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拝啓、才能の無い俺へ  作者: まおうるう
第一章 リーヴェ村編

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第二話『狐の少女』

 三年の月日が流れた。


 その三年の間に、俺は簡単なマナ操作ができるようになった。自身のスキル表示はもちろん、制御系のマナ操作を覚えた。

 制御系というのは、簡単に言えば身体を一部強化するマナ操作の系統。例えば足の筋肉を強化、衝撃に耐えられるよう骨も強化し、大ジャンプ!みたいな。

 発動までかなりの時間と集中力を必要とするので、戦闘や日常の使用は難しいのだが……。まあそういうものだと思っておいてほしい。


「お、レイン。今日も遊んでくるのか?」

「うん。夕方には帰るよ」

「元気なのはいいが、あんまり母さんを心配させるなよ!」


 庭で剣の素振りをしていたアルベルトに見送られ、俺はある場所へ向かう。今から向かう場所は家からそう遠くはない。

 踏み固められた土の道が一本伸びており、道に生えた朝露を含んだ草を踏むたび、靴底がしっとりと濡れた感覚が伝わる。


 少し歩けば、小さな畑が見えてくる。

 畑作業をする老人が鍬を振るい、俺を見るなり手を止めて元気に手を振ってくる。彼のことを父は「ロデスさん」と一回だけ呼んでいた記憶がある。これが名前なのか姓なのかどちらかはわからないが、俺もロデスさんと呼ぶようにしている。

 俺も愛想よくロデスさんに向けて軽く手を振り返すと、声が聞こえてきた。


「レイン坊ー!これ持っていきなー!」


 そういうと、二つの赤い果実が宙を舞い、俺の手元へまるで計算し尽くされていたかのように入り込む。

 一応言っておくが、俺とロデスさんまでの距離は目測二十メートルほど。大体、マウンドからホームベースまでの距離と同じくらいだ。

 ちなみに俺はこの果実は『リュカの実』と言う。りんごによく似た味で、結構気に入ってたりする。


「ありがとうございます!」


 リュカの身を両脇のポケットに入れて走り出し、目的の場所へ再び向かい始めた。

 その走る体力も、わずか二十秒ほどが限界なのだが。


 しばらく歩くと、一本の小川が見えてくる。

 裸足なら川の水で涼みながら向こうに渡ってもよかったのだが、靴の中までびちゃびちゃになるのは勘弁なので、ひょい、と小川を飛び越える。

 小川を飛び越えた先は少しずつ上り坂になっている。

 奥に行くほど木々が増えていき、森というほど深くはなく、木漏れ日があちこちに差し込む小さな林。最初来たときは方向がわからなくなり、何度も道に迷ったが、もう歩き慣れた道だ。

