第三話『才能の差』
一ヶ月が経過した。
イヅナは自身の事情をアルベルトとエレナにも話したが、無事受け入れられて今ではアークライト家の家族として一緒に暮らしている。
二人は俺とくっつけたいのか、事あるごとにトラップを仕込むのだけどうにかしてほしい。
毎日俺とイヅナは出会った丘で遊んでいる。
俺と両親には心を開いてくれたようで、二人きりの時や、家にいるときは尻尾と耳を隠さず出しっぱなしのままだ。
本人的にはこっちのほうが楽だったりするのだろうか。
そんなある日、鼻先まで伸びた前髪を鬱陶しそうに払うイヅナを見て、俺はあることを思いついた。
「イヅナ。髪、切ってみるか?」
「髪?」
俺の言葉に反応し、狐耳がピクリと動く。
「ほら、いつも邪魔そうにしてるだろ?切ってやろうか」
「レイン、髪切れるの?」
「まあ自分の髪切ってるし、そこそこレベルは高いな。自信はある」
他人の髪を切ったことなんかなかったが、妙に俺は成功させる自信があった。
イヅナは自分の髪を触り、少し不安そうな表情を見せる。
「……変にならない?」
「不安か?」
「ち、違うの!」
慌てて首を振るイヅナの肩を掴み、捕獲に成功する。
「じゃ、切るか」
数分後。家へ戻り、そっとイヅナ椅子にを座らせる。
ハサミを手に取り、純白の髪を少しずつ整えていく。
自分の髪とは勝手が違って少しやりにくいが、慣れれば自分よりも簡単だった。
さらさらと髪が地面へ落ちるたび、隠れていた狐耳が少しずつ姿を現した。
数十分後。手鏡を渡すと、イヅナは目を丸くした。
「………!レイン、すごい」
毛先を肩の辺りで揃え、前髪は目に掛からない程度まで切った。
狐耳が自然に見えるよう少しだけ量も調整してある。
イヅナは鏡と俺を何度も見ると、ぱあっと笑顔を咲かせ尻尾をぱたぱたと振り始めた。
切った髪が舞うので尻尾を振るのは遠慮してほしいのだが、あまりにも喜んでいるのでなにも言わないでおくことにした。
「ありがとう、レイン!」
勢いよく抱きつかれ、盛大に後ろへ倒れた。
―――
時間がたつのは早く、すでに一年が経過した。
イヅナのマナ操作だが、教えている中で半年を経過してからイヅナの異変に気付いた。
あまりにもイヅナの持続時間が長いのだ。要するに、マナの量がとんでもなく多いということだろう。
今ではほんの短時間とはいえ、イヅナが時々無自覚に宙を浮いていたり、草木の成長を促進させたりと、本には一切書いていなかったことばかり起きている。
これが狐族の特性かなにかなのかは知らないが、こうも身近で才能の差を見せつけられると、どうしても劣等感を抱いてしまう。
今は新しいマナ操作の鍛錬として、マナを針と糸の形に変化させ、針の穴に糸を通すという創造系の鍛錬をさせている。
これは創造系のマナ操作が得意でなければ困難で、仮に得意だとしても緻密なマナ操作が求められるため、どちらにせよ難易度は高い。
ちなみに制御系のマナ操作を得意としている俺は、一度イヅナにやって見せたのを最後に成功した記憶は全くない。
「どう?上手くできてた?」
尻尾を振りながら俺に聞いてくるイヅナの頭を撫でてやる。そうすると、扇風機の如く尻尾の動きは激しくなり、丘に伸びる草原が風で揺れる。
「ああ、できてたよ。そのうちイヅナに抜かされちゃうかもな」
嘘だ。もうすでにイヅナとは天と地ほどの差がある。
これができているのはイヅナが創造系のマナ操作を得意だからではない。この一年、ほかにもさまざまな修行をさせてきた。
だがイヅナはそのすべてを短期間で習得してしまった。そう、純粋なマナ操作の能力が俺よりも遥かに上なのだ。俺が得意とする制御系のマナ操作も含めて。
