4.変身バンクはありません
「降霊術」と聞いて、俺はテレビの特集番組を思い出す。
テレビ越しにだが、何らかの霊力を持った人が、霊を身体に降ろすのを見たことがある。
見たことはあるのだが……。簡単に言えば、はてしなく胡散臭い。
それをクラウは俺で行うそうだ。
そして、それを行えば、伝説とまで呼ばれた武勇と魔力を手に入れられるらしい。
「お、俺が、強く……?」
(ええ、骨格は無理だけど、筋力は大幅アップ。むかつくやつは指先ダウン。
エティンだって八つ裂きよ! 今代の勇者になれるのよ、イツキちゃん!)
「ちゃんはやめろボケ。し、しかし――」
話がうますぎる。何らかのデメリットがないかと疑ってしまう。
しかし、しかしだっ。
筋力アップ。そのたった一言が、俺を魅了してやまない。
握力測定をすれば十五キロ前後、まるで女の子のような筋力。
それを見た女子に「ぷふっ。ほんと、かわいいんだから」と笑われ、男子には「いい。エヒメはそれでいい」と生暖かい目を向けられた。
屈辱だった。
その日の夜、枕が濡れた。
というか、ほぼ毎日泣いてた気がする。
けれど、クラウはそんな日々とはサヨナラだと言っている。
俺だって、人並みに腕立て伏せくらいしたいんだ……っ。
「ゆ、勇者か……っ! いいっ、それはいい! クラウっ、いい話じゃないか!」
(でしょ、でしょでしょ!?)
「いいぜ、降霊術。やってやるぜ!」
たとえ、そこにどんな罠が待っていようと、突き進まざるを得ない。
だって、俺は男だからっ。いつか、イケメン化する予定だから!
「よーし、それじゃあ、ちょっと準備がいるんだけど。いいかな?」
(ああ、任せろ!)
「まず、武器がいるわ! シィちゃんからここにあるものを使っていいか聞いて。
その後、そこに立てかけてある聖剣を取って!」
(ああ、勇者に武器は必要だ。シィ、この部屋にあるもの、借りてもいいか?)
俺は降霊術の先にある理想の自分に興奮しながら、クラウの指示に従う。
「ええ、もちろんですよ」
シィの許可を得て、部屋の隅にあった錆びた長剣を手に取る。
俺の筋力ではろくに持てないので、引きずるように中央へ持ってくる。
「重たいっ、しかし、なんとか……っ!」
(次は身なりを整えないとね。あっちの奥にある箱を取って)
「ああ!」
神事などで、身を清めるようなものだろう。俺は鏡台の上にある箱を取る。
(中にある、それ。それをそこにつけて――、そうそう)
「ん? あ、ああ」
俺は言われるがまま、粉のようなものを顔につける。
鼻をくすぐり、とても不快だ。
しかし、イケメンになるまでの辛抱だ。そう、全ては筋肉のため。
(下手くそね。まあ、大体でいいわ。次は、そこにあるかつらをつけて)
「え、ぇ、あ、ああ……」
シィとクラウそっくりの銀のウィッグを手に取る。
流石にここまで来ると、何かおかしい気がしないでもない。
しかし、迷うな。迷ったら夢が覚めてしまう。
嫌だ、まだ俺はあきらめない。
全ては、男らしい筋肉のため――っ!
(最後に、そこの聖衣を着て叫ぶのよ! 「愛と希望を奏でて、舞って幸せの結晶たち! 術式『半身双一化』、開放っ、光臨っ、魔法少女イツキ!!」)
「っざけんなあぁあぁあァアア! やっぱ、ただの女装じゃねえか!」
夢にも限界があった。
(ぷふっ、うふふふっ。いいえ、降霊のための神聖な装いよ! 必要なのよ、イツキ!)
「笑ってんじゃねえか! こんなフリフリした服着れるか、ボケェ! 百歩譲って着たとして、その詠唱必要!? もはやそれ、勇者でなく魔法少女じゃん! おまえ、勇者じゃなかったのかよ! 全てがアウト! トラウマが湯水のごとく沸くっつーの!!」
俺はウィッグを床に叩きつけ、怒鳴る。
筋肉の憧れでも乗り越えられない壁がある。
というか、逆に男らしさが失われる。まじで意味ない。
そして、過去のトラウマが何重にもなって襲い掛かる。
まず、女装がトラウマ。数え切れないほど強制された。フリルなど生涯の怨敵だ。
ドレスがトラウマ。舞台があれば、まず俺にあてがわれる呪いの服だ。
もちろん、姫と呼ばれるのもトラウマ。演劇をすれば勇者どころではない、まず間違いなく姫役になる。
さらには、魔法少女がトラウマ。幼い頃の黒歴史を思い出す。今の詠唱だけで血を吐きそうだ。
総じて、トラウマ。何もかもが、俺の精神をボコボコにする。
(降霊術の完成度は、術者と霊の親和性によって変わってくるわ。
私の力を引き出したければ、甘んじて女装なさい!
