第六十話 雲龍さまのくしゃみ
ひゅるるるる。
ひゅるるるる。
風はさっきよりも元気いっぱい。
白い長い雲は。
まるで生き物のように。
ゆっくり。
ゆっくり。
空を這うように。
うずを巻いて大きくなっていく。
ユウトはどきどきした。
「わぁ……」
「大きい……」
ぐるぐる。
ぐるぐる。
白い雲はさらに大きなうずになる。
すると。
ゆっくり。
ゆっくり。
長い雲はうねり出す。
うねった雲はもくもくと鱗のような模様に見え出す。
所々の雲が伸び、薄く引き伸ばされた。
雲は魔獣の爪のように太く鋭く形を変える。
そして、渦の中心が上へ上へとゆっくり伸びた。
「え?」
ユウトは目をぱちぱち。
長い。
とても長い。
まるで大きなヘビさんみたい。
そしてその先端が。
左右に広がる。
ふわり。
ふわり。
白いひげ。
その奥に。
丸い雲が二つ。
「め?」
ゆっくり。
ゆっくり。
白い雲が形を変える。
鼻。
長いひげ。
大きな角。
眠そうな、でもなんだか優しそうな目。
空高く広がった大きな顔。
「わぁぁ……」
ユウトは息をするのも忘れた。
怖くない。
だけど。
胸がどきどきする。
「りゅうだぁ」
そして。
空いっぱいの白い顔は。
優しい目を細めて。
ふぅーーー。
と息を吐いた。
ひゅるるるる。
ひゅるるるる。
秋風が村を吹き抜ける。
軒先の干し柿が揺れる。
お芋が揺れる。
洗濯物が揺れる。
木の実が転がる。
さらさら。
さらさら。
「雲龍さまよ。風の神様」
お母さんが肩にそっと手を添えて教えてくれる。
冬支度の風。
村のみんなが待っていた風。
昔から。
風を運ぶ神様。
雲龍さま。
何もしない。
ただ。
ゆっくり空を泳いで。
風を届けてくれる。
その時。
雲龍さまの鼻が。
ぴくっ。
ぴくぴく。
「ん?」
ユウトは首をかしげた。
ふぇ……
ふぇっ……
遠い空から。
小さなくしゃみを我慢しているような声が聞こえた気がした。
◇
「わぁ!雲龍さまだねー」
リサが目をきらきら。
「えっ?リサ、しってるの?」
「うん!去年も見たもん!」
リサは嬉しそうに胸を張った。
雲龍はゆっくりゆっくり動いてる。
「くもでできてるのかな?かっこいぃ」
ユウトは目をぱちぱち。
リサの袖を引っ張る。
「そうじゃない?一本雲がずっとあったから」
その時。
リーナお姉ちゃんが優しく笑った。
「昔から村のみんなを助けてくれてるんだって」
「助けてくれるの?」
「そう」
「干し柿も」
「干し芋も」
「冬の保存食も」
「風がないと作れないから」
「だから、みんな感謝してるんだよ」
「へぇー!」
ユウトは空を見上げた。
雲龍さまは。
ゆったり。
ゆったり。
空を泳いでいる。
怖くない。
なんだか。
優しい。
◇
ひゅるるるる。
ひゅるるるる。
風は元気いっぱい。
ゆらゆら。
干し柿も踊る。
ゆらゆら。
お芋も踊る。
「うんりゅうさまー、ありがとう!」
ユウトが空へ向かって大きな声で言う。
すると。
雲龍さまの目が。
すぅっと細くなった。
「わぁ!」
「笑った!」
リサも大喜び。
「ほんとだ!」
「笑ってる!」
その時だった。
ぴくっ。
ぴくぴく。
雲龍さまのお鼻が動く。
「ん?」
「どうしたのかな?」
ふぇ……
ふぇっ……
ふぇっ……
「なんか変!」
リサが笑う。
「くしゃみしそう!」
「くしゃみ?」
ユウトが首をかしげた。
すると。
リーナお姉ちゃんが。
「あっ」
「みんな、お耳ふさいで」
「え?」
ふぇぇ……
ふぇっ……
ふぇぇぇ……
雲龍さまのお顔が少し困った顔になる。
そして。
空いっぱいに広がるおひげが。
ぶわぁっと広がった。
「は―――」
「は―――」
大きなお口。
そして。
「はっくしょーーーーーーい!!」
ゴロゴロゴローーーン!!
ぴかっ。
どぉーーん!
「わぁー!」
ユウトはびっくり。
わんわんも。
「わふぅ!」
リサは。
「あははは!」
お腹を抱えて笑っている。
「びっくりしたー!」
そして。
空の上では。
雲龍さまが。
きょとん。
としていた。
なんだか。
ちょっと恥ずかしそう。
ふぅー。
と小さく息を吐く。
ひゅるるるる。
優しい風が吹いた。
「ふふっ」
リーナお姉ちゃんが笑う。
「今年も元気そうだね」
「うん!」
リサもにっこり。
「くしゃみすると雷さんになるの!」
「そうなんだー!」
ユウトは目をきらきら。
「くもりゅうさま、かわいい!」
すると。
空の上で。
長いおひげが。
ふわり。
ふわり。
嬉しそうに揺れた。
そして。
雲龍さまは。
ゆっくり。
ゆっくり。
夕焼け色の空を泳ぎながら。
村いっぱいに。
冬支度の風を運んでいく。
ゆらゆら。
干し柿も。
干し芋も。
秋の恵みも。
みんな気持ちよさそうに揺れていた。




