第九十四話 Frühlingserwachen うにうに①
窓から差し込む光。
いつもより。
少し優しく。
暖かかい。
「んーっ」
ユウトは大きく背伸びをする。
ふと外を見る。
「……あれ?」
昨日まで真っ白だったお庭。
ところどころ。
その雪が、少しだけ小さく感じた。
「おかあさーん!」
ぱたぱた。
廊下を走る。
「ゆきがへってるー!」
「そうなの?ユウト、よく気づいたねー」
えらい、えらい。と言いながら。
お母さんはゆっくりユウトの隣に。
そして一緒に。
ぼーっと。
外を眺めた。
「ふふふっ、春が近づいてきたのかもね」
お母さんは、とても大きくなったお腹を優しくなでながら。
優しくほほえみながら言った。
嬉しそうだ。
春が近づくのが嬉しいのかな?
ボクも嬉しくなった。
◇
ごはんを食べ終わり、お昼寝しようと思ったら。
「わふっ!」
わんわんが鳴いている。
遊びたくて、待ちきれないみたいだ。
「あははっ、わんわん。あそびにいくよ」
ユウトは外へ出る。
「おかあさん、わんわんとさんぽにいってくるねー」
「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」
お母さんは優しく手を振りながら。
見送ってくれた。
外は冷たい空気。
でも、お日さまはほんわか暖かい。
どこか優しく。
足取りも軽くなる。
歩くたび。
しゃりっ。
しゃりっ。
と音がする。
ユウトはまた雪を踏んでみる。
少しだけ沈む。
少し溶けている。
「わふ?」
わんわんも前足でちょん。
ぷにっ。
不思議そうに首をかしげた。
◇
広場には。
「ユウトー!」
リサが元気よく手を振った。
「見て見て!」
大きな雪だるま。
少し鼻が落ちかけている。
帽子もちょっとだけ傾いていた。
鼻をぐっと差し直し。
帽子もきれいにしてあげる。
「これから溶けて小さくなるのかな?」
リサも少しだけ寂しそうに言った。
「そうなの?」
「うん、暖かくなると雪だるまさんは、小さくなるのよ」
「ゆきだるまさん、きのうまでげんきだったのにね」
二人で雪だるまを見上げた。
リサはこくんと頷き。
「そうね、でも!」
リサはユウトを見て。
にこっと笑う。
「次は春が来るってことでしょ。また来年も一緒に作ろうね」
「うん、そうだね。またつくろうね」
ユウトもにっこり笑顔で返事した。
二人は顔を見合せながら
「そうだ、また作ろう!」
と言い合った。
雪だるまも。
なんだか嬉しそうに笑っているようだった。
◇
小川へ行く。
「わぁ!」
水が流れていた。
さらさら。
と、小さな音を立てて流れている。
「ユウト、見てみて。」
リサは、ゆっくり。
滑らないように。
小川に近づく。
「きゃっ、冷たーい」
リサは楽しそう。
ユウトにこっちこっちと。
手招きする。
ユウトもゆっくり行って。
手を入れる。
「わっ、ほんとだ。つめたーい」
ユウトはしゃがみ込む。
リサと顔を見合せて。
互いに笑う。
さらさらと。
流れる水はとても冷たい。
「わふっ!」
わんわんもやってきて。
くんくん匂う。
興味津々。
そして。
前足を入れる。
ぴちゃ。
「わふぅ!?」
冷たかった。
ぶるぶるっ。
リサとまた笑った。
◇
帰り道。
道ばたに小さな緑。
「あっ、リサ。みてみて」
「わっ、ほんと!」
小さな芽が。
ぽこっと。
雪の間から顔を出している。
「もうすぐ春なんだね」
リサは髪を抑えながら優しく笑う。
風が吹く。
雪が少しだけ舞う。
でも。
その冷たい風は、なんだか。
暖かく感じた。
◇
「ただいまー」
お家に帰る。
お母さんは縁側で座っていた。
「おかえり」
ユウトは隣へ座る。
ぽかぽか。
お日さまが暖かい。
「きょうはね」
