第23話 追いつけない
食事を終えた私たちは、夜の街を歩いていた。
料理すごかったな。
高級なものばかりで、正直ちゃんと味わえた気がしないけど。
ぼんやりそんなことを考えていると、
「おいしかった?」
ふいに聞かれて私は慌てて頷く。
「は、はい! とてもおいしかったです。ご馳走様でした」
ぺこりと頭を下げると、桐生さんは少し困ったように笑った。
「いいよ、そんな。俺、彼氏だから」
そう言って、ふわりと距離を詰めてくる。
ドキッとして一歩退いてしまった。
「あ、あの! 誰かに見られたら、どうするんですか」
わずかに抗議の色を込めると、桐生さんは軽く肩を竦める。
「うーん。そこまで心配しなくていいと思うけど。
会社からだいぶ離れてるし、暗いから気づかれないよ」
にこりと爽やかに言われると、納得しそうになってしまう。
でもやっぱり怖い。どこに誰の目があるかわからない。
「桐生さん――」
「望月さん……いや、花音さん」
一瞬、思考が止まった。
いま名前呼ばれた?
「ねえ、これから家に来ない?」
耳元でそっと囁かれて体が固まる。瞬きを繰り返すだけで、声が出ない。
桐生さんは、そんな私の反応をうかがうようにじっと見つめていた。
遠のいていた意識が、じわじわと戻ってくる。
「な、な、なにを言ってるんですか!」
「しーっ。そんな大声出したら、目立つよ」
にこりと首を傾げられて、頬が熱くなった。
「だって、いきなりそんなこと言うから」
今度は、ひそひそと抗議した。
「だめかな? もっと一緒にいたいと思ったんだけど……」
少しだけ寂しそうに眉を寄せられて、胸がきゅっと締まる。
こ、こういうものなの? 今まで誰とも付き合ったことがないから判断がつかない。
家に行くってことは、そういうことだよね。大人ってすぐにそういう関係になったりするのかな。
いや、でも。でもでもでも。うーん。
未知の世界すぎて、思考が追いつかない。どうしよう。
「困らせちゃったかな?」
優しく笑いかけられて、頭の中がますます混乱する。
私の慌てぶりに呆れられたのだろうか。
「いいよ、無理しないで。君のペースで大丈夫だから。
ただ……それくらい本気だってことは覚えておいてほしい。
決して中途半端な気持ちなんかじゃない。真剣に、君のことを考えてるから」
そう言ったあと、彼はそっと抱きしめてきた。
「好きだよ」
口づけが、静かに落とされた。
* * *
あのあと桐生さんと別れた私は、そのまままっすぐ帰宅した。
つ、疲れた。部屋に入るなり、倒れこむようにベッドへ身を投げる。
枕に顔を埋めたまま、さきほどのことが何度も浮かんでは消えていく。
……桐生さん。彼のことを想うと、頬がじんわり熱くなった。
やだ、私ったら。
枕に頬を押しつけて、ひとりで身もだえる。
でも、どう思ったのかな。面倒な女とか思われなかっただろうか。せっかく誘ってくれたのに。
ああいうとき、みんなはどうしてるんだろう。
経験も知識もなくてわからない。そんなことを聞ける友達もいないし。
ふと、土岐くんの顔が浮かんだ。
思いきり首を振る。
いやいや、だめだ。彼は男性じゃない。そんな相談できるわけがない。
男性から誘われたときのことなんて。
それにしても。
桐生さんって、今までどんな女性と付き合ってきたんだろう。きっと私なんかより、可愛くて綺麗な人ばかりだったはず。
……顔だって普通。スタイルだって、まあ人並み。性格がいいかって言われると、それも自信がない。
いったい、桐生さんは私の何がいいんだろう。
「はあー」
だめだ。どんどんマイナス思考に引きずられていく。
ずーんと気分が沈んだ。
そういえば、ちょっと待って。
付き合ったばかりの女性を家に誘うって……どうなの?
やっぱり桐生さんってプレイボーイなのか。
もしかして、騙されてる? 体が目的だったりする?
いや、待て待て。落ち着け。
相手は、あの桐生さんだよ。女に困っているようにはとても思えない。
それに私の気持ちを考えて待つって言ってくれた。
本気だって、言ってくれた。
――信じて、いいよね。
ふっと息をついて仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめた。
でも……これからが不安だな。
桐生さん、私に合わせて無理してたりするのかな。いつか面倒になって捨てられたりしない?
私のほうがペースを合わせるべきなのか。
わ、わからない。誰かに相談したい。
再び土岐くんの顔が浮かんだ。こういうことを相談できる相手なんて、やっぱり私には彼くらいしかいなかった。




