表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拝啓、才能の無い俺へ  作者: まおうるう
第一章 リーヴェ村編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/12

プロローグ

 どこで、俺は道を間違えたのだろうか。


 高校を卒業するまでは、普通だった。

 ただ、授業を受けて。

 友達と話して。

 家に帰って。

 ゲームをして。


 そんな、どこにでもいるような生活を送っていた。

 それなのに。

 気づけば俺は二十一歳。


 二十歳になる前に辞めたはずの仕事・

 そこから先の時間だけが、妙に早かった気がする。


 一年。

 もうすぐ二年が経とうとしてる。

 気づけば、何も変わらないまま歳だけを重ねていた。


 そして今日。

 俺は仕事の面接を受けてきた。

 結果は……まあ、言うまでもない。


 ビルを出た瞬間、冬の冷たい風が頬を叩いた。


「……寒」


 首元のネクタイがやけに苦しい。

 普段なら気にもしない締め付けが、今日は妙に鬱陶しく感じた。


 人目なんてきにする余裕もなく、指を指しこんでネクタイを緩める。


 夕方の駅前は人で溢れている。


 スーツ姿の会社員。

 制服の学生。

 買い物袋を提げた主婦。

 誰もが当たり前のように、自分の帰る場所へ向かっている。

 その流れに俺も混ざる。


 けれど。

 俺には帰る場所はあっても、帰りたい場所はどこにもなかった。


 実家。

 自分の部屋。

 散らかった机。

 置きっぱなしのゲーム機。

 昼に食べたカップ麺の容器。


 そして。

 何も言わずとも伝わってくる、母親のため息。


「……はあ」


 自分でも気づかないうちに、ため息が漏れていた。

 いや。

 ため息をつきたいのは、きっと俺じゃないのだろう。こんな息子を持ってしまった親の方だ。

 期待なんて最初からされなければよかったのに。そしたら、どれだけ楽だったのだろう。


 面接官は最後まで笑顔だった。きっと、優しい人だったと思う。

 だから、嫌いだった。

 矛盾するようだが、ああいう何も期待していないんだろうなという、薄くて、ぬるくて、何の感情もない笑顔。


「結果は後日連絡します」


 丁寧な言葉だった。

 でも、その奥にはなにも感じなかった。


 俺も同じだ。

 愛想笑いをして、頭を下げ、「ありがとうございました」と言って。それで終わり。

 どうせ落ちる。


 そう思っているのに、不思議と少しだけ安心していた。

 これでしばらくは面接に行かなくて済む。

 そんなことを考えてしまっている自分がいた。


 改札を通る。

 ホームへ降りる階段は、帰宅途中の人間で詰まっていた。


 革靴の音。

 誰かの話し声。

 遠くで鳴る発車メロディー。


 全部が、妙に遠かった。


 ホームに出る。

 冷たい空気が、さらに身体へまとわりついた。

 白い息が消えていく。

 黄色い線の内側に立ち、電光掲示板を見上げる。

 電車が来るまで、あと数分。


 たった数分、それだけの時間なのに。

 今の俺にはやけに長かった。


 スマホを取り出すと、画面には通知がいくつか溜まっていた。


 ゲームのログイン通知。

 動画サイトのおすすめ。

 そして。


 ……母親からのメッセージ。


『面接どうだった?』


 指が止まる。

 見なかったことにした。

 どうだった、なんて。答えなんて決まっている。

 ダメだった。きっとダメ。いつものように。母は俺なんかになにを期待しているのだろうか。


「……」


 何故か涙が出た。

 自分でも何故かわからなかった。


 悔しいのか。

 情けないのか。

 申し訳ないのか。

 それとも、全部なのか。


 ただ。

 こんな自分をまだ気にかけてくれる人間がいることが。どうしようもなく、俺には苦しかったのだと思う。


 高校を卒業して就職した会社は、一年も経たずに辞めた。

 理由なんて大したものじゃない。


 朝起きるのが面倒だった。

 上司の顔色を見るのが面倒だった。

 意味のない作業を繰り返すのが面倒だった。


 怒られて。

 謝って。

 また同じような一日を過ごすことが、どうしようもなく嫌だった。


 だから辞めたのだ。

 辞めた時、俺は少しだけ周囲に勝った気になっていた。


 こんな場所で時間を浪費する必要はない。

 俺にはもっと向いている場所がある。

 その気になれば、俺は何だってできる。

 本気を出せば、いつでも取り返せる。


 ……そう思っていた。

 いや。

 今でも、こんな状況なのにどこかでそう思っている自分がいた。


 思えば勉強だって、ロクに授業を受けずとも平均くらいは取れた。

 ゲームだって、始めればすぐ人より上手くなった。

 理解は早い方だった。

 要領も悪くない。


 だから。

 努力なんて、必要になってからすればいいと思っていた。

 まだ本気を出していないだけ。

 今はやる気が出ないだけ。

 俺が本気になれば、きっと――。

 そこまで考えて、自分で少し笑ってしまった。


 何が、きっと、だ。


 一日中ゲームをして。

 飯を作ってもらって。

 風呂に入って。

 それで寝る。

 そんあ生活を二年近くも、現在進行形で続けている人間が。何を偉そうに言っているんだ。


 けれど、笑ったところで何かが変わるわけでもない。

 結局俺は、今日も面接に行き、落ちた気になって、帰るだけだった。


 ホームに風が吹いた。


 隣に立っていたサラリーマンが腕時計を見る。

 少し離れた場所では、制服の高校生たちが楽しそうに談笑していた。


 その笑い声が。

 妙に遠く、頭の奥に残って聞こえた。