雪が溶けてたこと。
雪だるまのこと。
小川のこと。
春の芽のこと。
一生懸命話した。
お母さんは優しくうんうんと何度も頷いた。
「そう、春が来てるのね」
優しく笑う。
「あっ」
ユウトは思い出した。
ゆきりんが。
「たいせつな人を守ってくれるよ」
そう言って渡してくれたお守り。
ポケットを探る。
「あった!」
ポケットから小さなお守りを取り出す。
「これ!」
小さな雪の結晶。
透明なお守り。
「このおまもり、ゆきりんにもらったの!」
「たいせつなひとをまもってくれるんだって!」
「おかあさんがとってもだいすきだから、おかあさんにもっててほしくて」
お母さんは目を丸くした。
涙目になっている。
「そんな大切なもの。私がもらっていいの?」
「うん、おかあさんにもっててほしい」
お母さんはそっと受け取る。
光を受けて。
そのお守りは小さく輝いた。
「ありがとう、ユウト」
涙をぬぐいながら。
お母さんは胸の前で大切そうに包み込んだ。
そしてユウトも抱き寄せる。
「赤ちゃんも喜んでるわ」
「ほんと?」
「うん」
その時。
ぽこん。
「わっ!」
お母さんのお腹が動いた。
「うごいた!」
ユウトはびっくり。
「元気いっぱいね」
お母さんが笑う。
ユウトも笑う。
「おかあさん」
「なぁに?」
「もうすぐあえる?」
お腹の赤ちゃん。
「そうね。もうすぐ会えるよ」
お母さんは優しく微笑んだ。
「きっと、赤ちゃんも早くみんなに会いたいんでしょうね」
ユウトはお母さんのお腹へ。
そっと手を置く。
「まってるからねー」
小さく話しかけた。
ぽこん。
また返事が返ってきた。
ボクはとっても嬉しくなった。
◇
ご飯を食べて。
ゆっくりしてたら。
「……うっ」
台所の方から小さな声が聞こえた。
ユウトは、ふと気になって。
「おかあさん?」
近づくと。
お母さんが床に踞っている。
いつもの様子声じゃない。
少し苦しそうだった。
慌てて近づく。
「おかあさん、だいじょうぶ?」
お母さんは額に大粒の汗を滲ませて。
優しくほほえみみながら手を握ってくれた。
「うん、大丈夫よ。お父さんを呼んでもらえる?」
「うん、わかった」
ぱたぱた。
ユウトは急いで部屋を出る。
「おとーさーん」
お母さんは、お腹に手を添えている。
庭にいたお父さんが優しく声をかける。
「ん?ユウトどうした?」
「おかあさんが」
なんて言ったらいいのか分からなかったけど。
お父さんはすぐ気づいて。
台所に向かう。
お父さんは振り向いて。
安心させるように笑った。
「ありがとう、ユウト。後は任せておけ」
お父さんは、そういうと。
机からお札を取って。
お札に向かって、しゃべり出した。
「…あぁ、それじゃ頼むぞ」
お父さんはユウトを見る。
そして。
ユウトに優しくお父さんは言う。
「ユウト、赤ちゃんが生まれようとしてるんだ」
「ほんと?」
ユウトの目が大きくなる。
お母さんは少し苦しそうだったけれど。
それでも隣で優しく笑った。
「うん。そうよ」
「もうすぐ会えるからね」
そう言って。
またほほえんだ。
◇
それから家の中は少しだけ慌ただしくなった。
お父さんは。
出発の準備をしてる。
お母さんは。
横になって。
お腹を優しくさすりながら。
深く息を吸って、ゆっくり吐く。
ユウトは。
何か手伝いたいけど。
何もできない。
おろおろする。
「ボクも!」
「ボクもおてつだいする!」
お父さんはしゃがみ込んで笑った。
「じゃあ一つだけお願いがある。」
「お母さんの手を握ってあげて。」
「うん!」
ユウトは両手で、お母さんの手をぎゅっと握った。
「だいじょうぶ。」
「ボクがついてるからね。」
お母さんの目に、少しだけ涙が浮かぶ。
「ありがとう、ユウト。」




