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64、臆病な雄牛(後編)

※この回で牛魔王が女性を軽視、蔑視しているような表現があります。不快に思われることもあるかもしれませんので、ご注意下さい。

 彼女とずっと一緒にいたい夢が叶った。夫婦になったのだ。でも彼女……鉄扇公主は本当に綺麗で優しい仙女で、自分は沢山の血を浴びた牛の化生。初夜となり、彼女を抱く自分の手が血塗られているように見えた牛魔王は、その血で彼女が(けが)れてしまうと思ってしまった。そう思ってしまった牛魔王は、妻となった鉄扇公主を抱くことが出来なくなってしまった。


 鉄扇公主は美しく優しいだけでなく仙女としても優秀で、しかも妻の役割も全て完璧にこなしてしまう素晴らしい女性だった。彼女にだけは嫌われたくない。彼女の愛情の籠もった瞳が、いつか(さげす)みに変わってしまったらと思うと怖くてたまらなくなって、どうやっても手を出せなかった。


 それなのに牛魔王の体の中は、男としての性、さらに獣としての性からくる肉欲への渇望がドクリドクリと渦巻いて息苦しいくらいに彼女を求めていた。身を狂わせるほどの激しい欲望のままに彼女を押し倒して、思う存分彼女を堪能し、抱き壊す勢いで彼女を愛したいと渇望するものの、最愛の彼女に嫌われたくないから、それが出来ないと葛藤する日々の中、欲求不満で苛ついていた牛魔王は狐の化生の女と知り合った。


 鉄扇公主と比べると、あまりに低脳そうな下品な女だと牛魔王は思った。安そうな臭い香水を振りかけた狐の女は、大衆酒場で手当たり次第に男に声を掛け、馬鹿な話をしてケタケタ笑いながら酒を強請(ねだ)っていた。上品な麝香をほのかに香らせて、上品に微笑む貞淑(ていしゅく)な鉄扇公主とは全然違うタイプの女だった。この女ならどれだけひどく抱こうが壊そうが構わないと牛魔王は考えた。だって牛魔王は女を愛していないし、女がどうなっても何とも思わないからだ。狐の女は自分が臭いことにも気づかない馬鹿な女だった。


 牛魔王は馬鹿な狐の女と交わることにした。女がどれだけ臭くても鼻に栓をすれば何ともない。これまでの欲求不満を全部、狐の女にぶつけた。そして久しぶりにスッキリした牛魔王は、いそいそと愛しの妻に会いに行った。そうしたら……。その時の鉄扇公主の表情を牛魔王は忘れないだろう。哀しみを滲ませた鉄扇公主の表情を見て、牛魔王は妻となった鉄扇公主にこんな顔をさせるほど愛されているのだと、暗い喜びに打ち震えてしまったのだ。そして……その暗い喜びに味を占めてしまった牛魔王は馬鹿な狐の女を妾にした。


 こうして牛魔王は、一番一緒にいたい鉄扇公主の元に帰らない生活を何百年か過ごした頃に、芭蕉洞に男の気配を感じた。牛魔王は今まで貞淑だった鉄扇公主に何があったのか、直ぐに確かめに行きたかったが、馬鹿な狐女の玉面公主が、「三蔵法師を見つけたから捕まえてくる。僧侶を食べたら格上の女になれるから、ついでに鉄扇公主に離婚するように言いに行く」と書き置きをしているのに見て、慌ててこっちからなんとかしようと玉面公主を追って流砂河に行けば、何だか怪しげな光を瞳に宿した豚の化生の罠にかかり、捕らえられてしまった。そして今、牛魔王は三蔵法師一行と太上老君の使いのいる場で鉄扇公主に離婚を迫られている。


 とんでもない!牛魔王が心底、愛しているのは昔も今も鉄扇公主だけだ。長い時間、牛魔王の暗い喜びのために鉄扇公主を苦しめてしまったのは本当に悪かったと思うけど、最愛の鉄扇公主と別れて、この馬鹿な狐女を本妻になんてするはずがないし、鉄扇公主を汚したくないから、この妾で妻への欲を解消しているので、この妾も今まで通りに傍に置くと正直な気持ちのまま話をしたら、妻にも妾にも別れを切り出されてしまった。


 両者を失いたくなかった牛魔王は、こうなったら鉄扇公主が養子にしたいといった子どもを自分の手元に置いておくしかない!と思った。そこで牛魔王は皆の隙を突き、玉面公主の尾から抜け出すと、一人で果実水を飲んでいた子どもを担ぎ、走り出した。牛魔王は全速力で走って歓楽街から出て、どこかの林の中に入って隠れた。


 林の中に入った牛魔王は、そこまできて、ようやく頭の中が冷静になってきた。衝動的に連れ去ったものの、とんでもないことをやらかしてしまった。何て浅はかなことをしてしまったんだろう!?と後悔に駆られた牛魔王は、担いでいた子どもを下ろして傷の有無を調べ始めた。人間の子どもは走り続けた牛魔王に担がれていたせいで乗り物酔いのような症状を起こしていた。グッタリとして体に力が入らず、顔色が悪い。


 まずい!と牛魔王は冷や汗が止まらなくなった。あそこにいた恐ろしい集団は、この子どもをいたく気に入っている様子だった。仙術の得意な鉄扇公主は元より、絶対に鉄扇公主近づけたくないホストをやっていた太上老君という神に仕えている神使の双子の狸の化生に、怪しげな瞳で見られれば腰砕けになってしまう豚の化生や牛魔王と同じくらいの大男で怖い顔の河童に、本当に人間か疑わしい強さの三蔵法師がいた。それに一番恐ろしいのは……。


「よう、昔の義兄弟!久しいよなぁ!」


 凶悪に強い暴れ猿の孫悟空が、そこに立っていた。ああ、これで終わりだ……と観念しようとした牛魔王に、暗い闇の底から囁く()が現れた。辺りはいつの間にか夕闇に染まっている。ああ、何て言ったっけ?この色合いの時間のことを……と牛魔王はボンヤリと考える。


 {悟空に勝ちたいか?}

 {己の欲望に忠実な、暗い欲望にまみれた魂よ}

 {お前が私にその体を貸してくれるなら、お前の願いを叶えてやるぞ}


 俺の願い?と牛魔王は思う。


 {己の欲望のままに、お前の欲する女を永久(とこしえ)にお前に(はべ)らせてやろう}


 逢魔が時、牛魔王は正体の分からない()の甘言に乗ってしまった。

ものすごく臆病で不器用すぎる愛情により、牛魔王は歪んでしまっています。


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