3.世界に三人は似ている人がいるらしい
「あ、あぁ、イツキさん……」
俺の決意が伝わったのか、シィは目を潤ませて見上げてくる。
この子のためなら死ねると思わせるには十分な可愛さだった。
「とりあえず、状況を確認しよう。上にいるエティンってやつは、どういう存在なんだ?」
「は、はい。エティンはモンスターです。赤い双頭の巨人の姿をしています。
一体で町が一つ潰れるほど危険なやつです!」
「はいはい、『モンスター』ね! オッケー、オッケー!」
幽霊、魔法陣ときて、次は『モンスター』。
問題ない。ここはこういうところなんだと思うしかない。
流れは掴んだ。
「オ、オッケー? ということは、イツキさんならエティンをどうにかできるんですか?」
「んー、そのエティンってどのくらい大きい?」
「はい、私の家より大きいです」
「家より大きい? それって何メートルくらい?」
「メ、メートル、ですか? すみません、私、お馬鹿さんだからよくわからないです。少なくとも、私の十倍は大きいです」
本当にシィが知らないだけなのか、それともメートルという単位が存在していないのか、判断に困る。英語やフランクな言葉を理解しているふしはあるので、単位が通用していないだけだと思う。
しかし、エティンというモンスターだが、シィの十倍となると、十メートルを超える化け物となる。
「ウェイト差は非常だ……。俺にもう少しマシな骨格が備わってさえいれば……」
食べても食べても体重の増えない身体が恨めしい。もしも、俺が180cmの長身で逆三角形体型だったのならば、今すぐ出て行ってエティンとかいう化け物を八つ裂きにしてやれるのに……。
「いえ、骨格がよくても無理だと思いますよ……?」
「骨格さえっ、骨格さえあれば、筋肉だってつくし、身長だって伸びる。そして男らしさも上がって、女にもてる! クラスに友達だってできて、放課後に一人ぼっちにならないし、頭も良くなって、むかつくやつも指先でダウン! 十メートルくらいの化け物とか、余裕で八つ裂きとかできるし!」
「わ、私はイツキさんの骨格好きですよ……?」
「その憧れのお姉さんを見る目をやめて!」
その手の目には敏感なのだ。ゴリゴリと俺の精神が削られていく。
「すみません。その、どうしても、イツキさんのすらりとした体型が完璧ですので……」
「フォローが追い討ちになってるから、もうこの話は終わろう!」
こんなことを話している場合ではない。シィの言うことが本当ならば、残り時間は少ない。
今にも、この地下室が倒壊してもおかしくはないのだ。
「やっぱり、ただの人間にエティンは倒せません。一緒に逃げましょう、イツキさん」
「そうだな……。ここは逃げるしかしないか……」
情けない話だが、俺は荒事が得意じゃない。
十メートルを超える化け物を相手にするような真似をしようとは思わない。
現実的にできるのは、シィの手を引いて、安全なところまで逃げるくらいだ。
いざとなったら、俺が囮になる。
俺はシィのために命を捨てる覚悟を決め、地下室の出口へ向かう。
「ちょっと、先に外の様子を覗かせて……」
とりあえず、周囲の情報を得ようと、シィの許可を伺う。
「そうですね。上がどうなってるのか、少しでも知っておいたほうがいいです。
けど、ゆっくり、静かにお願いしますね」
「ああ、わかってるよ」
俺は部屋を出て、薄暗い石の階段を上がる。
そして、蓋のような扉を頭上に見つける。それを少しだけ開け、外の様子を伺う。
周囲は木々に囲まれていた。倒壊した木造の家が近くに見える。おそらく、その家の裏庭にあたる場所に、この地下室への穴があるのだろう。
さらに、周囲をうかがおうとして――、胸が苦しくなる。
「い、息苦しい……?」
外の空気が薄いわけではない。しかし、異様な息苦しさを感じる。
俺は異世界を舐めていたのかもしれないと、考えを改める。
世界が違う。それはつまり、星が違う。重力が違う。
