42、鉄扇公主と三蔵法師
皆の視線が集まる中、鉄扇公主は甘い爽やかな香りの雨により濡れた店内の床に座り込み、床に伏せ、打ちひしがれて泣いていた。
「鉄扇公主さんですね?私は三蔵法師です」
その言葉に弾けるように鉄扇公主は身を起こすと、目の前に立つ一人の若い僧侶を見た。さっちゃん……ではない。意志の強そうな眉目は真っ黒で涼やかで、凛々しい声に相応しい生真面目そうな印象を持たせる、美しく凛々しい顔立ちの僧侶が、そこにいる。そう言えば、流砂河でさっちゃんと一緒にいたと鉄扇公主は思い出す。
私は間違えてしまったのだと、鉄扇公主は青ざめた。自分が流砂河で攫った少年は三蔵法師ではなかったのだ。では、あの子は誰なのだろう?優しい男の子だった。攫われて怖かっただろうに泣くこともしなかった。鉄扇公主を食事に誘ってくれて、こうして沢山の人のいる場所に連れ出してくれた。夫の愛情を失い、やけを起こしていた鉄扇公主に一人ではないと、夫の愛を失っただけで何もかもが失われたわけではないのだと気付かせてくれて、暗い気持ちでいた鉄扇公主に生きることの楽しさを思い出させてくれた恩人だった。あの子に何かあったら、私は……!と思うと、鉄扇公主は居ても立っても居られなくなった。
「三蔵法師様、どうぞ私を罰して下さい!私はあの子になんてことを!」
「落ち着いて下さい。最初からゆっくり話して下さい」
三蔵法師の落ち着いた声音に、少しだけ冷静さを取り戻した鉄扇公主は懺悔を話し始めた。さっき、さっちゃんに言いたかった言葉。ごめんなさい、さっちゃん。ホロホロとこぼれ落ちる涙を拭うこともせず、鉄扇公主は、最後にそうつぶやいて己の罪を告白し終えた。
「そうでしたか……」
三蔵法師は最後まで口を挟まずに聞き、それだけ言うと鉄扇公主に沙悟浄が担いでいた牛魔王と玉面公主がこの場にいることを伝えた。
「誘拐の罪は、あの子が無事に戻ってから改めて話しましょう。今、あなたが出来るのは彼らと話し合いの場を持つことです」
「三蔵法師様は、さっちゃんが無事だと?」
「孫悟空が一緒にいるんです。だから大丈夫です」
理性的な微笑みで、全幅の信頼を寄せているだろう孫悟空を思い出しながら言い切る三蔵法師を見て、鉄扇公主は信じようと思った。
「わかりました。私も信じて待ちましょう。そしてこんな愚かな私の想いに決着をつけたいと思います」
鉄扇公主は拘束されている二人の元に歩いて行った。