 スマホの画面へ視線を落とす。

 指がゲームのアイコンへ伸びる。その時だった。

 視界の端を、小さな影が横切った。


 五歳くらいの男の子。

 冬の寒さなんて知らないみたいに、元気にホームの上を走り回っている。


 母親らしき女性は少し離れた場所で電話をしていた。片手で荷物を抱え、もう片方の手でスマホを耳に当てている。

 それだけだった。

 ただ、それだけのはずなのに。なぜか走り回る子供から目が離せなかった。


 胸の奥が、ざわついた。

 何かが起こる。

 根拠なんてないが、ただ、そう自分の勘が言っていた。


 そして。

 その予感は当たった。


 子供が振り返る。

 母親の方を見るためだったのかもしれない。

 ―――その瞬間、小さな足が、黄色い点字ブロックに引っかかった。


 小さな身体が線路の方向へ傾く。

 手が空を掴み、子供の表情が、笑顔から驚きへと変わっていく。

 そして。

 

 落ちた。


 一瞬音が消えた。

 いや、消えたように感じただけかもしれない。


「――まもなく三番線に、列車が通ります。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください」


 アナウンスが流れた。

 最悪のタイミングで、最悪のアナウンスだった。

 遠くにライトが見え、電車はもう来ていた。


 最初は小さな点だった光が、ゆっくりと、しかし確実に大きくなっていく。

 レールの奥から、低く唸るような音が伝わってくる。

 ゴォ……という重たい振動が、足元のコンクリートを通してじわじわと上がってくる。


 空気が震える。


 ホームの端に立つ人々のコートの裾が、わずかに揺れた。

 誰かが息を呑む音がした。

 時間が、妙に引き延ばされたように感じる。一秒が、やけに長い。


 ライトがさらに近づく。

 白い光が線路を照らし、レールが鈍く光り、その光が子供の小さな身体を浮かび上がらせる。


 子供は線路の上で何が起きているのかわかっていないのか、ただ立ち尽くしていた。


 どうしていいか分からないまま。

 電車の音が、急激に大きくなる。


 ゴォォォォォ――という轟音が、耳を圧迫する。


 風が巻き起こる。

 前から押し寄せるような圧力。冷たい空気が一気に流れ込み、呼吸が浅くなる。


 ライトが眩しい。


 目を細めても、白い光が視界を焼く。

 距離が、もうほとんどない。


 あと数秒。


 いや、数秒もないかもしれない。

 ホームの人間たちがざわめく。誰かが叫ぶ。誰かが駅員を呼ぶ。


 でも、誰も動かない。


 当然だ。

 俺だって分かっていた。


 今から飛び降りても、間に合う保証なんてない。

 手を伸ばしても、子供を引き上げられる保証なんてない。

 そう思った。思ったはずなのに。


 身体が動いた。

 正義感なんてなかった。子供が好きなわけでもない。

 誰かを助けたいと思えるほど、立派な人間でもなかった。


 惰性でただ生きているだけの俺には、ただ生きることすら辞めるための言い訳が欲しかったのかもしれない。


 気付けば、俺は走っていた。

 黄色い線を越える。


 誰かが何かを叫ぶが、俺の耳には聞こえない。

 線路へ飛び降り、足に衝撃が走る。

 子供は不気味にも表情を変えず、俺よりも冷静なように思えた。


 俺は子供を抱えた。

 軽かった。本当に、驚くほど軽かった。


 死ぬのがこんなにも楽だったのか。

 ふと、そんなことを考えてしまい。口元が緩んでしまった。


 ホームの縁へ子供を押し上げる。

 誰かの手が伸びる。子供の腕を掴み、引き上げられる。

 それと同時に、俺の腕も引き上げる手もあったが、俺はそれを振り払い、線路の真ん中に立っていた。


 背後から迫る轟音が一気に膨れ上がった。

 空気が裂けるような音。ブレーキの悲鳴がさらに鋭くなる。


 ライトが、すぐそこまで来ている。


 白い光が、影を消し飛ばし、時間が、またしても引き延ばされる。

 永遠のように感じる一瞬。


 振り返る余裕などない。

 ただ、光と音と風が、すべてを飲み込もうとしているのが分かる。


 ――ああ。これで、もう面接に行かなくていい。


 人生最後の感情がそれだったことに、少しだけ笑いそうになってしまった。

 俺は最後まで、どうしようもない人間だった。


 白が、ゆっくりと広がってくる。

 視界の端から、じわじわと侵食するように。


 ――音が遠のく。


 さっきまで耳を刺していたブレーキ音も、誰かの悲鳴も、水の中に沈んだみたいにぼやけていく。


 身体の感覚が、薄れていく。

 足がどこにあるのか分からない。


 さきほどまで手に残っていたはずの子供の重さも、もう思い出せない。

 代わりに、妙にどうでもいいことが浮かんだ。


 部屋の天井のシミ。

 ゲームのセーブデータ。

 母親のため息の音。

 家にいる犬の鳴き声。もっと遊んでやればよかったな。

 そんなことを考えている自分に、少しだけ呆れる。


 もっとこう、何かあるだろう。後悔とか、恐怖とか。

 でも、どれもはっきりせず、ただぼんやりとした感覚だけが残る。


 寒いのか、熱いのか、痛いのか、なにも感じないのか。それすらも曖昧で。

 白が、さらに濃くなる。輪郭が消えていく。世界が、平らになっていく。

 その中で、最後に浮かんだのは――


 ――もし、もしも、もう一度やり直せるのなら


 そんな、今さらどうしようもない願いだった。

 言葉にする前に、そのくだらないもう妄想も溶けていくような気がした。


 ――思考が、途切れる。

 何かを掴もうとして、指の間から零れ落ちるみたいに。


 そして、世界が真っ白に塗り潰された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