3 兄と弟
「超。お前、なんでこんなところに?」
兄、張邈が眼を丸くし硬直した。この顔を見れただけでもここまで来た甲斐があったというものだ。張超はそう思った。
太守というものは許可無く自分の郡から離れてはならないものである。おまけに陳留と廣陵は千里は離れている。任期の三年は会えない筈だった。官の眼を逃れる為、亭を使わず野宿でここまできた苦労が今、報われた気がした。
張超は会った以上、話を進めなければいけないことに気付いた。
「兄上……お話があって参りました」
「お、おう」
兄の眼が謎にきらきらとしていた。張超は急に緊張してきた。あの兄の前なのだ。
「今、王室は危機に瀕しています……」
「そうだな」
うまく舌が回らない。唇が貼りつくようだ。
張超は兄のことが苦手である。いや、嫌いまである。
なにしろこの兄、人の話を聞かない。子供の頃から侠を気取り、家を継いでからは貧民を救うために財を投じる。それで名声こそ博したが、家は傾いた。おかげで張超はぜいたくというものをしたことがない。
家財を全部投じてしまうのはやめてくれ、そう頼んでも聞いてくれたことはない。論破しようにも兄の方が学が有り弁が立つ。言いくるめられる。
今日、はじめて自分はあの兄を言いくるめなければいけないのである。
「……なのに賊臣は未だに梟首されておりません」
「董卓の奴だな?正直ひっかかってはいた」
兄が複雑な表情になった。
「天下の正義は……正義の?正義……」
ど忘れした。なんだっけ?ええい!いいや!
「兄上!董卓をやっつけましょう!」
兄は満面の笑みで立ち上がった。
「よく言った!」
兄は自ら近寄って肩をばんばんと叩いて来た。
自分が誇らしかった。
それから兄は急に真顔になった。
「……で、お前にこの話を吹き込んだのは誰だ?」
一瞬で全身から血の気が引いた。
「う……あ……」
硬直して声が出て来ない。
「功曹の……臧洪、です」
ようやくそれだけ絞り出した。
耳もとで兄の囁き声がする。
「聞くところによると、お前は郡守としてすべき政教威恩をすべて臧洪に任せきりだというではないか。洪とはどういう男かね?」
そんな事まで知っているのか!
千里も離れてるのに!俺を見張るために?手の者を?
張超は観念して告白した。
「洪は海内の奇士です。才略知識は超とは比べものになりません」
「来ているな?」
「呼んで参ります」
悄然とその場を離れようとする張超の背に兄は告げた。
「たとえお前の発案でなくとも、決断したのはお前でここへ来たのもお前だ」
張超は振り返って兄を見た。優しい目をしていた。
「我々は形式上は董卓による任命だ。儒者としてあの男に忠を捧げるのかと思っていた。お前は背を押してくれた。ありがとう」
張超は眼に熱いものが溢れるのを感じた。それはどうにも止められなかった。
結果から言うと、臧洪と張邈は初対面からすぐに意気投合した。
「陳留の兵だけでは残念だが大事は為せぬ」
「存じております。周辺の刺史、太守と連合すべきです」
「どう連絡する?」
「洪が説得に参ります。幸い、劉公山と孔公緒とは知らぬ仲ではありません」
「他の太守には俺が一筆書こう。決起の期日は?」
「あまり先にすると蜂起前に露見しかねません。判りやすく次の正月では如何でしょうか?となると集結の場所も決めないといけません」
「酸棗にしよう。あそこが一番洛陽に近い。軍需は集積しておく」
長く主従をしているような息の合い方に張超は正直嫉妬すら覚えた。
そこで気付いた。
兄と臧洪は顔も違う、体格も違う。なのに何だか似ていると。
熱が、情が、二人を似せて見せているのだ。
張超は自分が何故、廣陵の俊才の中から臧洪を選んだのか判った気がした。




