第九十六話 Frühlingserwachen うにうに③
お産婆さんは、大きくうなずいた。
「よし」
「ここからは女衆に任せな」
リサママも笑ってうなずく。
「ユウトくん、お父さん」
「ここからは私たちが頑張るからね」
そう言って。
そっと襖を閉めた。
すぅ……。
部屋の中は見えなくなった。
◇
ユウトとお父さんは。
軒先へ並んで座った。
わんわんも。
ぺたん。
二人の横に座る。
部屋の向こうから。
「ゆっくりじゃ」
「その調子じゃ、はい力んでー」
「大丈夫よ。ひぃひぃふぅ、ひぃひぃふぅ」
お産婆さんたちの落ち着いた声。
「ほら、がんばって。もう少しよー」
リサママの優しい声も聞こえる。
そして。
時々聞こえる。
お母さんの苦しそうな息。
ユウトはぎゅっと手を握った。
「おかあさん……」
◇
「心配か?」
お父さんが静かに聞く。
「……うん。」
ユウトは小さくうなずいた。
「おかあさん、たいへんそう……」
お父さんは優しく笑う。
「そうだな」
「でもな」
「お母さんはとっても強いんだぞ」
「ユウトの時も、とっても頑張ったんだ」
「そうなの?」
「あぁ、そうだ」
お父さんは懐かしそうに笑う。
「ユウトはな」
「予定よりずっと早く会いたかったみたいで」
「夜中に急に生まれたくなった」
「あはは」
ユウトは少しだけ笑った。
「その時も」
「お母さんはずっと頑張ってくれた」
「いっぱい痛かったはずなのに」
「ユウトへ会いたい一心で」
「最後まで笑ってたんだぞ」
「……おかあさん」
「だから大丈夫」
「今回もきっと頑張ってくれる」
ユウトは。
こくん。
大きくうなずいた。
◇
静かな時間が流れる。
風が窓を揺らす。
庭では。
雪が少しずつ溶けていた。
ぽたり。
ぽたり。
春が。
すぐそこまで来ている。
「わふ」
わんわんが。
ユウトの膝へ頭を乗せた。
「わんわんも心配?」
「わふぅ」
優しく撫でる。
少しだけ。
心が落ち着いた。
◇
その時。
「もう少し!」
リサママの声が聞こえた。
「頭が見えてきたよ!」
ユウトは立ち上がる。
「ほんと!?」
思わず襖へ近づく。
でも。
お父さんがそっと肩を抱いた。
「まだだ」
「ここでしっかり待つのも仕事だ」
「うん……」
また座る。
ぎゅっと。
わんわんを抱きしめた。
◇
「そうじゃ」
「その調子よ」
「あと少しじゃ」
お産婆さんの声。
「がんばって!」
リサママ。
「はぁ……っ」
お母さん。
ユウトは。
心の中で。
(がんばって。)
(おかあさん。)
(がんばって。)
何度も願った。
◇
そして。
一瞬。
家中が静かになった。
次の瞬間。
「おぎゃあ」
小さな泣き声。
ユウトは目をまん丸にした。
「うまれた!」
思わずお父さんを見る。
お父さんも笑っている。
でも。
まだ終わらない。
「もう一人!」
お産婆さんの声。
「えっ?」
ユウトはきょとん。
「もう一人?」
その数瞬後。
「おぎゃあ。おぎゃあ」
もう一つ。
元気な泣き声が響いた。
家中へ。
小さな命の声が広がる。
◇
しばらくして。
襖が開いた。
お産婆さんが出てきた。
汗をぬぐいながら。
にっこり笑っている。
「おめでとう。」
「元気な女の子じゃ。」
「しかも双子だよ。」
「ふたご?」
ユウトはびっくり。
「二人も?」
「そう」
「かわいい女の子が二人じゃ」
お父さんも。
目に涙を浮かべながら。
「本当に……ありがとうございました」
深く頭を下げる。
◇
お産婆さんは。
今度はユウトを見る。
「それから」
「ユウト君」
「お前さんのおふとん」
「あれは見事じゃった」
「え?」
「あのおふとんのおかげで」
「お母さんも無事じゃったし。赤ちゃんたちも安心して産まれたんじゃ」
「わしも長いことお産婆しとるが、あんな優しい魔法は初めて見たぞ」
ユウトは照れくさそうに笑う。
「えへへ、よかった」
「おかあさんは?」
「今はよう寝とるぞ」
お産婆さんは。
ゆっくり大きくうなずいた。
「今はゆっくり寝かせてやるんじゃ」
「うん、わかった」
そしてお産婆しんはユウトの頭を撫でながら
「うむ、それにしても最高のおふとんじゃったぞ」
ユウトはとても誇らしかった。
◇
しばらくして。
「さあ、会っておいで。」
ユウトは。
ゆっくり部屋へ入った。
そこには。
疲れているはずなのに。
幸せそうに笑うお母さん。
「ユウト」
「おにいちゃんになったね」
「うん!」
お母さんの隣。
真っ白なおふとんの上で。
二人の赤ちゃんが。
すやすや眠っていた。
「ちいさい……」
「かわいい……」
ユウトは。
そっと。
指を伸ばす。
小さな手が。
きゅっと。
その指を握った。
「わぁ、」
思わず笑顔になる。
◇
「おとうさん、おなまえは?」
お父さんは。
お母さんと顔を見合わせた。
二人とも。
とても優しい笑顔だった。
「実はな、ずっと前から」
「お母さんと相談して決めていたんだ」
ユウトは。
わくわくしながら待つ。
「この子がお姉ちゃん」
お父さんは。
一人目を優しく抱き上げる。
おかあさんに似た優しい栗毛。
「マイカ」
「そして」
もう一人を見つめる。
「この子が妹」
おとうさんに似た情熱的な金髪。
「アイナ」
「マイカとアイナ。ボクのいもうと?」
お父さんはこくんとうなずく。
ユウトは。
何度も。
二人の名前を優しく呼んだ。
「よろしくね。」
「ボクがおにいちゃんだよ。」
すると。
二人は眠ったまま。
小さく笑ったような気がした。
お父さんが笑う。
お母さんも笑う。
みんな笑う。
窓の外では。
溶け始めた雪の向こうに。
暖かな春の光が差し込んでいた。
◇
「マイカ」
「アイナ」
「いっぱいあそぼうね」
「ボクがおにいちゃんだから」
二人はお母さんに抱かれながら眠ったまま。
でも小さく笑ったような気がした。
こうして。
小さな村に。
また新しい命が。
新しい家族の笑顔が増えた。
今日も世界は。
おふとんで、うにうにするだけで。
とても平和だった。
おしまい。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
皆様のおかげで執筆できました。ありがとうございます。
ユウトたちの冒険はここで終わりますが、この後エンドロールとして閑話を4話で完結します。
もう少しだけお楽しみ下さいね。