 いつもと違うのは、村を出たあたりから微かに草を踏む音が一定の距離を保ち続けていることくらいだろうか。


 林を抜けると、一気に視界が開ける。

 少しばかり強い風が吹き、重い前髪を掻き上げてくる。

 草原が揺れ、その先に村で一番大きな木が生えている小高い丘があった。

 村全体を見渡せる、俺のお気に入りの場所だ。


 普段なら鬱陶しく感じるこの強い風も、今はどこか心地いい。

 目を閉じ、耳を澄ませば、村のなにもかもが見える気がする。

 外で遊ぶ子供たち。それを眺める村の大人たち、人目を気にせずイチャつくアークライト夫妻……。

 そして、村を出たあたりから俺の跡をつける子供。


「……何か用?」


 決まった。

 背後をつけてくる追手に、一度はこれを言ってみたかったのだ。相手は子供だが。


「あぅ……」


 声に反応し、振り向いてみる。

 話しかけられたことに驚いたのか、背後で盛大に転けていた。

 ボサボサだが綺麗な白い長髪。銀髪ではなく、見事なまでの綺麗な純白である。そしてその髪質が、俺の中の印象として狐を彷彿とさせた。


「……大丈夫?」

「は、はい……大丈夫で………ひいいいいい!」


 俺の手を握ろうとした瞬間、俺の手に虫でもついていたのかという勢いで後ろへ下がっていく。

 悪意がなくてもそれは少し傷つくぞ……。


「俺レイン!君の名前は?」


 遠く、林の辺りまで下がっていった少女に聞こえる声で話しかけてみる。

 元々俺はコミュ症で、人に自から話しかけることなど苦手中の苦手だったが、俺の実年齢は二十一(+五)歳だ。自分より年下と思えば話しかけるのもいくらか気が楽だった。


「……ナ」


 今にも、それこそいま吹いている風に吹き飛ばされそうなほどか細い声で、なにかを俺に告げた。

 距離もそこそこ離れているため当然聞こえるわけもなく、もう一度聞き返す。


「なんだってー?聞こえないよー!」

「イヅナ!私の名前は!イヅナー!」

「イヅナ!これ食べるかー?」


 ここに来るまでの道中でロデスさんにもらったリュカの実を差し出すと、タイミングを見計らったようにさっきまで俺に対して吹き続けていた向かい風は風向きを変え、追い風へと変わった。

 イヅナの顔を隠していた髪が突如風向きを変えた風により舞い上がり、俺に顔を見せてくれた。


 一瞬だ。本当に一瞬だったが、俺は文字通り『宝石のような瞳』を見た。

 例えるなら……。いや、宝石など見たことないのだが。白色とも無色とも言い難いその瞳は、ガラス玉のように美しく、数秒が経過した今も俺のこの目に焼き付いている。


「……レイン?」

「おわあああ!?な、なに?」

「びっくりさせないで」


 一瞬の光景が忘れられず、ぼーっとしていたらイヅナの接近に気づかず、情けない声を出してしまった。


「えーっとなんだっけ。なにを聞こうとしていたのか……」

「私が跡をつけてたことじゃないの?」


 もう見つかって開き直っているのか、尾行していたころを隠す気もないようだ。

 いつの間にか俺の手にあったリュカの実はイヅナの手にあり、勢いよくかぶりついていた。


「自分でそれ言うの……?それで、なんで俺の跡つけてんだ?」

「レインがいつもここでマナの修行をしていたの見てたから。林の入り口で待ってたの」

「……それで?」

「私にマナの操作を教えてほしい」


 リュカの実を食べ終わると、俺の懐を当然のように漁り、もう一つのリュカの実にかぶりつく。

 憎たらしいほどに美味しく食べるなちくしょう。


「……それが教えてほしい人の態度か?」

「あ……食べる?」

「どこをだよ」


 思い出したかのようにさきほどまで食べていた赤い果実を差し出してくるが、食べられる部分はほぼ残っていない。


「教えて?お願い……?」


 前髪の隙間から覗く瞳をさらに輝かせ、俺を見上げてくる。

 ……ずるいぞそれ。

 まあ、同年代の友人もほしかったのでちょうどいいのかもしれない。


「……わかった。じゃあ質問だが、マナとかスキルのことは大体わかるか?」

「まったくなにもわからない」

「オーケー……。じゃあまずマナからだが――――」


 ―――


 今まで得たマナに関連する知識をわかりやすくイヅナに説明した。

 俺はゲームに例えてわかりやすくかみ砕いて理解したが、この世界にはそういったものはないため、ゼロから理解させるのはかなり困難だった。

 さっきまで昼だったはずだが気づけば日は暮れている。時刻にすると十七時くらいだろうか。


「レインのスキルはなに?」

「俺のスキルはこれ」


 自分のスキルをイヅナへ見せる。

 ……何度見ても思うが、これウィンドウだよな。


 スキルを確認しようとすると、まずウィンドウのようなものが呼び出され、その中にスキル欄が現れる。

 RPGとかのスキル欄とかで見るやつまんまそれだ。


成長(グロウス)……?」


 俺の覚えた。いや、覚えていたスキルは『成長』。

 これが転生特典なのか、はたまたレイン本人が覚えていたスキルか。それは定かではないのだが、俺がスキルを表示させられるようになった頃にはすでにこれがあった。


「能力は日常のあらゆるものをレベル制にするもの。剣、言語、身体操作、マナ操作、挙げれば途方もないくらい多い。とにかく、日常のあらゆる動作、行動にレベルが設定されていて、その経験を積むことによってレベルが上がる。って能力」


