第九十三話 ゆきりんの旅立ち
朝。
空はきれいな青空。
昨日まで降っていた雪も、今日は少しだけやさしい光に照らされていた。
「わんわん、いこう!」
「わふっ!」
ユウトは、小さなかごを大事そうに抱えて歩いていた。
中には昨日みんなで収穫した、ゆきいちご。
いちばん形のきれいな一粒を選んできた。
「ゆきりん、よろこんでくれるかなぁ」
わくわくしながら歩いていく。
◇
大きな木。
あの日、足あとが消えた場所。
「ゆきりーん!」
ユウトが大きな声で呼ぶ。
すると。
ふわっ。
雪が風に舞う。
「はーい」
白い髪の女の子が、木の向こうから現れた。
「ユウト」
「わふぅ!」
わんわんは嬉しそうに駆け寄る。
「また来てくれたんだね」
「うん!」
ユウトはかごを差し出した。
「これ!」
「ゆきりんにプレゼント!」
◇
ゆきりんは、かごをのぞき込む。
「わぁ……」
赤くて丸いゆきいちご。
雪の中で宝石みたいに輝いていた。
「これ……」
「くれるの?」
「うん!」
「きのうね、みんなでとったの!」
「おいしかったから!」
「ゆきりんにもたべてほしくて!」
ゆきりんは少しだけ目を丸くして、それから、とても優しく笑った。
「ありがとう」
小さくつぶやく。
「とっても嬉しい」
◇
ゆきりんは、ゆきいちごを一粒手に取った。
ぱくっ。
しゃくっ。
甘い香りがふわっと広がる。
「おいしい……」
「すっごく、おいしい」
思わず目を閉じる。
「春が近づく味がする」
「はるのあじ?」
ユウトは首をかしげた。
「うん」
「冬がおしまいになる前だけ食べられる特別な果物。」
「だからね。」
「この味、大好き」
◇
しばらく三人で笑いながら話した。
でも。
風が少しだけ変わった。
あたたかい風。
ゆきりんは空を見上げる。
「……もう時間みたい」
「じかん?」
「うん」
「雪の精霊はね。」
「春になる前に、お空へ帰るの」
ユウトは目をぱちぱちさせた。
「かえっちゃうの?」
「うん」
ゆきりんは寂しそうに笑った。
「また冬になったら来られるけど……」
「しばらく、お別れ」
◇
「……そっか」
ユウトは少しだけ下を向いた。
せっかく仲良くなったのに。
もう遊べない。
「わふぅ……」
わんわんもしっぽが少しだけ下がった。
ゆきりんは、二人の前へしゃがみ込む。
「そんな顔しないで」
「冬は毎年来るから」
「また会えるよ」
「ほんと?」
「うん」
にっこり笑う。
◇
「だからね」
ゆきりんは胸の前で両手を合わせた。
すると。
きらり。
小さな雪の結晶が現れる。
光を閉じ込めたような。
透明なお守り。
「これ」
そっとユウトの手へ乗せた。
「精霊の加護。」
「大切な人を守ってくれる、お守りだよ」
「おまもり?」
「うん」
「きっと役に立つ日が来るから」
「大事にしてね」
ユウトは両手で包み込む。
「うん!」
「たいせつにする!」
◇
風が吹く。
さらさら。
雪が舞う。
ゆきりんの体が少しずつ光り始めた。
「あっ……」
「もう行かなきゃ」
「ゆきりん!」
ユウトが手を伸ばす。
ゆきりんも笑顔で手を伸ばした。
小さな手と小さな手。
ちょん。
指先だけが触れる。
「ありがとう」
「ユウト」
「わんわん」
「みんなと遊べて、とっても楽しかった」
「またね!」
「また冬になったら!」
「うん!」
「またね!」
「わふぅ!」
◇
ふわっ。
雪と一緒に。
ゆきりんは空へ舞い上がる。
くるり。
くるり。
白い雪が光る。
やがて。
小さく。
小さく。
青い空へ溶けるように消えていった。
◇
帰り道。
ユウトは胸の前で、お守りをぎゅっと握っていた。
「おかあさんにあげようかな」
ぽつり。
「きっと、よろこんでくれるよね」
「わふっ」
わんわんは嬉しそうに鳴いた。
その日。
最後の雪が。
静かに。
ふわりと舞い降りた。




