第四話『剣聖アルベルト・アークライト』
……暗い。
俺は椅子に縛りつけられているようで、身体には力が入らず、抜け出せそうにもない。
「目え覚めたか?」
暗闇に目が慣れてくると、さっき俺が脹脛に蹴りを入れた男が椅子に座っているのが見えた。
名前は確か……ブラデュオと言っていただろうか。
「いやな?俺もお前みたいな小せえガキにこんなことするの反対だったんだけどな?」
椅子のひじ掛けに縛られた俺の左腕を、一本の釘が貫通する。
「――――――ッあ!?」
痛みに耐えきれず、声が漏れ出る。
腕に刺さった釘は勢いよく引き抜かれる。目を凝らすと地面が見えるほど、俺の腕にはぽっかり穴が開いていた。
あまりの激痛に、気絶しそうになるが、みぞおちを殴られ阻止される。
「状況がわかったか?あの狐のガキの居場所吐けば家に帰してやるよ」
「……………よ」
「あ?なんだって?」
「誰が言うかよ。ボケ」
近づけてきたブラデュオの顔に唾を吐き、イヅナを売れという提案を拒否する。
折角助けたのにわざわざそのイヅナを売るわけがない。それに――――
「お前、言ったところで帰す気なんかないだろ」
ブラデュオは俺が目を覚ましてからずっと気味の悪い笑みを浮かべていた。
おそらく無自覚なのだろうが、快楽殺人鬼と同じような類の目をしていた。
「…………なんだ。気づいてたのかよ。じゃあ聞き方を変えるぞ?」
今度は右腕を釘が貫いた。
声を殺し、必死に痛みに耐える。
「あの狐のガキの住処を吐けば楽に殺してやるよ」
口では「殺してやる」なんて言っているが、まるで出されたデザートを前に我慢している子供のような顔をしていた。
「………言う気はないか」
そう言うとブラデュオは俺の手を取り、人差し指を強く掴んだ。
なんとなく、俺がこれからされることの予想ができてしまった。
「今からこの針。お前の爪と爪の間に刺す」
俺の反応を楽しむように、細い針がゆっくりと指先へ近づいてくる。
「………っ」
爪の先端に針が触れる。
冷たい金属の感触が伝わり、ゆっくりと、徐々に力が加えられていく。
爪がきしむ感覚に、思わず息が止まる。
針先は逃げ場のない隙間を探すように押し込まれ、鋭い痛みが指先いっぱいに広がっていく。
「――ッ!」
神経を直接掻き回されるような鋭い痛み。
歯を食いしばり、声を必死に我慢する。
だが針は止まず、ゆっくりと進み続ける。
ほんの数ミリ。
たったそれだけしか入っていないはずなのに、指先が脈打ち、腕の奥まで痺れが走る。
額から汗が噴き出し、呼吸は乱れる。
さらに針が押し込まれようとした瞬間―――押し込む手が止まった。
「おい、悪趣味だぞ」
「なんだよエルク。俺の楽しみを邪魔しないでくれよ」
「拷問するのはいいが、それは見てるこっちまで痛くなる」
「おいおいおいおい。ガキじゃあるめえし、それでもSランク冒険者様かよ?」
「黙れ。拷問なんかこれでいいだろう」
エルクが一歩前に近づいてくる。
反射的に腕を引こうとするも、その時にはすでに遅く手刀が一直線に振り抜かれる。
衝撃と同時に、指先から感覚が消えた。いや、感覚がなくなったのではなく、俺の指そのものがなくなったのだ。
一拍遅れ、激痛が脳に直撃する。
「――――――――――ああああああああああああああああ!?」
耐え難い激痛に、叫び声が出る。喉の奥が焼けるように痛い。だが、こうでもしないと俺は正気を保ってはいられないような気がした。
喉奥が張り付き、息を吸うだけでひりつく。
痛みは消えず、熱を持ったまま脈打ち続けている。
「何度見てもすげえな、お前の手刀。速すぎてマジで見えなかったぞ」
「これが見えないならお前の実力はまだまだだ。だから率先して戦おうとするのはやめろ」
「おい!確かに俺は拷問が趣味だが――――――」
急に周囲の音が遠ざかる。視界もぼやけ、冷や汗が止まらないし痛いのかどうかすらわからない。
ふと、痛みのあった箇所を見ると、指が五本きれいに切り落とされていた。
「……だ…………は……いか?」
エルクがなにか喋っているが、俺の耳には届かなかった。
もう帰りたい。あの時一緒に逃げればよかった。なぜあんなことをしたのだろう。そんな最低な後悔をしているうちに数秒後、右手にも同じ激痛が走った。
「――――――――――ああああああああああああああああ!」
右手の指も五本すべて切断され、あまりの激痛に朦朧としていた意識がはっきりとした。
「まだ居場所を吐く気はないか?俺はこいつと違って人を騙す趣味も拷問の趣味もない。指は戻らないが言えば帰してやる」
そう言ったエルクの目は、ブラデュオとは正反対にまっすぐな目をしていた。
嘘はついていないのだろう。もう、ここで吐けば楽になれるのだろうか。
「――――――、あ」
だがその考えとは反対に、イヅナの居場所を吐く気にはどうしてもなれなかった。
「…………そうか」
考えを察したかのように短い言葉を放ち、左足にゆっくりと体重がかけられた。
足先から鋭い痛みが駆け上り、思わず息が止まる。