――というか、あんたが着ても女装じゃないわよ。むしろ、前の格好が男装に見えてたわよ?)
クラウは強引に女装をさせようとする。そして、最後の一言は、真顔である。
煽りでも何でもなく、本気で言っているのがわかる。
もう涙出そう。
「う、うぅ、男装言うな、ボケェ……」
俺は手を地面について、弱々しく言い返す。
(と、とうとう折れたわね……。な、泣かないでよ。こっちが困るわ……)
「泣いてねぇよ! 本当に、それ必要なのか!? 降霊術で女装とか、初めて聞いたよ!」
(いや、実際必要なのよ……。生前の私に近ければ近いほど、降ろせる力も増えるから……。特に服は重要で、あと女性モノ下着も重要かな……)
クラウはやりすぎたと思ったのか、ふざけた様子はなく、真面目な表情で淡々と説明を続ける。
「さ、最悪だぁああ……っ」
(いや、詠唱とかは冗談だからいいよ……。けど、ドレスとウィッグは必須かも……。エティンが相手なら、本当は下着も変えて欲しいんだけど……)
その真面目な口調が、女装の必要性を俺に伝える。
ネタでも何でもなく、本当にフリフリのドレスを着る必要があるようだ。
「下着だけは、下着だけは絶対に……っ!」
(わ、わかったわよ。下着はいいから、上だけでいいから……)
「く、くそう、これを着るのは必須なのか……っ!?」
(着ると強くなるのは本当だから、とりあえず試してよ……。納得いかなかったら、ちょっとずつ女性的要素削って、降霊術の完成度の様子を見る方向で……)
「ちくしょう、ボケェ……」
ドレスなんて、本当は触りたくもない。
しかし、後ろでおろおろしているシィが可愛くて、守りたくて仕方がないのも確かだ。
あの子を守るには力が必要だ。
さきほどは死ぬ気で守ろうとしていたが、実際のところ、何の力もなければ共に心中するのがオチだろう。
シィを助ける手段があると知って、それをなかったことにはできない。
ゆえに、俺は手に取る。
手に取るしかないのだ。
純白でフリフリな聖衣を手に取り、それを――
◆◆◆◆◆
俺は顔を引き攣らせて、鏡台の前で出来を確認する。
そこにはクラウそっくりの銀の長い髪を揺らす美少女がいた。
ろくなメイクもしていない、素人の女装だ。
しかし、恐ろしい。完璧と呼べる出来と言っても過言ではなかった。
脳内では中性的なイケメンのイメージを保ってきたが、もはや言い訳はきかない。
俺は完全な女顔だ。しかも、「絶世の」という装飾がつく美少女顔。
もはや、俺の『俺』という一人称が申し訳なくなってくる。
鏡に映る銀の少女は、なぜ『俺』なんて言っているんだ。似合わないにもほどがある。
ああ、アイデンティティが……。
俺のアイデンティティが崩れていく……。
「ぁ、ああ、綺麗です。イツキさん、パーフェクトですっ。まさしく、私が思い描いていた、あの伝説の勇者様と同じです。まんまです。綺麗……、肌が綺麗……。ぷにぷにで、さらさらで、あぁ、綺麗です……っ!」
隣では、恍惚の表情でシィが俺の髪と肌を撫でている。
「え、えっとシィさん……?」
「いい、いいです。ああ、夢のよう……、このまま死んでもいいです……っ」
シィは完全に自分を見失っていた。
正直、俺も自分を見失う一歩手前だ。
「あかん、やばい。これやばい」
何がやばいかは言えないが、やばい。
もう何もかもやばい。
(ぷふふっ、やばいわね)
クラウは面白そうに同意する。頬が膨らみ、大爆笑する一歩手前だ。
相変わらず、俺とクラウの心の距離は遠い。
「なあ、服だけは勘弁ならないか? 思ったよりも、耐えられん……」
(うーん、この服が一番重要なのよね……)
「見てみ、この汗。もうトラウマ爆発寸前。あと少しで首を掻ききりそう……」
(イツキは、まじで死にそうだから困るわ……。しゃ、しゃあないわね。ウィッグだけでも、それなりに降霊できると思うし、一度聖衣なしで試して――、あぁっ、泣くな、馬鹿イツキ!」
「泣いてないねえよっ。泣いてねえよ、ボケェ……」
(あぁー、可愛いわね、もう!)
