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拝啓、才能の無い俺へ  作者: まおうるう
第一章 リーヴェ村編

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第六話『龍人オルタナ』

 アルベルトに強くなりたいと頼み、早くも二ヶ月が経過した。


 半年ほど前からアルベルトに剣を教わっていたとはいえ、途中で投げ出したり、集中力が切れたりと、真剣に取り組んでいたとは言えなかった。


 無論、今は違う。

 あの日から二ヶ月。一日のほとんどを剣の鍛錬に費やしていた。

 成長をしている実感はないが、それでも、木剣を振ることをやめようとは思わなかった。

 やれば伸びる。そう信じて振り続けなければ、俺はまた元に戻ってしまうだろう。


「精が出るね」


 通りがかった村の住人、クロシーズさんが休憩中の俺とアルベルトに声をかける。

 家にいる時間が増えた分、たった二ヶ月とは言え村の人達との交流も増えてきた。


「全然ですよ。まだ父さんから一本も取れないんです」

「当たり前だ。俺を越えるならがむしゃらに鍛えるより、俺の寿命を待った方がいくつか賢明だ」


 俺は剣の鍛錬に勤しむ一方、イヅナはエレナと料理の練習をしているのだが…………。


「…………今日もか」


 ドゴン!と、爆発でもしたかのような音が家から聞こえた。


 どうやらイヅナはマナ操作以外の才には恵まれなかったようで、毎日料理で出るとは思えない音が村中に響いている。


「なんだい?今日も派手にいったねー?」

「は、はい!いつもお騒がせしてます!」


 ぺこぺこしながら煙と共にイヅナが家から出てくる。

 人見知りだったイヅナはエレナと共に行動することが増え、家族以外の人とも話すようになってきた。


 ―――


 時は過ぎ、本格的に剣を教えてもらってからすでに一年が経過した。


 まだアルベルトから一本も取ることはできず、受け流すので精一杯だが、最初は見るので精一杯だったアルベルトの太刀筋が、遅く感じるようになってきた。

 遅く感じる。というのはあくまで前までとの比較で、当たり前だが剣筋は恐ろしく早い。

 アルベルトも本気になってきているのか、最近は攻撃の感覚が早くなってきている気がする。


「―――おい、レイン」


 剣を止め、俺に話しかけてくる。


「お前、伸び悩みは感じるか?」


 いきなり話しかけてきたと思えば、唐突にそんなことを聞いてきた。

 伸び悩み、か。

 感じていると言えば、感じているのだろう。だが、一歩も進まないわけではない。着実に、少なからず前進している感覚はあるのだ。


 伸び悩みというのは、要するにこの先の成長するビジョンが見えない。的なものなのだろう。

 それのことを指しているのであれば、俺は該当しないのだろう。


「ん-、ないかな。なんで?」

「いや、違うならいいんだ。ここらで休憩しよう」


 剣を立てかけ、庭で大の字になってへ垂れていると、クロシーズさんがやってきた。


「今日も剣の鍛錬かい?勤勉だねえ。ところでアルベルトさん。近くの森に『トカゲモドキ』が出たらしいんだが………」

「ああ、わかった。すぐに―――」


 いつもなら「すぐに行こう」と言って、十分もかからず帰ってくるのだが、、すぐに返事はせず、なにか考えている様子で顎の短い髭をいじっている。

 こちらを見るなり、にやりと笑いかけてきた。

 ……嫌な予感がする。


「おいレイン。いつまでも俺にボコボコにされるのは疲れたろ。お前が行ってこい」

「はあ!?俺!?俺、魔物なんか狩ったこと―――」

「誰だって最初はある。大丈夫。ただのでけえトカゲだ」


 俺の言葉を遮り、アルベルトは俺を見ながらニヤニヤと笑っている。

 トカゲモドキ。でかいトカゲ。その二つのワードが全くもって大丈夫ではない気がするのは、俺だけだろうか。

 だが、こうなったアルベルトは止められない。村に実害が出る前に行くしかないだろう。



 トカゲモドキが出たという森に入り、二時間ほどが経過した。

 アルベルトが言うには、「トカゲモドキに怯えてそれ以外の生き物はいないはずだ。なにかしらいたら、そいつがトカゲモドキだな」とのこと。

 文字通り森には生き物が一匹も見当たらない。が、トカゲモドキも見当たらない。


 突然、強い風が吹く。

 森の奥深くだというのに、強い風だ。

 そう思いながら風の吹いてきた方へ視線を向ける。


 ――そこにいた。


 鱗は岩のように重厚で、一枚一枚が鎧のように光を反射する。

 巨木にも届きそうな首。

 黄金色の双眸。

 ゆっくりと息を吐くだけで、熱を帯びた風が頬を撫でた。


 ふと、アルベルトの言っていた特徴を思い出す。


「…………………でかいトカゲ?」


 思わず漏れた声に、その生物は首を傾けた。

 いや、違う。

 あんな生き物をトカゲと呼んでいいはずがない。


 そうだ。

 俺はそれに相応しい名前を知っている。


 ―――ドラゴン。


 ゲームとか漫画に出てくる。あのドラゴンだ。

 想像していたよりずっと巨体で、俺なんか簡単に踏みつぶせるんじゃないかと思うほど。


 巨大な生物が一歩踏み出した。

 嘘みたいに地面が揺れ、落ち葉が跳ねた。


「―――ッ!」


 考えるより先に身体が動いた。

 横へ飛び、同時に間合いへ潜り込む。


 低く、速く。

 アルベルトとの鍛錬で何千、何万と繰り返した踏み込み。

 剣を振り上げ、前脚へ叩き込む。


 ガギィンッ!