いっそのこと、早いうちに適当なスキルを覚えていてくれたら――なんて最低なことを考えてしまう自分が、また嫌になった。
「ねえレイン」
「ん?どうした?」
「私もスキル覚えたい」
「だめだ。俺みたいにこんな適当なスキル覚えて将来を棒に振りたくないだろ?」
思わず、考えていたことをそのまま口に出してしまった。
俺のスキル『成長』には、マナ操作の項目もある。だが、一年前までマナについてなにも知らなかったイヅナに抜かされ、このザマ。あえて言おう。このスキルはハズレだ。
スキルを使っても俺の三年間はイヅナの一年にも満たないのだ。
空を見上げ、現実を逃避しようとしていると、イヅナに頬を引っ張られる。
「痛てててて、どうした?」
「……は………ない………」
「どうした?なにに怒ってるんだ?」
「レインのスキルは適当なスキルなんかじゃない!」
「…………え?」
初めてイヅナのこんな大きな声を聞いたので驚いてしまう。
「レインは剣も強くて、教えるのも上手で、料理もできて、髪を切るのだって!レインはすごいんだよ!レインのそのスキルだって!」
「ああ、わかった。わかったから落ち着いて」
どれだけ必死なのか、イヅナの目には涙が浮かんでいた。
イヅナはこう、なんだろう。俺を神聖視してる節がある。俺が最初の師であるから、俺が絶対で、俺が世界の全て、みたいに思っているのだろうか。
確かに、俺はマナ操作だけでなく剣にも手を出し始めた。でもそれはイヅナに追い抜かされる言い訳を作っていたにすぎない。
アルベルトには筋がいいと褒められたが、イヅナのマナ操作と比べると成長速度は圧倒的に遅い。
要するに俺は器用貧乏なのだろう。
「……なんか湿気っぽくなっちゃったな。さ、今日はもう帰ろう」
「………うん」
この空気に耐えられず、俺は逃げるように帰ることを提案した。
―――気まずい。
俺が勝手に意識しているだけなのだろうが、どこか話しかけづらい空気が漂っている。この一年で築いたイヅナとの関係性はこんなにも薄っぺらいものだったのか。なんて暗いことばかり考えてしまう。
帰り道、林の中を歩いていると、草をかき分ける音が近づいてきた。
イヅナは俯いており、そのことに気づいている様子はない。
「イヅナ!」
襲ってきた音の主からイヅナを守るため、イヅナの手を引く。
音の主は人間だったようで、この村では見ない顔だ。見るのは初めてだが、恰好からして盗賊かなにかだろうか。
「ガキ。おとなしくその狐のガキを寄越しな」
おー、セリフから背格好まで。見事なまでに盗賊だな。昔やってたRPGからそのまま出てきたのだろうか。
だが、油断はできない。ゲームの中では雑魚キャラでも、スキルがあるとはいえ俺はまだ五歳の子供だ。
「イヅナ、俺が正面のやつに飛びかかったら右を回って家に帰れ」
「でも―――」
「いいから。わかったか?」
イヅナを安心させるように、震える手を握り返し、イヅナの目をじっと見つめる。
「………わかった」
「いい子だ」
状況を整理しよう。
俺は素手。戦闘に使えるスキルはない。対して相手は短剣を二本。身長は170cmほど。
地形は熟知していて、少なくとも地形だけなら俺のほうが有利と見ていいだろう。
俺が地面を蹴ると同時に、合図するようにイヅナの背中を逆方向へ押し出した。
「――――ッ!」
地面を蹴った勢いを使って脹脛を狙ったのだが、反応されてしまい短剣で簡単に防がれた。
どうしたものか。最初の攻撃以外考えていなかったもので、初めての実戦。命を奪われるかもしれないというのに、どこか楽しんでいる自分がいた。
すぐさま木の陰へ身を隠し、幹を蹴ってバネのように加速する。
