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拝啓、才能の無い俺へ  作者: まおうるう
第一章 リーヴェ村編

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第一話『目覚め』

 ――声が聞こえる。


「―――ガ、ラ……?」

「シャ……ル……!」


 聞きなれない音の羅列が耳に入り込む。

 聞いたことのない単語ばかりで、俺にはさっぱり意味がわからなかった。ロシア語とか、アラビア語とか。そのあたりだろうか。

 言葉の意味はこれっぽっちもわからずとも、二人の男女が言い争っていることだけははっきりと理解できた。


 ――眩しい。

 確かにあの瞬間、俺の視界は真っ白に包まれたがこの眩しさはどこか心地よかった。


「――――――、あ」


 口から漏れ出た言葉とも言えないなにかは、窓から入ってきた僅かなそよ風に儚くも掻き消されていった。

 これは相当な重症なのかもしれない。

 当然だ。電車に真正面から轢かれたのだ。生きているだけ不幸中の幸いか……。いや、いっそのこと死んでしまったほうがずっと楽だったのかもしれない。

 脳に障害とか残ってしまうのだろうか。

 これからの人生のことを考えると、血の気が引いていくのが感じ取れた。


 ベッドから起き上がろうとするが、様子がおかしい。どうも身体がいうことを聞かないのだ。

 それに俺の身長は182cmもあった。自分でいうのはなんだが、高身長とは言えベッドがやけに狭く感じる。

 眩しさに耐えながら目を開けると、そこには巨人の世界が広がっていた。


 いや、周りが大きいというより正確には俺が小さいのだろう。証拠に、自分の手を見ると見慣れない赤ん坊の小さな手になっていた。


 ……多分、これはあれだろう。おそらく、異世界転生ってやつだ、多分。いやそうだ。きっとそうに違いない。

 目の前の現実を受け入れられず、俺はそっと目を瞑った。


 ――――


 目が覚め、大体一週間の月日が流れた。


 一週間もすればこの目の前の現実を受け入れられるものだ。

 どうやら俺は異世界に転生したらしい。

 海外なら、まあそれはそれでいいのだが、村とはいえ今の時代に剣を振っているのはありえないだろう。

 電気もなければ車もない。

 貧困というわけではない。むしろ、裕福なくらいだと思う。

 状況から、異世界転生。というやつなのだろう。というか、そうであってほしい。


 現状を整理しよう。

 父の名前はアルベルト、母はエレナ。俺の名前はレインというらしい。姓はアークライト。かっこよくて俺は気に入っている。

 名家のような姓と名前を持っているが、実際のところは辺境の村に住むただの村人だ。


 両親曰く、俺は一歳半の赤子らしい。

 何故わかるかというと、最初は言葉なんか何を言っているのかこれっぽっちも理解できなかった。のだが、一日もしないうちに言葉は理解できるようになり、少し喋れるようにもなった。


 俺は書斎で倒れていたところを発見されたらしい。それが原因で目覚めた当時、俺を見ていなかったアルベルトはエレナに散々言われていたらしい。

 我が父は尻に敷かれるタイプのようだ。


 意識は取り戻したが、倒れていたので何かしら問題があるのかもしれないと、エレナは心配そうにあたふたしていた。

 一方アルベルトはきっと大丈夫だと楽観的に受け止めていた。


 なぜこんな中途半端な時期に、俺という自我が目覚めたのか不明だったのだが、元の俺。つまりはレインが頭をぶつけ、その時に本当のレインは死んでしまい、なにかしらの拍子で俺がレインになった的な。

