第八話『いざ王都へ』
「レインおそーい」
玄関から顔を覗かせ、まだかまだかと、俺の支度が終わるのを待っている。
本日はイヅナとの約束通り、王都へ買い物に行く日だ。
あまりにもイヅナが起きるのが早く、俺は準備までに手間取ってしまっていた。
「ほら、早く」
「わかったから待てって!」
準備を終えたのを見ると、すぐさまにイヅナは俺の手を引っ張ってくる。
冷静なようで、王都に行くのが内心は相当楽しみなのだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ、気をつけて」
アルベルトが見送りに出てくる。
いつもなら剣を振ってる時間なのに、珍しいこともあるものだ。
逆に、普段なら真っ先に見送りへ来るエレナの姿がない。
そのことを少し不思議に思いながらも、俺とイヅナは家を出た。
家を出て、二人でしばらく歩いているとロデスさんと一つの馬車が見えた。
「お、来たかい」
「今日はお願いします」
「お願いします」
俺の言葉を繰り返すように、ぺこりとイヅナはロデスさんに頭を下げ、俺たちは馬車の客席へ乗り込んだ。
「じゃあ、出発するよ」
すぐにロデスさんも御者台に乗り込み、馬車が走り出す。
俺たちが住む村、リーヴェ村から王都までは途方もないほど距離がある。
そのため、馬車がなければ王都まで行くのは困難なのだが、近所のロデスさんが馬車を所持しており、王都まで送ってくれるとのこと。
全くもってありがたい話だ。なんの得もないはずなのに、ロデスさんには頭が上がらない。
「ちょっと乗り心地は悪いけど、そこは我慢しておくれよ」
「いえいえ、とんでもない。送っていただけるだけでありがたいですよほんと」
御者台にいるロデスさんとそんな話をしたところで、ふと単純な疑問が思い浮かんだ。
「ところでイヅナ、王都ってどんなとこなんだ?」
イヅナは何度かエレナと王都に行ったことがあるらしいのだが、実は俺は生まれてから一歩も村を出たことがない。
当然、王都がどんな場所なのかなんて知らない。
「んー、まず人がいっぱいいたのと、甘くて美味しい食べ物がいっぱいあった」
まあ、この国で一番栄えている都市ともあれば当然だろう。
もっとこう、冒険者ギルド!的なものを聞きたいのだが……。
「……」
「……?」
「え?」
「?」
俺の言葉にイヅナはキョトンと、首を傾ける。
まるで「なにか疑問でも?」みたいな顔をしている。
「……それだけか?」
「……?うん」
今度は「何を言っているんだ」みたいな表情で俺を見つめてくる。
何だ?俺がおかしいのか?俺なのか?俺が世間知らずなのか?
「はっはっはっ」
御者台から笑い声が聞こえてくる。
どうやら俺は間違っていなかったらしい。
「王都には冒険者ギルドや武器屋、それとレイン坊が興味を持ちそうなので言えば……ダンジョンや迷宮なんかもあるね」
「ダンジョン!?」
思わず立ち上がった。
ゲーマーならその名前を聞き、テンションが上がらない者が果たしているだろうか。いいや、いないだろう。誰だって泣いて喜ぶはずだ。
「その話、詳しく!」
イヅナはなにか嫌そうな表情をしていたが、我慢できずロデスさんに質問する。
「レイン坊は魔物を知っているかい?」
「……?ええ、知ってます。ドラゴンみたいな生物のこと……ですよね。多分」
要するに、ゴブリンとか、スライムとか。オルタナも一応は魔物の類だったりするのだろうか。
「ドラゴン……?ああ、龍族のことか。龍族は魔物じゃない。魔物って言うのは、高濃度のマナから半永久的に生まれ続ける生物。マナを持つ生物に無条件で敵意を持つ生物のことだよ」
「…………はあ」
イマイチ理解が追いつかないが、恐らくドラゴン……龍族は無条件には敵意を持たない生物。魔物の特徴とはたしかに一致しない。
それにドラゴンと言ったら割と知能が高いイメージが俺の中にある。
オルタナのお父さんも喋れるようだし。
「迷宮やダンジョンはそれらがほぼ無限に湧き続けるんだ」
「なるほど」
途中ややこしくなってしまったが、ざっくり言えば敵性の魔物がうじゃうじゃ生息する場所ってことか。
村では魔物なんか見た事ないし、興味が無いと言えば嘘になる。
「レイン」
俺の考えを見透かすように、鋭い視線が突き刺さる。