こんなこと、普段ならやろうともしないはずなのに、身体そのものが俺に身体の使い方を教えてくれているかのように、勝手に動いてくれる。
「――――ッ!?」
一度失敗した脹脛への蹴りを、最初とは比べものにならない速度で決める。
ガードが間に合わなかった男は脹脛を押さえ、悶絶し始めた。
「あああああああ!痛ええええええ!」
生前、漫画で読んだ知識が役に立った。
脹脛は太ももより筋肉が薄く、ダメージが入りやすい。
膝から崩れ落ち、悶絶する男が手放した二本の短剣を蹴飛ばし、髪を掴んで顔を近づける。
「仲間の数と、配置は?」
さりげなく言ってみたかったセリフを言ってみた。
もう一度言うが、こんな状況なのに俺はどこか楽しくなってしまっているのだ。
「………な、仲間の数………と配置………か…………へっ」
俺の言葉を繰り返し、嫌な笑みを浮かべた。
男は言葉は出さず、口だけを動かす。
『お・ま・え・の・う・し・ろ』
それに気づき、反射的に木へ飛びついて回避する。
背後に立たれていたのにまったく気づかなかった。戦いに夢中だった?……違う。それでも気配の一つくらい感じるはずだ。
木の上から、つい先ほどまで俺がいた場所を見ると、小さな隕石でも落ちたのかと錯覚するほど大きな穴が開いていた。
あとコンマ数秒遅ければあれに直撃していたと思うと、ゾッとする。
「おいブラデュオ。お前のスキル戦闘向きじゃないんだからいつも前行くなっつってんだろ」
「わ、悪いエルク。ガキだったから油断しちまった」
「まあいい。例の狐のガキは?」
「………逃しちまった」
「………………はあ。まあ狐のガキはあとだ。今はこのガキを――――」
木から飛び降りざまに頭を狙って踵を振り下ろすが、簡単に防がれる。反動を利用して再び幹へ飛びつき、距離を取る。
最初に戦った男はどうにでもなったが、あのエルクと呼ばれていた男はレベルが違う。あれは今の俺じゃどんなに背伸びしても勝てない存在なのだ。
エルクは素手だが、身長は推定190cmは超えている。筋肉質で肌黒い。ザ・パワー型という見た目だった。
だがそれとは別に、なにか別の薄気味悪いものも感じていた。
「おいガキ。狐のガキの居場所を教えればこのまま返してやる。どうだ?悪い話じゃねえだろ」
エルクは、まるで俺のことなんかいつでも殺せると言わんばかりにそんな提案をしてくる。
もちろんそんな提案に乗る気はない。
「嫌だね。お前らは今ここで、俺が殺す」
ハッタリでも虚勢でもなんでもいい。
とにかく、今はこのエルクとかいうやつをどうにかするのが最優先だ。
「そうか―――――――残念だ」
エルクの姿が一瞬にして消え去り、同時に俺の意識もプツンと消えた。
―――
一方その頃イヅナは無事林を抜け、肩で息をしながら家へ辿り着く。
家の外にはアルベルトが剣の素振りをしており、イヅナを見つけると素振りをやめて話しかける。
「おうどうしたイヅナ。レインは―――」
「盗賊に襲われたの!レインは私を逃がすためにいま戦ってる!」
「そうか。まあレインなら―――」
「レインなら大丈夫」そう続けようとしたアルベルトの言葉が、不意に止まった。
その目から、先ほどまでの余裕が消える。
「レインはどこかわかるか?」
「うん。丘に行く道中の林で………あれ、移動してる?ここは……洞窟の中?」
イヅナはレインに触れたとき、レインに自身のマナを紛れ込ませていた。
彼女はマナに対して非常に敏感で、意識すれば自分のマナが今、どこにいるのかが正確にわかるのだ。
「案内してくれ。情けないが、俺はマナに関してはからっきしなんだ」
イヅナを背負い、そのまま地面を一歩踏み込む。
数秒後、さっきまでアルベルトが立っていた地面だけが、遅れて砕けた。




