いても、オジサンが教える訳がないだろう?」
言われてみれば当たり前か。今の発言が気に入ったのか、クマヨシさんがニヤニヤではなく、嬉しそうにニコニコしている。
そんなに嬉しいのであれば、スライムをけしかけないで、僕を解放してくれないだろうか。
そう考えた所で、ふとある考えが閃く。これは……きっと上手くいく。これで、この状況から抜け出せるはずだっ!
「えっと、確かクマヨシさんは、ファイター系統の三次クラス、グラディエーターですよね? それなのに、どうしてスライムマスターになっているのですか?」
「あぁ。それは、クラスリセットを使って、テイマーにチェンジしたからだよ。とはいえ、二次クラスのビーストテイマーに転職する際の条件――獣族を三十体ペットにするというのは大変だったし、三次クラスのスライムマスターに転職する条件――スライム族を十種類以上ペットにするのは、もっと大変だった」
スライム系だけで十種類以上をペットに……って、条件がめちゃくちゃ厳しいんだけど。テイマー系統って、本当に苦行のクラスだね。
「だけど、それも全てツバサちゃんにエッチな事をさせて、しかもそれをこのカメラで撮る。一回使用する毎に課金が必要な無茶苦茶なアイテムだけど、でもそれでもこのアイテムには、お金を払うだけの価値があるからね」
「エッチな事なんてしませんけど、それより一回毎に課金が必要なんですか!?」
「あぁ。しかも、一回の使用料も高額だ。かなりアコギな商売だよ」
なるほど。ギルドの人たちが、カメラアイテムに課金するかどうか迷っていたけれど、一回毎にお金が発生するのであれば、それも分からなくはない。
だけど、その仕様でなければ、僕というようり、渚の写真が撮られまくっていただろうけど。
「しかしだ。高額な使用料だけど、このカメラアイテムで撮った写真は、現実世界でプリントアウト出来るんだ。これがどういう意味か分かるかい?」
「……? どういう事ですか?」
「これからオジサンは、ツバサちゃんのエッチな写真を撮る。それをリアルでネットにばら撒かれたくなかったら、ツバサちゃん……どうすれば良いか、分かるね?」
いや、わからないよ。僕がエッチな事なんて絶対にしないし。
というか、この人……真正のクズじゃないか。
「ふふふ……普段の明るい笑顔のツバサちゃんも良いけれど、その怯えたような表情もそそるものがあるね」
怯えてないです。ドン引きしてるんです。
無言のまま、ゆっくりと手を動かしてみると……動いた。よし、無駄話で時間が経って麻痺状態が回復している。
後は右足に付いたスライムを払って、ログアウトだっ! 絶対に行けるっ!
「さて、そろそろお喋りは十分かな? あまりオジサンを焦らさないでくれ」
「えぇ……もう、こんなくだらない事は十分ですっ!」
若干の痺れは感じるものの、動けない程ではない。
勢い良く立ち上がると、勢い良く右足を蹴り上げ、くっついたスライムを……離れない!?
「だったら、これでどうっ!?」
左足で思いっきり右足を踏みつけると、スライムがぐにゃりと歪み、形を失う。
今だっ!
『戦闘中のため、ログアウト出来ません』
「どうしてっ!? どうして、まだログアウト出来ないのっ!?」
「あー、ツバサちゃん。スライムに打撃攻撃は効かないよ? 刃物による斬撃とか、魔法攻撃をしないと」
しまった。そうだ、その通りだった。
だけど、ダンサーになって片手剣が装備出来るようになったものの、僕が持っているのは楽器とか杖、それと扇だ。
扇でも斬撃で攻撃出来るのだろうか。もしくは、前にビッグトードと戦った時みたいに、貝殻のトゲを武器にすれば……
「じゃあ、いよいよオジサンの番だね。このロクブケイはね、魅了の状態異常を付与出来るんだ。魅了状態になったプレイヤーはね、魅了してきた相手の言う事を何でも聞いちゃうんだよ。例えば、その水着を脱いで……とかね」
僕の考えがまとまる前に、クマヨシが意気揚々と話し始めた。
既に僕へ魅了をかけたつもりになっているのか、ニヤニヤを通り越して、気持ち悪いとんでも無い表情となっている。
僕はクマヨシを完全に無視して、武器をファンベールにすると、足に付いたスライムを……やった! 離れたっ!
『戦闘中のため、ログアウト出来ません』
「えっ!?」
「あぁー、残念。オジサンはスライムが一匹だなんて言ってないよ? なにせ、オジサンには十種類以上、二十体以上のスライムがペットとして居るからね」
「そんな……」
心が折れ掛け、ファンベールが手から零れ落ちる。
落ちた扇を拾おうとして足元を見てみると、僕とクマヨシの間に、うじゃうじゃと様々なスライムが居た。
これでは、僕がクマヨシを攻撃して、ペナルティで強制ログアウトされるという手段も使えない。
そして、
「ちなみに、ツバサちゃんが時間を稼ごうとしていたのは分かって居たよ。オジサンも、ツバサちゃんに自分で水着を脱いで貰うために、麻痺が解けるのを待って居たからね。さぁ、いけ! ロクブケイ! チャームだっ!」
ピンクのスライムの目が有りそうな場所が怪しく光り、僕は紅い光に包まれてしまった。