「い、いや……もちろん行こうなんか考えてないよ」
「だよね」
イヅナはニコッと俺に笑いかけるが、目が全く笑っていないように見えるのは気のせいだろうか……。
どこでこんな風になってしまったんだ……。
きっと、俺が放置してエレナといる時間が増えたせいだろう。自業自得だ。
はあ、
心の中ででかいため息をつきながら、外の景色を眺め、王都への到着を待った。
―――
「そろそろ見えてきたよ」
ロデスさんの声で目が覚める。
いかんいかん。あまりにも朝が早かったので眠ってしまっていた。
一方イヅナはと言うと、俺以上にぐっすり眠っていた。よだれも垂らし、尻尾を振りながらあまりにも幸せそうに寝ている。
これは着くまで起こさないほうがいいな。
背伸びをして、王都が見える御者台に顔を覗かせる。
「………すげえ」
思わず声が出てしまった。
地平線の先まで続く巨大な白い城壁。
村とは比べものにならないら高さで積み上げられた石壁は、まるで世界そのものを覆っているようだった。
「ありがとうございました。またお願いします」
ロデスさんにお礼を言い、村に帰っていくところを見送る。
「王都だ……!」
イヅナは目を輝かせ、あちこちを物珍しそうに見回している。
何度か来ているとは思えないリアクションだ。
見失わないようにさりげなく手を繋ぎ、文字通りイヅナに振り回される。
さりげなく、あくまでさりげなくだった。違和感なかったよな?
女の子とデートなんか、前世では一度もしたことがなかったので、相手は六歳だと言うのに変に意識してしまっている。
振り回されながら、俺はそんなことを考えていた。
一方その頃だが、数メートル後ろにサングラスと茶髪のヅラを付けた男女の三人組が跡を付けてきている。
「ねえレインこれすごい綺麗!キラキラしてるよ!」
残念ながら。誠に残念なことなのだが、知らない人間ではない。アルベルトとエレナとオルタナだ。彼らはあれでバレていないつもりなのだろうか。
センスのない尾行に気付かないふりをしながら、俺はイヅナの買い物に振り回される。
玩具の指輪売り場から離れ、服……の前に食事のようだ。
イヅナが目をつけた店には「クラウンパフ」と書いてある。
店、と言うよりは屋台に近いだろうか。
「三つください」
「……三つ?」
二つじゃないのか?と思い声に出してみる。
「あ、やっぱり四つで」
「はいよ」
なんか一つ増えてるんだが……。
店主は短い返事をすると、鋭い手際でクラウンパフを四つ用意する。
「代金は280リルになります!」
「これでお願いします」
イヅナは慣れない手付きで財布から小銀貨を三枚取り出し、店主に渡す。
リルと言うのはこの国の通貨で、感覚で言うと1リル大体10円くらいだ。
「はい、これお返しね」
返されたお釣りの銅貨を数枚渡され、イヅナが財布に仕舞ったのを見ると、クラウンパフが渡される。
「はい、どうぞ。落とさないようにね」
俺とイヅナに二つずつ渡されたクラウンパフは俺の拳からはみ出るほどの大きさだった。
香ばしく焼き上げられた生地は薄くひび割れ、その隙間から白いクリームが今にも溢れ出しそうになっている。
「あ、私の……」
どうやらイヅナは三つ食べるつもりだったらしく、俺に取られると思ったのか少し涙目になっている。
「大丈夫、取らないから」
「……ほんと?」
「ほんとだ。人の事なんだと思ってんだ」
イヅナを諭し、俺の分のクラウンパフにかぶりつく。
サクッ、と軽い音を立てて生地が割れる。次の瞬間、とろりとした濃厚なクリームが口いっぱいに広がった。
甘い。だが、くどくない。ふわりと香るバニラのような香りと、ほどよい甘さが絶妙に噛み合っている。
一口食べた時のサイズ感に、やはり思っていたことを口に出す。
「……でかくね?」
「ほほあいい」
イヅナはクラウンパフを口いっぱいに頬張ったまま何か喋っている。
……多分、「そこがいい」と言ったんだろう。
そういえば、見た時から思ってたけどまんまシュークリームだなこれ。
俺が一つ食べている間にいつの間にかイヅナは三つ全て食べ終わっており、物欲しげな表情でこちらを見ていた。
「……食うか?」
無言で「食べる」と、首を縦に振り「あーん」と無防備に口を開ける。
まさか、あーんしろと。そう言っているのか………?