クラウの許可を得て、俺は服を脱ぎながら、部屋の隅へと移動しようとする。
「あ、あれ、イツキさん? なぜ、なぜっ、着替えようとしているんです! ナゼエ!!?」
「シィ、繰り返すけど、俺男だからね。色々と男としての誇りとかあるから、どうしても、その……」
「そんな、そんなぁっ……」
「そんな目で見ても駄目! むしろ、そんな目するから嫌なんだって!」
今日一番の悲しそうな目を向けるシィを振り払い、俺は服を着替え始める。
後ろから覗かれているような気がする。
しかし、気にせず、最後まで着替え、男物のシャツに着替える。
ウィッグだけはそのままだ。
改めて鏡台で確認する。
さっきの女装が尾を引いてるため、美少女が男装しているように見えてしまう。
(うーん、すごく中途半端。仕方がないか。よし、それじゃあイツキ。こっち来て、詠唱しなさい)
「さっきのアホみたいな詠唱はやらんぞ」
(別に強制しないわよ。本当は成りきってくれたほうが色々と都合いいんだけど、もうあきらめたわ。
最悪、シィちゃんを担いで、全力疾走できるレベルを目指しましょう)
「それで十分だ」
クラウはその幽体を俺の身体へと近づける。俺は身体を強張らせたが、今回は何の抵抗もなく重なる。
俺とクラウの身体は完全に重なり、クラウの声が頭の中から聞こえてくる。
(これでよし。魔法を編むのは私がやるから、イツキは一言繰り返してくれるだけでいいわ。
気が向いたら詠唱も可。私っぽければ私っぽいほど、完成度は上がるから)
「詠唱なしで」
(はいはい。それじゃあ、繰り返して、――術式『半身双一化』、開放』)
「――術式『半身双一化』、開放」
唱えると同時に、どくんと心臓が跳ねる。
流れる血液が、一瞬だけ何倍もの速度で全身を駆け巡った。
身体の中のクラウを熱く感じ、同時に溶け合う感覚に襲われる。
自分の存在に、違う存在が足されていることを本能で理解する。
俺の器に、クラウという存在が注ぎ込まれていく。
これが降霊術。
伝説の勇者の力を身に降ろす魔法。
俺の身体に、この世ならざる強大な力が身に降りていく――。
「――術式『半身双一化』、開放完了。
ふぅ……、完成度は大体十パーセントくらいかしら」
そして、クラウは完了を告げる。
「十パーセント……?」
(嫌なら、ドレスね)
「あ、十分です」
脊髄で答え、俺は自分の状態を確認する。
両手を何度も握り直す。
確かに、今までと違う感触だ。身体の奥底から力が沸いてきている。
俺は部屋の鏡台に手を伸ばし、それを持ち上げようとする。
本来の俺の力では、うんともすんともしないであろう重量。
しかし、鏡台はぎしぎしと音をたてた。
俺は咄嗟に手を離す。
持ち上げるのが、余りにも楽すぎて驚いたのだ。
(どう、イツキ。たぶん、そのくらいなら持ち上げられるはずだけど)
「ああ、持てる。持てるっ。明らかに、パワーが違う――っ!」
俺は力の増加を感じ、鼻息を荒くする。
死ぬまで女性以下の力だと思っていたので、その感動も一塩だ。
外見上の筋肉が増えないのは残念だが、それでも十分すぎるほどの恩恵だ。
俺は鏡台を横から押してずらしてみる。
本当ならば、微動だにしないものが自分の力で動いていく感覚は、脳から汁が出るほど快感だった。
「いいっ、よしきた。いける、いけるぞーー!」
俺は部屋にある重そうなものを手当たり次第に動かし、持ち、振り回し、力を実感する。
こ、これが筋力!
世の男たちが当然のように持っていた筋力!
他の皆はこんな素晴らしい力を持っていたなんて、不平等にもほどがある。
そして、俺は運命に感謝する
今日から俺は、男としての第一歩を踏み出したのだ。
そう、これから俺の本当の物語が始まるのだ!
――化粧の上にウィッグをつけているかもしれないけど、今は気にしない!
会話内を改行した場合、一文字分空けた方がいい気がしてきた。