 そう考えるのが一番楽で自然なのだろう。


 俺が二人の本当の息子ではないこと、少しばかり心苦しいがそんなことは考えないことにした。

 そして一歳半という中途半端な時期に転生したせいで、黒髪美女の母エレナの母乳を吸えないことだけが心残りである。


 はあ。


 ―――


 この体に転生し、一ヶ月の月日が経過した。


 俺は誰の支えもなく、一人で歩行することに成功した。

 これはFPSで最高ランクに到達した時以上の喜びと達成感がある。実に清々しい気分だ。


 実をいうと、元々レインは歩行ができたらしい。だが俺に代わってからは、情けないことに立つことすらままならなくなってしまった。

 一人で立てるようになるまで一ヶ月も時間を費やしてしまったが、これで気になっていた書斎へ難なく移動することができる。


 計画の目途は立っている。

 昼の時間。両親は俺を寝かせた後、二人で外の庭で食事を摂っている。

 つまり寝たふりをしてベッドから脱出し、書斎へ向かえば邪魔されることなくこの世界のことを早くに知ることができる。


「アル、レインはもう寝た?」

「ああ、もう寝たよ。見てみろ。エレナに似てかわいい寝顔で寝てるよ」

「もうアルったら。お昼の準備ができたからお外で食べましょ?」

「ほんとか?すぐ食おう。もう腹が減って仕方なかったんだ」


 そんな会話をしてイチャつきながら二人は部屋から出ていった。

 ……作戦決行だ。


 書斎の本棚にはかなりの本が並べられており、その中にはきっとこの世界の魔法的なものが記されている本もあるはずだ。

 そんな妄想を浮かべると、階段を駆け上る足が軽くなった。


 扉のドアノブを背伸びしながら掴み、扉を開けて書斎への侵入に成功する。

 まずはこの世界の言語の読み書きから――と思っていたのだが、不思議なことに見た事もない文字にも関わらず俺には解読することができた。


 ご都合主義と言うやつなのか、それとも噂に聞く異世界転生特典のチート能力なのか。そんな妄想を膨らませながら、本棚の下段に置かれていた一冊の分厚い本を取り出す。


 しばらく使っていないからか、部屋は埃っぽく、本もほとんどが埃をかぶっていた。

 だがその中でもこの本は埃を被っておらず、最近誰かが取り出して読んだような痕跡が残っていた。


 本の表紙には【現代マナ基礎理論】と大きく書いてある。

 マナ。恐らく魔法のある世界なのだろう。少なくとも現代ならファンタジーに分類されるなにかがあるのだと。そう確信するには十分すぎるものだった。


 ―――


「―――……イン!………レイン!……いた……!」


 書斎の扉が開かれ、エレナの声がしたと思えば背後からまるで存在を確認するかのように抱き締められた。

 一時間くらい経っていただろうか。分厚い本なのにページをめくる手が止まらず、かなり読み進めてしまっていた。

 ……心配させてしまったか。当然だ。まだ一歳半の赤子なのだから。


 そのまま抱き抱えられ、ベッドのある部屋へ連行される。

 どさくさに紛れ、本も一緒に持ち出すことに成功した。


「もう、心配したんだからね。よかった……」

「……ごめんなさい」


 咄嗟に出た言葉だった。

 つい一瞬前までは「あー」など、一つの言葉以外の発声が難しかったのだが、まるで喉のつっかえが取れたように自然に言葉が出た。

 その様子に、先程まで心配していたエレナの様子が取って代わり、きょとんとしている。理解を置き去りにしたかのような表情。


「喋ったああああああああ!?」


 エレナが叫び、アルベルトが全速力で駆け寄ってきた。


「どうした!?レインになにかあったか!?」


 当然の反応だろう。

 妻が息子を抱き抱え、家中に響くほどの声で叫ぶのだから。


「レインが!レインが喋ったのよ!」

「レインが喋った!?レイン、なにか喋ってみてくれ!俺……パパにも聞かせてくれ!」


 ……アルベルトの視線が痛い。

 コイツは一歳半の子供に何を期待しているのだろうか。

 子供のように目を輝かせているアルベルトから目を逸らし、助けを乞うようにエレナを見つめる。が、無駄だったようだ。

 エレナは満面の笑みで、俺が助けを求めているのにも気づいていない。


「……赤ちゃんだからわからない」


 ……期待の眼差しに耐えられず、つい喋ってしまった。

 ここで普通に喋れること、言葉を理解していることに気づかれれば後々面倒なことになるかもしれない。どうしたものか。


「赤ちゃんだからわからないだってよ!おい聞いたかエレナ!喋ったぞ!一歳半で!こんな軽いジョークまで言えるなんて天才だ!」


「――ふう」


 考えすぎだったようだ。


 ―――


 ベッドに戻ってきた。もちろん本も一緒だ。

 本を読みたくて書斎に入った旨のことを話すと、妙に納得した様子で、ベッドへ持ち込ませてくれた。

 さて、もうほとんど本は読み終わってしまったので、この本の内容を要約する。



 この世界には空気中に『マナ』が漂っており、人間はこのマナを無意識下で取り込み、体内に保存する。

 だが、これも無限に取り込めるわけではなく、マナの最大容量には個人差が大きく存在する。


 そして、そのマナに深く結び付けられているのがスキルとメモリの存在。


『スキル』は『メモリ』に記憶されたものを呼び出すもの。

 マナを消費するだけでは再現し得ない技術を、『メモリ』に記憶させることで寸分違わず再現することができるものらしい。


 そして、誰しも同じスキルを同じ最大値で扱えるわけではない。

 それはマナ操作の得意、不得意に依存し、マナ操作には五つの系統が存在する。


『制御』『変質』『創造』『物体付与』『生体付与』


 この五つだ。

 そして、スキルを覚える量にも限界はあり、それが『メモリ』である。さっき言ったスキル発動のための複雑なマナ操作をオートで行ってくれるもの。

 容量に個人差は少なく、あっても誤差程度らしい。



「レインー、夜ご飯の時間よー」


 部屋の扉が開き、スプーンと離乳食のようなものを皿にのせ、エレナが入ってくる。


「はいレイン。あーん」

「あーん」

「あら上手ね〜偉いわ〜」


 これが生きているだけで褒められる。という事なのだろうか。

 実際にされると少し気恥しいが、うむ。悪くない。それにしても


「はい、あーん」

「あーん」


 いや、こんな美女にあーんされるのは非常に喜ばしいことだ。本当に。心からそう思っている。

 エレナの胸にはたわわな果実が宿っており、推定サイズはメロン。いや、それ以上かもしれない。だが同時に『ソレ』を見る度に思う。ああ、何度でも思うとも。


 レインの奴、なんでもう離乳食なんか食べてるんだよ。くそ。

 俺は生涯母乳一筋でもよかったのに。

 だがまあ、この世界の魔法的なものは知れた。これはいい収穫だ。……いや、やっぱり母乳の方が惜しいかもしれない。過去に戻れたりしないだろうか。

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