63、臆病な雄牛(前編)
前編後編で、牛魔王の昔話を少々。
その白い雄牛は生まれて直ぐに母牛と引き離され、気づいたときは自分と同じくらいの仔牛達と一緒に人間達に飼われていた。母と離されたのは悲しいと思ったけれど、ここの暮らしが幸せだったので白い雄牛は母のことを忘れてしまった。沢山の食べ物に清潔な牛舎。のんびりとした気の良い仲間に親切な人間達。他の牛よりも一回りは大きな体で真っ白い毛の雄牛は特に人間達に大事にされた。
「大きな体に真っ白の毛。お前はきっと祭で優勝するぞ!」
そう言って人間達は白い雄牛には、特別に香りのいい草も食べさせてくれたし、背中のブラッシングもマッサージも念入りにしてくれた。白い雄牛は幸せだった。祭が何かはわからなかったけれども、人間達は祭りの日のためにと、せっせと自分の世話を焼いてくれているので自分も人間のために頑張ろうと思っていた。
暖かい季節がやってきて、人間達は雄牛達を放牧させた。牛達は放牧を喜んだ。干し草とは違う、水気をたっぷりと含んだ若草に舌鼓を打つ。白い雄牛は祭のために沢山草を食べようとして、気づかずに何かトゲのようなものを飲み込んでしまった。痛い!お腹がすごく痛いの!助けて!……と白い雄牛は助けを呼んだ。しかし人間達は雄牛の言葉がわからない。暴れる雄牛を人間達は牛舎で隔離した。
その日から白い雄牛は腹痛により元気がなくなり、ドンドン痩せていった。人間達は食事を取ろうとせず暴れる雄牛を見て、白い雄牛は病気になったのだろうと話し合った。他の牛に病気が映らないように殺処分しようと話し合う人間達の言葉を聞いて、白い雄牛は慌てて逃げ出した。
この間まであんなに親切だったのに、どうして殺そうとするの?……白い雄牛は泣きながら、獣道さえない深い山の中をさまよい歩いた。このままでは、お腹が痛いまま、自分は独りぼっちでのたれ死んでしまうと思ったとき、白い雄牛は美しい仙女と出会った。自分を追い出した人間達を思い出し、震えている白い雄牛に、彼女は優しく手を差し伸べてくれた。
「臆病な雄牛さん、一緒にいてあげるから泣くのはおよしなさい」
そう言って美しい仙女は、その美しい手で雄牛を撫で、白い雄牛の痛みの原因を取ってくれた。
「まぁ、釘を飲み込んでしまっていたのね!さぞかし痛かったでしょうに!でも、もう大丈夫ですからね」
白い雄牛は、美しく優しい仙女のことを大好きだと思った。ずっと一緒にいたい。出来れば、彼女と言葉も交わしてみたいと強く思った。雄牛は恋に落ちてしまったのだ。でも彼女は美しい仙女で自分はただの白い雄牛。どうやったって、この恋は実らないだろう。逃げ出すように彼女の傍から離れた。
あてもなく彷徨う中、気になって前の家を見に行った。自分と一緒にいた仲間達は誰もいなくなっていた。人間達の会話を盗み聞きして、仲間達は祭で売られて、皆、人間達に食べられていたのがわかった。目の前が真っ赤になったように感じた。しばらくして気づけば、牧場は嵐に遭遇したように倒壊し、人間達は血を流して倒れ、動けなくなっていた。自分の体は、その人間の血で赤い牛のようだった。
沢山の血を浴びたからか、それとも元からそうだったのか、今ではどちらかはわからないけど、雄牛は単なる獣から牛の化生になっていた。人化もできるようになり、人の言葉も話せるようになった。魔力というものを持った雄牛は旅を続けるうちに、そこそこ強い化生となった。強くなることに面白さを感じて、ある暴れ猿が天界に戦を仕掛けるのに加勢した。
敗戦し、傷だらけの雄牛が天界から落ちたのは、あの仙女のいる山だったのは運命だったのかもしれない。仙女は昔と相変わらず美しく優しかった。その頃の雄牛は、白髪を短く刈り上げた筋骨隆々の美丈夫の姿で、自分の事を牛魔王と名乗っていた。彼女は美丈夫があの時の臆病な雄牛だとは気づいていない。彼女と同じ人の姿を得て、人の言葉が話せるようになっていた雄牛は彼女に猛アタックをした。しばらくして彼女も雄牛を好いてくれるようになった。そして順調に愛を育み、夫婦となった。
幸せだと思った次の瞬間から雄牛は恐怖した。彼女に嫌われたくない。そう思った牛魔王は、嫌われたくなくて彼女に触れるのが怖くなってしまった。




