第四十五話 きらきら夏の夜空
夜。
昼間の暑さはどこかへ行ってしまったみたいだった。
窓の外から、涼しい風が入ってくる。
りーんりーん。
草むらから虫さんの声。
ボクは、おふとんの上でごろごろしていた。
「きもちいいー」
すると。
「ユウト」
お父さんが顔を出した。
「んー?」
「今日は少し散歩に行かないか?」
「おさんぽ?」
「あぁ」
お父さんは外を見た。
「今日は星がきれいだぞ」
「ほし!」
ボクは、ぴょこんっと起き上がった。
「いくー!」
「わふっ!」
わんわんも元気よく立ち上がる。
しっぽぶんぶんだった。
◇
てくてく。
てくてく。
三人で村の外へ向かう。
夜の道は静かだった。
家々の灯りも少ない。
空を見上げると。
星。
ぽつり。
またひとつ。
ぽつり。
でも。
まだいつもの夜と同じだった。
「まだかなー?」
「もう少しだな」
お父さんが笑う。
◇
やがて。
草原へ着いた。
ひゅうう。
風が吹く。
背の低い草が、さらさら揺れる。
「わぁ」
ボクは思わず声を漏らした。
空が広かった。
村よりも。
森よりも。
ずっと広かった。
「ごろんしてみろ」
お父さんが言う。
「うん」
ボクは草の上へ寝転がった。
ぽふっ。
わんわんも隣へ。
ぺたん。
お父さんも、ごろん。
三人で空を見上げる。
そして。
「……わぁ」
ボクは、もう一度つぶやいた。
◇
満天の星。
星が空いっぱいに広がって、今にも落ちてきそうだ。
いっぱい。
本当にいっぱい。
空中にキラキラした砂をまいたみたいに輝いている。
きらきら。
きらきら。
どこを見ても星。
右を見ても星。
左を見ても星。
上を見ても星。
ぜんぶ、ぜーんぶ星。
「わぁ、いつもよりお星さま多くてきらきらしてるー」
「あぁ、そうだな。満天の星だ」
「まんてん?」
「あぁ、こうして空いっぱいに星が見えることを満天って言うんだよ」
「まんてんのお星さまかぁ。お星さま、さわれそう」
ボクは手を伸ばしてみるけど、さわれない。
「あぁ、本当に手が届きそうだ」
お父さんは両手を伸ばして触ろうとしてる。
ボクもなんだか嬉しくて、また空を見て、もう1度同じように触ろうとする。
◇
不思議だった。
いつもの星と何か違う。
なんだか。
とても近くて、多い。
「お父さん」
「ん?」
「どうして、いつもと違ってお星さまいっぱいなの?」
「あぁ、それ新月だからだよ」
「しんげつ?」
「あぁ、今日みたいな月がない日のことだ」
「へぇ」
「だからいつもより星がよく見えるだろ」
「うん」
「お父さん、この星空が大好きなんだよー。いいだろー?」
「うんっ!」
お父さんは楽しそうだった。
◇
ユウトは、じーっと見つめる。
大きな星。
小さな星。
明るい星。
遠くの星。
なんだか。
星が並んでいるんじゃない。
浮かんでいる。
そんな気がした。
近くにいる星。
もっと遠くにいる星。
さらにもっと遠くの星。
奥へ。
奥へ。
どこまでも続いている。
「おぉ……」
思わず声が漏れる。
空が大きい。
すごく大きい。
どこまで続いているんだろう。
◇
「ねぇ、お父さん?」
「ん?」
「お空のむこうってなにがあるの?」
お父さんは少し考えた。
「どうだろうなぁ」
「知らないの?」
「うん、知らない」
「そっかぁ」
「でも」
お父さんは星を見上げる。
「誰も知らないから面白いんだと思うぞ」
「?」
「だからみんな想像するんだ」
「ふーん、そっかぁ」
ユウトも考える。
お空の向こう。
もっと向こう。
もっともっと向こう。
夜空の国には何があるんだろう。
大きな星のおふとんかな。
それとも。
雲のおうちかな。
「あぁ、そういえば、いや、うん。待てよ」
「?」
「そういえば昔お父さんが小さい頃読んだ本に『夜空の国』って絵本があったなぁ」
「よぞらのくに?」
「あぁ、なんでも、その国の人たちがお星さまをピカピカにしてるって話だったな」
「えへへ」
なんだか楽しかった。
◇
風が吹く。
さらさら。
草が揺れる。
「わふぅ」
わんわんが、お腹を見せて転がった。
「あっ」
ボクも真似する。
ごろん。
お腹を空へ向ける。
「わふっ」
「えへへ」
一人と一匹は顔を見合わせた。
お父さんは、それを見て笑った。
◇
しばらく誰もしゃべらなかった。
虫の声。
風の音。
草の匂い。
そして。
いっぱいの星。
空は静かだった。
でも。
なんだか少しだけ動いているようにも見えた。
ゆっくり。
ゆっくり。
世界が回っているみたいだった。
◇
「ユウト」
「んー?」
「どうだった?」
お父さんが聞く。
ユウトはすぐに答えた。
「すごかった!」
「そうか」
「お空がおっきかった!」
「うん」
「ほしもいっぱい!」
「うん」
「なんか」
ユウトは少し考える。
「吸い込まれそうだった」
お父さんは少し驚いて。
それから優しく笑った。
「そうだな」
◇
帰り道。
てくてく。
てくてく。
わんわんは眠そうだった。
ユウトも少し眠い。
でも。
何度も振り返る。
星空はまだそこにあった。
きらきら。
きらきら。
遠くで輝いている。
「また見たいね、お父さん」
ユウトは小さくつぶやいた。
「おぉ、いいぞ。また見ような」
お父さんが答える。
「うん!」
◇
その夜。
おふとんへ入って目を閉じる。
さっきの星空が浮かんでいた。
近くて。
遠くて。
どこまでも続いていた満天の夜空。
夏の終わりが近づいていた。
でも。
今日見た景色は、きっとずっと忘れない。
そんな気がした。