「硬っ……!」


 硬い。

 岩を殴ったような衝撃が腕を突き抜ける。


 ドラゴンは驚いたように目を見開き、そのまま一歩後ろへ下がった。


「グルゥ……?」


 低い鳴き声。

 威嚇ではない。

 困惑しているようにも聞こえた。


「………もしかして戦う気ないのか?」

「グルゥ……」


 ドラゴンは犬のように首を伏せ、体格に合わないきょとんとした目でこちらを見ている。

 その様子に、なんだか実家の犬を思い出してしまった。


「お前らなにやってんだ……?」


 どうやら後をつけていたようで、木の陰からアルベルトが現れる。

 アルベルトは呆れた表情で俺とこのドラゴンを見ていた。


「お前……半分でもドラゴンなんだから反撃くらいしろ!図体ばっかでっかくなりやがって!そんなんだから『トカゲモドキ』なんて言われんだよ!」


 近づいてくるや否や、伏しているドラゴンに不満をぶつけている。

 どうやらアルベルトとこいつは知り合いらしい。


「つまり……どういうこと?」

「ああ、紹介がまだだったな。こいつはオルタナ。トカゲモドキ改め、龍人だ。ほら、人間の方に戻っていいぞ」


 ドラゴンから大きな煙が立つと、先ほどまであった巨体は跡形もなく消えていた。

 代わりに、紫色の光沢を放つ黒色の髪に金色の瞳の、俺と同い年くらいの男の子が―――しょんぼりとそこに立っていた。


「お久しぶりです……アルベルトさん………」

「お久しぶりです……じゃねえよ!レインと戦うって啖呵切ってるってヴェルクから聞いてたんだが?なんだよこのザマは!」


 オルタナと呼ばれる少年はアルベルトにぺこぺこ頭を下げ、アルベルトはその頭を拳で挟んでぐりぐりしている。

 そしてこの場で俺だけが状況についていけず、ただ困惑している。


「はーあ、本気(マジ)の殺し合いができる機会なんて、この機会を逃したらそうそうねえのによ……ほら、行くぞ」


 頭を掻きながら、やれやれとアルベルトは村の方へ歩いて行った。

 その姿に、俺とオルタナは目を見合わせる。


「初めまして。オルタナって言います。今日からお世話になります」

「どうも。レインです………どういうこと?」


 本当にどういうことだ?


 村に帰る道中、アルベルトは先に行ってしまったので俺はオルタナと駄弁りながらゆっくり帰った。

 話を聞くとどうやらオルタナは神龍の息子らしい。戦うことにあまりにも消極的すぎるので、剣聖であるアルベルトの元で鍛えてこい。と家を出されたとのこと。

 アルベルトとオルタナの親との関係性はオルタナもよくわかっていないらしい。


 トカゲモドキ、というのは龍族の同胞に言われ始めた蔑称で、龍なのに人にもなれるから「モドキ」なんて言われているらしい。一種の差別のようなものだ。

 一方アルベルトは、オルタナがドラゴンのくせ戦いから逃げるため、「それでもドラゴンか」という意味で「トカゲモドキ」と村で呼んでいた結果、それが広まったらしい。

 パパ、あまりにもノンデリすぎるよホント……。


 家に着くなりいきなりアルベルトに木剣を投げられ、受け取る。

 なぜかオルタナにも木剣が投げられ、慌てふためきながら受け取っていた。


「け、剣……?なんで俺に……?」

「あ?聞いてなかったのか?これ、ヴェルクからの手紙。俺宛てだけど、ほれ」


 手紙がオルタナに投げられ、戸惑いながら読み始める。


『拝啓、ボンクラ剣聖殿』


「おい!別にそこはいいだろ!」


 おい、剣聖様。酷い言われようだな。


『まず先に言っておく。

 息子が迷惑をかける……いや、もうかけている頃か。

 オルタナは優しすぎる。

 龍でありながら、虫一匹踏み潰せぬ。

 獲物を狩れと言えば泣きそうな顔でこちらを見て、牙を立てろと言えば謝る始末。

 正直、親として頭が痛い。』


 確かに。

 オルタナは俺に攻撃されても尚、攻撃の意志はなかった。

 弱いとかの話ではなく、極端に優しい性格なのだろう。

 人間として生を受けていれば、いくらか楽だったのだろうか。なんて考えてしまう。


『龍は力ある種族だ。

 力を持ちながら戦えぬ者は、己も守れず、大切な者も守れぬ。

 ……そこで、我が息子を、お前に預ける。

 ボンクラでも一応は剣聖だ。実力の程はよく知っている。

 もしお前の息子も鍛えているのなら、一緒にしごいてやってくれ。

 同年代の友というのは、親や師では与えられん財産だ。

 互いに競い、支え合う相手がおれば、きっと二人とも強くなる。


 追伸:オルタナには二度と龍の里の敷居をまたぐなと伝えておいてくれ。二度とだ。』


「………」

「………」

「それだけ!?」


 我慢できず、思っていた言葉が出てしまった。

 ようするに、オルタナは今日を以て勘当。お前は人として生きろ。ということだろう。

 それが何故なのか、どういう考えなのか、知りたかった部分が一ミリも手紙には書いていなかった。


「なんでなのか……ええっと……ヴェルクさん?に聞いてきたら?」

「そんなことしたら灰も残らず焼き尽くされるよ」


 ………冗談、だよな。実の息子なのでは……?


「マジだ」


 俺の心の声でも聞こえたのか、アルベルトが腕を組みながら相槌を打つ。

 神龍とは、俺の思っていた数倍は容赦のない龍らしい。


「ということで、お前は今から人間として生きることになる。爪も牙もないその姿で、だ。強くなりたいなら剣を持て。俺がいくらでも教えてやる」


 オルタナは渡された木剣をじっと見つめ、なにも言うことはなくただ黙っていた。


「強くなりたくない。戦いたくない。逃げたまま生きていくならその剣は捨てて鍬でも持て。ちょうどロデスさんが人手不足で困ってるって言ってたな」


 それを聞いたオルタナは覚悟を決めたように木剣を強く握った。


「戦う、強くなりたい!俺も、アルベルトさんみたいに!そして……あのクソ親父の首を絶対に跳ね飛ばす!」

「お、おう。だがあいつを殺すのだけはやめとけ。とんでもないことになる。いいか?………」


 珍しくアルベルトが本気で焦っている様子でオルタナを諭している。

 多分、神龍であるオルタナの父が死ぬと、本気で都合の悪いことでもあるのだろう。


「あら、オルタナくんもう着いてたの?ご飯できたわよー!」

「レイン、ご飯」


 ……オルタナのことを知らなかったのは俺だけなのか?

 エレナが窓から顔を出し、夕食ができたことを告げると、その横からイヅナもひょっこりと顔を覗かせていた。

 受け取った木剣を適当に投げ、家の中へ入り、夕食を食べることにした。


「ほら、オルタナも来いよ!」

「う、うん!」


 一人焦っていたアルベルトだけが取り残され、また一人家族が増えたのだった。



 ―――アルベルト視点


 我が息子、レインが俺に「強くなりたい」と頼んできて早一年が経った。


 目標を聞いた時、俺は腹がよじれるほど笑ってしまった。

 剣の「け」の字もできていない奴が、剣聖である俺を越えると。しかも三日坊主で、再開したかと思えばすぐどこかへいなくなり、続いてると思えば一ミリも集中していなかったり、そんな奴が、だ。

 だが最近は、その言葉も現実味を帯びてきた。


 本人は気づいていないようだが、このレインの成長速度は異常なのだ。


 矛盾するようだが、初めて見た時から剣の才能はお世辞にもあるとは言えなかった。

 本当に俺と同じ血が流れているのか、疑うほどだ。

 弟と妹は三歳から剣を握っていたが、それでもレインより上手くやっていた。


 それでも、同じことを一年も続けていれば、すぐ壁に当たるものなのだ。

 かくいう俺もその時期があった。


 剣聖の血を引く人間には二つ、生まれつき持っている才能がある。

 名前の通り、剣の才。そして、敵の太刀筋を読む才だ。

 言ってしまえば未来視に近い。一瞬先の剣筋が、感覚として見えるものだ。


 最初、レインにはその才は全くなかった。

 剣の才がないのはともかく、未来視も、両方ないのはどういうことか。初めてのことだった。あまりに異例で、本当に俺の子か疑った時もあった。

 いや、エレナを疑っているわけではないのだが……。本当だ。


 とにかく、最初はそんな様子だったのに一年が過ぎた今もこいつは壁に当たりそうな気配はない。

 それどころか、磨くことができないはずの未来視すら、レインは手に入れ始めているような気がする。


 まるで、すべてのことが経験値として吸収されているみたいに。徐々に、少しずつだがレインは成長を止めた日はなかった。

 もしかすると、レインのスキルにあった『成長』が、文字通りレインの成長を促しているのかもしれない。


 これは本当に俺を越える日が来るのかもしれないな。

 正直、剣聖としては面白くない。

 ……だが、父親としては実に悪くない気分だ。

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