 これが急に俺が喋れるようになった原因だろう。直前にこの世界の文字を読み、経験を積んだから言語のレベルが上がり、言葉を話せるようになった。

 そもそも読めるようになったのも、アルベルトとエレナの言葉を聞いてレベルが上がっていたからだと思う。


 前世は努力とは正反対のような人間だったが、すべての動作が能力に繋がり、わりとなにをしても楽しいのでよかったといえばよかった。

 だがこの能力がどれだけ強力なのか、俺にはまだわからない。ただ、メモリを一つ丸ごと専有していることだけは確かだった。おかげで俺はこれ以上新しいスキルを覚えることができない。


「さて、そろそろ帰んないと母さんたちが心配する―――」


 立ち上がろうとすると服の裾が引っ張られ、帰ろうとするのをあまりにもか弱い力で阻まれた。

 力の主を見ると、今にも泣き出しそうな目で俺を見ていた。


「大丈夫。暗くなったし送るよ」


 再び立ち上がろうとすると、今度は服の裾ではなく腕を掴まれた。


「……どうしても帰んないと………ダメ…?」


 …………。

 おいおい、まだこの体の俺と歳は変わらないくらいだろ……?それはずるいだろ。


 しばらく葛藤するが、埒が明かない。

 多分、俺が今できることは一つしかないのだろう。


「……ウチ来るか?」

「……!うん……!」


 先ほどまで泣き出しそうだったイヅナの表情はぱあっと明るくなり、先ほどまでの行動とは逆に、早く行こうと俺の手を引っ張ってきた。

 あまりにも犬っぽかったからか、見えないはずの耳と尻尾が生え、尻尾を振っているように見えた。


 ―――


「ただいま」

「……………こんばんは」

「おかえり色男」

「……うるせえ」


 扉を開けると、まるですべての事情を知っていると言わんばかりにアルベルトが玄関で立って待っていた。

 いや、おそらく彼は実際にすべて知っているのだろう。昔からこういうところがある。

 イヅナはというと、先ほどの元気はどこへ行ったのか俺の後ろで小さくうずくまっている。


「俺になんかいうことあるんじゃないか?」

「………俺の友達のイヅナっていうんだけど、どうしても離れたくないって言うから」

「言うから?」

「……今晩泊めてあげてもいい?」

「エレナー!今日の夕飯は赤飯に変更しよう!」


 そういうと、アルベルトは家の中だというのに構わず猛ダッシュしてリビングへ走っていった。


「いつもあんな感じなんだ。さ、上がって」

「うん。失礼します……」


 イヅナとリビングに行くと、アルベルトとエレナがすでに座っていた。その対面には、どこから持ってきたのか四つ目の椅子が増えていた。


「さ、二人とも、手洗ってきて。ご飯にしましょ」


 まるでイヅナがいることが当然かと言うように受け入れられている。

 エレナの言う通り、手を洗い、俺たちは食卓につく。


「イヅナちゃん、お口に合うかわからないけど、たくさん作ったから遠慮しないでね」

「……はい」


 イヅナは返事こそしたものの、料理を前にして手が止まったままだ。


「どうしたの?」

「…………」

「嫌いなものでもある?」


 エレナが優しく尋ねる。

 イヅナは小さく首を横に振った。


「……こんなにいっぱい、ご飯食べたことないから」


 その一言で食卓が静まり返る。


「そうか」


 アルベルトはそれ以上何も聞くことはせず、代わりにアルベルトは俺の皿に乗っていた肉を一切れ自分の皿へ移す。


「食わないなら……こういう風に俺が食っちまうぞ?」

「……やる気か?」

「いーや、この前肉やっただろ?これは俺のだぞ?」

「子供の前で食い意地張らない」

「いててててて!わかった!わかったからエレナ!脇腹を引っ張るのはやめてくれ!取れる!マジで取れるから!」


 戦闘態勢になっていたアルベルトはしょんぼりし、さっき取った一切れの肉をさりげなくイヅナの皿へ乗せていた。

 緊張で固まっていたイヅナも、その様子を見てくすっと笑っていた。


 ―――


 最初こそ緊張していたイヅナだったが、一口頬に入れてからは手が止まらず、一口、また一口と。文字通りすべて食べ尽くす勢いで食べていた。