恐る恐る口にクラウンパフを近づけると、迷いなく口を閉じて、いつの間にか俺が口を付けた部分も関係なしに平らげてしまった。
「満足」
お腹を膨らませ、満足気にしていると、広場の方から悲鳴が聞こえた。
急いで駆けつけると、そこには『人型のトカゲ』のような魔物がそこに立っていた。
「何で地上に魔物が……」
目の前で男が気になることをボソッと言い、詳しいことを聞こうとしたがすぐに逃げてしまった。
近くでパレードが行われていたようで、近くにいた騎士団があっという間に討伐してしまったが、一体なんだったのだろうか……。
そんなことを考えていると、混乱に紛れ、クラウンパフを買っているエレナが見えた。
余程イヅナが食べているのが美味しそうに見えたのだろうか。
思わず目を離していた隙に突如、イヅナの足元に一つの魔法陣のようなものが浮かび上がった。
「……?」
咄嗟の判断でその魔法陣からイヅナを押しのける。
少し遠くでは変装をしたアルベルトがなにやら慌てている様子。
よかった。これはやはり危険なものだった―――
「今すぐそこから離れろ!レイン!」
アルベルトの必死の警告が耳に届く頃には、すでにレインはそこにはいない。
まるで元から何もなかったかのように、アルベルトの必死の警告だけが街中を響き渡った。
―――
『警告。エラー』
真っ暗な暗闇の中、無機質な女性のような声が脳内に響く。
ゲームでよく聞くような、アナウンスの声に似ている気がする。
『警告。エラー』
脳内に響き続ける不穏なワードとは別に、俺は妙に冷静だった。
ここからどうなるのだろうか。エラーとか言ってるしいきなり死ぬとかではなさそうだが。どこかに転移されるとか?もしかしたらまた別の異世界に………とかは勘弁して欲しいな。
響き続けるアナウンスは、俺の今の現状をどこか他人事のように感じさせる。
『警告……。エラー……発生………』
ずっと脳内に響いていたアナウンスは力尽きるように途切れ、やがて少しずつ光が見えてきた。
やっと外―――
そう思ったのも束の間、冷んやりとした食感が手に伝わる。
次に、視界に飛び込んできたのはどこまでも続く石造りの薄暗い空間。
壁には、青白く淡い光を放つ鉱石が一定間隔で埋め込まれ、辛うじて周囲を照らしていた。
「……はは」
目の前の現実味のない光景に、思わず笑ってしまった。
俺は状況を理解する間もなく、俺の三倍はあるだろう熊型の魔物と目を合わせてしまったのだ。
グリズリーはゆっくりと口角を吊り上げた。
「……」
どうやら歓迎してくれるらしい。
最悪の形で。
第一章『リーヴェ村編』完結