もちろん、空気中の成分にも差はあるだろう。俺にとっては未知の病原菌がいるかもしれない。そのせいで、突然死する可能性だってある。
様々な可能性を頭の中で考えていると、地震のような振動に襲われる。
その震源へと俺は目を向ける。
遠くに家屋を叩き潰す赤い巨人を見つける。エティンだ。
十メートルほどの巨体に、二つの頭。赤い肌に、獣のような体毛。人型に似ているとはいえ、決して相容れることのない獣だと直感する。
本能が敵だと訴えかけてくるのだ。
俺は敵を確認し、蓋を閉じて、地下室へ戻っていく。
心配そうな顔をしたシィが状況を確認する。
「どうでしたか……?」
「大体の状況は把握したよ」
最悪の状況を把握した。
敵、エティンは想像以上の化け物だった。本能レベルで勝てないと悟れるほどだ。
さらに、原因不明の息苦しさ。異世界人の俺は、呼吸すら満足にできない可能性がある。
しかし、構わない。
大した問題じゃない。
「に、逃げられそうですか?」
「逃げられるさ。安心していい」
根拠はない。しかし、この心優しき少女に命を捧げる覚悟はとうにできている。
もし、道がなければ、俺の血で切り開いてみせる。
「一気に駆け抜けよう。どこか、安全なところのあては?」
「隣村に知り合いがいます。辿りつけば、ひとまずは安心できると思います」
隣村。
おそらく、ずっと安心できるような場所ではないだろう。
しかし、最初の目的地としては十分だ。
「隣の村の方角は?」
「あ、はい。あっちです」
シィが指差した方角を、心に刻む。
そして、俺はシィの手を握る。
小さな手だった。守らなければならないと思った。
俺はシィの手を引き、地下室へ出ようとして――
(――はい死んだーっ! 二人とも死んだー!)
――真横から、自称幽霊によるドロップキックをもらった。
咄嗟に手を離し、シィの安全を守る。
俺は蹴り飛ばされ、地下室内を転がる。
すぐに立ち上がって叫ぶ。
「なにすんだ、このボケェ!」
ふわふわと浮く銀髪のドレス女、クラウは怯むことなく答える。
(さっき、地上の空気がまずいって確認したでしょう! それなのに、何の対応策もなしに出るのは、ただの自殺! いくらイツキが自殺好きでも、その子を巻き込んでの心中は頂けないわ!!)
唐突に登場したが、状況は把握しているようだ。俺の息苦しさまでわかっている。
だからといって、ドロップキックされる理由にはならない。
「誰が死ぬ気で行くか! それ以外ないから行くんだよ!」
(それはただの調査不足よ! この地下室には打開策が一杯転がっているのに、それを調べずに出るとは何事か!)
俺とクラウは睨み合い、叫び合う。
「え、えっと、イツキさん。な、何を……?」
その横で、シィが不思議そうな顔をして、俺を見つめてる。
「あ、ああ、シィはこいつを見るのは初めてか」
「こいつ、ですか……?」
俺はクラウを指差す。しかし、シィはその先にあるものを見て、首をかしげる。
指差されたクラウは、無駄にきらきら輝く決めポーズをシィに向けてとっている。
(あ、ちなみに、私は他の人には見えないから)
そして、クラウは俺限定の幻覚の線が濃いことを白状した。
「え、まじか?」
(血の繋がりがあっても、縁が薄いとどうしようもないの。というわけで私は、イツキにしか見えないわ)
「ふう……、やはり幻覚だったのか……」
俺は一息ついて、落ち着きを取り戻し、シィへ説明する。
「ごめん、シィ。驚かせたかな。ちょっと足が滑っ、――てぇ、痛い!」
説明しようとして、俺の背後にまわったクラウが俺の頬をつねる。
「イツキさん、顔がぐにゃぐにゃって動いて……、ひゃぁ!」
さらに、俺の頬をつねるだけは飽き足らず、シィの顔の弄くり始める。
俺はクラウの手を払いのけながら、睨みつける。
「おい、俺のマイエンジェルが怯えてるだろうが! 触るな、こら!」
(ちょっ、マイエンジェルって、ぷふっ、そ、その子、身内みたいなもんよ? しかも、あんたそっくりのロリっ娘! アブノーマル過ぎるわよ!)