 丘でリュカの実を取られた時から思っていたが、こっちまでお腹が空いてくるほど美味しそうにご飯を食べる子だ。


「すみません。トイレどこにありますか」


 食事をともにして心を打ち解けたのか、自分からエレナに話しかけていた。

 一方アルベルトは「俺じゃないのか」とでも言いたげな表情で頬杖をつきながらエレナをじっと見つめていた。


 少ししてから、案内が終わったのかエレナが戻ってくる。


「レイン、お風呂入れてあるから入ってきてもいいわよ」

「わかった。じゃあ入ろうかな」


 シャワーを切り忘れたのか、浴室からシャワーの音がする。

 服を籠に入れ、バスタオルを頭にのせて浴室の扉を開け、背伸びをしながら浴室に入る。


「――んーーー、ふう」

「んえ!?レイン!?」


 声がして目を開けると、そこにはイヅナの姿があった。

 裸のイヅナにはもこもこの尻尾と長い耳が生えている。まるで狐のようだった。


「エレナ!今だ!」

「任せて!」


 入ったと同時くらいに浴室の扉にはマナの鍵が掛けられ、俺とイヅナは浴室へ閉じ込められた。

 ……やられた。あの二人、なにか企んでる気がしたが最初からこのつもりだったな。

 このマナの鍵は便宜上、鍵と呼んでいるが厳密にはスキルではない。ただマナで強化されているだけだ。

 ……それでも今の俺には突破なんかできないのだが。


「………」

「……えーっと………。背中でも流そうか?」


 俺の言葉に反応し、イヅナは即座に体の泡を落とし、浴槽へ逃げるように潜りこんだ。


「………えっち」


 よほど恥ずかしいようで、イヅナは浴槽から目のみを出し、お湯をぶくぶくさせながらこちらを見ている。

 一方俺はというと、隠すもなにもすでに文字通り全てを見られているため、一周回って恥ずかしくはなかった。

 恥ずかしがるイヅナをよそ目に、自分の髪を洗いながら話を始める。


「その尻尾。どうしたの?」

「……私、こういう種族なの」


 この世界にも獣人がいるのか。

 マナのことにしか興味がなかったので、種族だとか歴史だとかに関しての本は全くと言っていいほど読んでいなかった。そのため獣人が珍しいのか、この世界では迫害を受けているのか、なんてことは俺にはわからなかった。


「その……詳しくないからわかんないんだけど、獣人か……?」

「獣人とは違う。狐族……。多分、もう私しかいない」

「そっかもういな―――」


 それを聞いて思わず息を飲んだ。

 要するに絶滅危惧種的な感じだろうか。今までどうしていたのだろうか。いや、そもそもなぜそんなことに?両親は?

 疑問は山ほど湧いてくるが、今はそんなことをいう場面ではないだろう。

 彼女は俺と変わらないくらいの子供で、きっと不安で仕方ないはずなのだ。


「大丈夫だよ」

「え………?」

「多分両親(あれら)は全部わかってたと思う。俺は知らなかったんだけど。でもその上で知らないふりをしてた……と思う。だからその……」


 くそ。

 女の子の励まし方なんかわからない。

 ただ、ただ大丈夫だと伝えたい。それだけなのに逆に不安がるかとか考えると、蛇足にしかならない言葉ばかりが溢れる。


「多分、イヅナが思っていることにはならないよ」

「………ぐす」


 鼻水を啜る音。

 よほど不安だったのだろうか。


「うあああああああん!」

「ちょ、イヅナさん!?」


 浴槽からいきなり飛び出し、俺に抱き着く。……それも正面から

 もちろんお互い裸で、イヅナさんの控え目な『果実』とそれに付いた小さな突起が俺の胸に当たる。

 今までどれだけ不安だったのだろうか――なんて考えている場合ではない。

 こちらは理性を保つだけで精一杯だ。


 まあ、理性がなくなったところで出すものもこの体ではないのだが。


「どうしたの!?大丈夫?イヅナちゃ……」

「………あ」

「ごゆっくり~」


 開けられた扉はゆっくりと閉められ、心なしか扉の強化もさっきより強力な気がする。


「母さん!誤解だ!開けてくれ今すぐに!開けてくれええええええ!」


 俺の叫びはエレナに届かず、ただ浴室中に響き渡っただけだった。

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