75、孫悟空の報告④名付けについて
ここまでの孫悟空の報告で、皆は幽体の海の王を得体の知れない恐ろしいモノを見るように見た。東海竜王まで実の甥であるのに、初めて見るおぞましいモノを見る目つきになったため、海の王は、叔父に向かって叫んだ。
{いい加減に正妻を娶れと言っていたのは叔父さんだろう!私が誰を選ぼうが構わないって言っていたではないか!!}
「だれが実子を娶ると思うか!女遊びがひどすぎるから、ここらで正式な番が出来れば、お前も落ち着くかと考えて、そう言ったまでだ!近親婚は竜族ではわしが生まれるずっと前から禁忌となっておるわ!」
{大昔は禁忌じゃなかったんなら、今だって認められてもいいはずだ!}
この二人の言い合いを遠巻きにしながら玄奘は、自分の一番弟子である孫悟空に疑問をぶつけた。
「悟空や。お前の報告だと沙胡蝶さんは赤ん坊のころから、この男に狙われていたことになりますが、どうやって今まで無事に過ごせたのですか?それに、どのようにして海の国を出ることが出来たのですか?そんな恐ろしい計画をたてる男が、安易に沙胡蝶さんを海の国から出すはずがないと思うのですが?」
この疑問の言葉に、他の者達も同意だと頷く。孫悟空も自分の師の言葉通りだと認めるように、一度首を軽く縦に動かした。
「そうですね。沙胡蝶にとって、海の王が愚かで浅はかな男だったことが不幸中の幸いでした。海の王は、色狂いだと全ての海の国の民に有名なほど女を追いかけるだけで、まともに政治もしなければ、嵐から国を守ることもしない、名ばかりの王でした。そして寵妃が孕んで生まれた子どもにも興味も愛情も一切持たない父親の自覚がない男だったのです。その生殖行為のみを昼夜自堕落に楽しんでいる男だったので、名付けの重要さも彼は忘れていたんです」
この4つの海の国は、四海竜王の結界で守っている故、海の国の庇護下にある海の民は全て、竜王達の支配下にある。竜王達は万が一でも彼らに謀反など考えさせぬように、生まれた者達の名を縛っていた。名を縛るというのは魂を傅かせることと同意であったので、そうすれば竜王達は、いざとなったら自分の魔力で名付けという名の呪に働きかけて、名を縛った者達に命令を遂行させることが出来るのだ。
名付けという名の呪のやり方は簡単だった。名前に海の属する者の意味を表す文字を名前のどこかに必ず入れるのだ。海に属する者以外の意味を表す文字が名付けられないように、名付けの許可は必ず王の承認を必要とするようにと、この4つの海を最初に治めた始祖の黒竜が国法で定めていたのは、それが理由だったのだ。
海の国を支配する竜王が支配出来ぬモノは、天界に属する空のモノと、地上界に属する陸のモノだ。とは言っても竜王以外の海の化生達は、海の国の外など、行ったことがない者がほとんどで、海に属しないモノ以外などほとんど知らないし、知らないモノに思い入れや由縁など、抱くはずもなかった。だから名付けに海のモノの名前以外など使われることもなく、日々沢山生まれてくる海の国の民達の名付けの承認は、竜王達にとっては、ただ書類に認め印を押す、流れ作業と化していたのが実情で、海の王にいたっては、毎日沢山の出生届に「うむ、認める」と言ったっきりで、それに認め印を押す仕事も鮫の腹心達にさせていたのだ。
{馬鹿な!?沙胡蝶の名前に海に属しない文字以外など使われてはいないぞ!}
海の王は馬鹿にするなと吠える。陸の者である白蘭だからこそ、陸に属する名前を名付けるかも知れないと、海の王は一応危惧していたのだ。だが名前を付ける前に、白蘭は死んでしまったのだ。名付けたのは、あの足だらけの不快な女だったが、名付けの報告を聞いて了承したのは自分だから間違いはないはずだ!……幽体の体を揺すりながら叫ぶように言う海の王に、孫悟空は言った。
「沙胡蝶にとって幸いだったのは海の王が愚かで浅はかな男だったことですが、何よりも幸運だったのは、白蘭が海の魔女と呼ばれるミス・オクトと親友だったことです」
孫悟空は沙胡蝶を守るために、二人の女人が行ったことを話し始めた。