「違うっ、天使的なのは性格、わかるっ? 性格! 大事なのは性格! キャラクターが大事なんだよ!」
(えぇー、私も女神的な性格してるじゃん。顔も一緒だし)
「あぁん!? 俺のシィを、悪魔的な性格した頭の悪い暴力女と同じにすんな!」
俺とクラウは向かい合って、言い合う。
その様を見て、シィはより一層と不思議そうな顔をする。
「え、えっと、イツキさん……。誰かと話しているんですか……?」
クラウにかまけて、シィを放置するのは好ましくない。
俺は表情を穏やかなものへと変えて、噛み砕いた説明をする。
「あ、あぁ、えっと……、びっくりすると思うけど、落ち着いて聞いて欲しい。実はここに、俺にしか見えない、俺たちそっくりの自称女幽霊がいるんだ。いや、俺も自分で何を言っているかわかんないけど、ほんとに」
クラウという存在を説明しながら、途中で自分は何を言っているのかわからなくなる。
「ゆ、幽霊……」
「うん、幽霊。らしい」
「その方のお名前は!?」
「名前? 確か、クラウ・フィンフィラードだっけ?」
「――ク、クラウ様!?」
シィはクラウの名前を聞いて、口を押さえて驚く。
(そうよー、クラウ様よー)
それに対し、クラウはピースしながら顔を近づけてくる。
俺はクラウの頭をはたきながら、シィに詳しい話を聞く。
「えっと、シィ? 説明してもらってもいいかな?」
「クラウ・フィンフィラード様は、遥か昔、大陸全土を調停し、全人類を纏め上げた伝説の覇王です。武勇、魔法、共に並ぶ者なしと言われ、全魔物を世界の外へ追い出したという偉業を成し遂げた歴史上、最強の勇者様です……」
シィは声を震わせながら、おそるおそると説明する。
(どや? 感想言ってみ、イツキ)
頭をはたかれながらも、満面の笑顔でさらに顔を近づけてくるクラウを無視して、震えるシィの肩を抱く。
「そっか……。これで全部わかったよ、シィ。本当なら、そのクラウ様とやらを召還してこの窮地を乗り越えようとしていたんだね?」
「はい、そうです……。けど、まさか幽体で召還されるなんて……」
クラウが幽体で召還されたことに、ひどくショックを受けているようだ。
偉大なる先人に無礼を働いたとでも思っているのだろうか。
しかし、相手はこのクラウだ。全く気にしないでいいのに。
「おい、おまえ勇者だろ。どうにかしろよ。俺のマイディアナが泣きそうだぞ」
(扱いに差がありすぎない……? まあ、どうにかするわよ。どうにかするために来たんだから)
クラウは事もなげに、請け負う。
その自信溢れる姿は、勇者と言われても納得できる威圧感を持っていた。
「安心して、シィ。勇者様が何とかしてくれるって言ってる」
「ほんとですか!?」
シィは目を輝かせる。どうやら、勇者様が怒っていないことがわかり、一安心しているようにも見える。
「で、どうするんだ? 今までのチャラにしてやるから、はよしろ」
俺はクラウに問題を丸投げする。
(先に言っておくけど、幽霊である私はこの世界に干渉できないわ。私がこの状況をどうにかするってことはできない)
「駄目じゃん」
(けど、私の『半身』であるイツキだけには干渉できるわ。こんな風にね)
そう言って、クラウは俺の脛を蹴る。無駄に急所が好きなやつだ。
「痛っ、痛いって。俺に干渉できたって意味ないだろ」
(いいえ、大有りよ。この世で、イツキだけがっ、伝説と言われた勇者クラウの力を降ろすことができる。その名も術式『半身双一化』(命名私)。ぶっちゃけると、降霊術で、すっごい強くなれるわ! やったね、イツキちゃん。夢の無双タイムよ!)
クラウは満面の笑みで、降霊術という怪しげなものを薦めてきた。
読みやすさの実験中、会話と会話の間に隙間は要らないかもしれない、