汗が滴り落ち、視界が再び揺れ始める。
恐る恐る足元へ視線を落とす。
「…………」
一瞬、何を見ているのか理解できなかった。
そこにあるはずの足が、普段の見慣れた姿とはあまりにもかけ離れていた。
力を入れようにも、思うように動かない。
指先に意識を向けても感覚は曖昧で、鈍い痛みだけが脈打っている。
「次は右足だ――――――」
エルクが残った右足の指をも踏みつぶそうとした瞬間、爆発にも近い轟音が洞窟中に響き渡った。
「おい侵入者か!見張りに三十人はいたはずだろ!?なにしてんだ!?」
ブラデュオの言葉で、こいつらは二人だけではなく大きな集団の一員であることを知る。
朦朧とする意識の中、奥に見覚えのあるシルエットを見つけ、緊張の糸が切れたかのように意識が途絶えた。
―――
ブラデュオとエルクが生唾を飲む。
木剣一本で、格好はその辺の村人と変わらない。なにも変わらないはずなのに、二人はコツン、コツン、と、不用心に音を響かせ、さも自分は来客かのように立ち振る舞うその男から一瞬たりとも目を離せなかった。
「………」
「………何者だ」
エルクが沈黙を破り、ブラデュオも抱いていた疑問を口にする。
「だってよ。イヅナ。自己紹介してやってくれ」
「私はイヅナ!」
村人の肩からひょっこりと顔を覗かせ、探していた狐族の少女が自分を狙う盗賊二人に自己紹介する。
六歳の少年を誘拐し、拷問してまで居場所を知りたがっていたイヅナを前に、二人は一歩も動くことができなかった。
その原因は、イヅナを背負う村人にあった。
「とりあえず、うちの息子返してもら――――――」
不意を突いたはずのエルクの一撃が簡単に弾き返される。
エルクは王国でも七人しか存在しないSランク冒険者。その中でも戦闘の実力はトップクラスで、国中を探しても彼に敵う者は片手で数えられるほどしかいない。
そのエルクが今、あくびをしながら相手をするただの村人に、圧倒されていた。
「……ふぁぁ、そろそろうちの息子返してくれないか?」
「アル!レインが!」
アルベルトとイヅナはようやく暗闇に目が慣れてきたようで、奥にいるレインに目をやると、無残な息子の姿がそこにあった。
レインの両の手に指はなく、足の指はつぶされ、腕にところどころ穴がある。
「……………そうか」
アルベルトの声色が変わる。
それまでエルクの拳をいなすだけだった木剣が、ボゴォッ!と音を立てて脇腹へ直撃した。
エルクが吹き飛ばされると、イヅナはアルベルトの背中を降り、レインの元へ駆け寄る。
「レイン!大丈夫?」
イヅナが声をかけるも、レインは気絶しており返事はない。
「お前か?レインにアレをしたのは」
一人、固まって動くことすらできなかったブラデュオに問う。
しかし、唾を飲み込み、返事をすることすらできないブラデュオに苛立ち、先ほどブラデュオがレインにしてみせたように思い切りみぞおちへ拳を叩き込む。
ブラデュオは血反吐を吐き、勢いよく壁へ吹き飛ばされた。
「俺はアルベルト・アークライト――――――元剣聖だ」
首元へ迫る木剣に、エルクは寸前で拳を叩き込み、辛うじて防いだ。
「おい、嘘だろ。それただの木剣だよな……?」
アルベルトの剣圧は一拍遅れて洞窟の壁を切り裂き、その亀裂は奥が見えないほど深かった。
「…………おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。剣聖様は死んだって話じゃなかったのかよ」
「最期の言葉はそれでいいのか?」
アルベルトが振り上げた剣を勢いよく振り下ろすと、洞窟中に砂煙が舞った。
「……ゴホッゴホッ、大丈夫か?イヅナ」
砂煙はすぐに散り、辺りを見渡すとエルクとブラデュオがいないことに気がついた。
(逃がしたか――)
そう思ったが、今は追うより先に確認すべきものがある。
レインとイヅナのいた方を見ると、二人は攫われることなくそこにいた。
「うん、大丈夫。それより早く治療しないと」
「ああ、早く家へ……」
レインを抱えるため、近づこうとするアルベルトの足が止まる。
見覚えのある紋章がイヅナの正面に浮かび、イヅナはなにかを唱えている。
足元には見たこともない紋様が幾重にも広がり、空気そのものが震え始める。
アルベルトは、その光景を知っていた。
だが、一人で扱えるはずがない。
そんな簡単に、個人が使えるものでは決してないのだ。絶対に。
だが、それらをすべて否定する光景が目の前にはある。
イヅナの一本だった尻尾は、いつの間にか九本へと増えていた。
それに呼応するように、次第に完成へと近づいていく。
「終わったよ……。帰ろ?」
何事もなかったかのようにレインの治療を終えたイヅナがアルベルトにそう告げる。
レインを見ると、失われた指、腕の穴、それどころかわずかな擦り傷すら跡形もなく消えていた。まるで何事もなかったかのように。
「………あ、あぁ。帰ろうか」
この異常な事態、聞きたいことは山ほどある。だがアルベルトはそれをぐっと堪え、二人を抱えて家に帰った。




