第四十三話 お母さんのお腹
朝。
みーんみんみんみん。
窓の外ではセミが鳴いている。
おひさまは今日も元気いっぱい。夏の朝だった。
「おはよー!」
ユウトは元気よく起きた。
顔を洗って。服を着て。それから台所へ向かう。
「おなかすいたー!」
でも。
「あれ?」
ユウトは首をかしげた。
お母さんが椅子に座っていた。
いつもなら朝ごはんを作っている時間なのに。
「お母さん?」
なんだか元気がない。
「大丈夫?」
「うん」
お母さんは笑った。
でも少しだけ顔色が悪い。
「ちょっと疲れちゃってね」
「そっかぁ」
ユウトは心配になった。
◇
その日。
お母さんはあまりご飯を食べなかった。
「もういらないの?」
「うん」
「おいしいよ?」
「ありがとう」
お母さんは笑う。
でも少しだけ苦しそうだった。
そのあと。
「ごめんね」
そう言って席を立った。
ぱたぱた。
奥の部屋へ行ってしまう。
「……?」
ユウトは不思議そうに見送った。
◇
お昼。
お母さんは横になっていた。
急いで部屋に戻る。そして自分が使ってるタオルケットをお母さんにかける。
「あっ、ありがとね」
「うん、ね、お母さん」
「ん?」
「おかぜ?それともぽんぽんいたい?」
「ううん、大丈夫よ」
お母さんは優しく頭をなでてくれた。
「すぐ良くなるから大丈夫」
「ほんと?」
「ほんと」
でも。
ユウトは少し心配だった。
◇
その日の夕方。お父さんが洗濯物を取り込んで縁側で休憩してる。
ユウトはお父さんの隣に座っていた。
風が吹く。
少し涼しい。
「お父さん」
「ん?」
「お母さん大丈夫?」
お父さんは少しだけ驚いた顔をした。
「心配してたのか?」
「うん」
「そっか」
お父さんは空を見上げた。
そして。
「実はな」
少し嬉しそうに笑った。
「お母さんは病気じゃないんだ」
「ほんと?」
「あぁ」
ユウトはほっとした。
でも。
「じゃあなんで元気ないの?」
お父さんは少しだけ考えて。
にこっと笑った。
「ユウト」
「ん?」
「お母さんのお腹に赤ちゃんがいるんだ」
「……あかちゃん?」
ユウトは瞬きをした。
「うん」
「どこ?」
「お母さんのお腹の中」
「おなか?」
ユウトはぽかんとする。
よく分からなかった。
◇
その時。
「ただいまー」
お母さんが戻ってきた。
「おかえりー」
ユウトはすぐ駆け寄る。
「お母さん」
「なぁに?」
「おなかに赤ちゃんいるの?」
お母さんは目をぱちぱちさせた。
それから。
くすっと笑う。
「お父さんが教えてくれたの?」
「うん」
「そうよ」
お母さんは自分のお腹を優しく撫でた。
「ここにいるの」
「ほんと?」
「ほんと」
ユウトはじーっと見つめる。
でも。
いつもと同じお腹だった。
「見えない」
「あははっ」
お母さんは楽しそうに笑った。
◇
「だから最近ちょっと具合が悪かったの」
「そうなんだ」
「心配かけちゃったね」
「ううん」
ユウトは首をぶんぶん振る。
「病気じゃなくてよかった!」
お母さんは優しく頭をなでた。
「ありがとう」
◇
しばらくして。
お父さんが言った。
「ユウト」
「ん?」
「赤ちゃんが生まれたらな」
「うん」
「ユウトはお兄ちゃんになるんだぞ」
「おにいちゃん?」
また知らない言葉だった。
「リーナお姉ちゃんみたいなもの?」
「そうだな」
お父さんは笑う。
「今度はユウトがお兄ちゃんになるんだ」
「ぼくが?」
「あぁ」
なんだか不思議だった。
でも。
少しだけすごそうだった。
◇
「じゃあ」
ユウトは胸を張る。
「ボク、いっぱい遊んであげる!」
「ふふふ」
お母さんが笑う。
「それは赤ちゃんも喜ぶわね」
「絵本も読む!」
「それもいいな」
お父さんも笑った。
「それから」
ユウトは考える。
「おふとんも貸してあげる!」
「はははっ」
お父さんが吹き出した。
「赤ちゃんには大きすぎるかもな」
「そっかぁ」
少し残念だった。
◇
夜。
寝る前。
ユウトはお母さんのお腹にぺたんと耳を当てていた。
「聞こえる?」
お母さんが聞く。
「うーん」
ユウトは真剣だった。
「なにも聞こえない」
「あははっ」
「まだ寝てるのかなぁ」
お父さんとお母さんは顔を見合わせた。
「そうかもな」
「いっぱい寝てるのかもしれないね」
ユウトは納得した。
「そっかぁ」
赤ちゃんはまだ小さいから。
きっといっぱい寝ているんだ。
◇
みーんみんみんみん。
窓の外ではセミが鳴いている。
夏の夜風が、そよそよ吹いた。
ユウトはお母さんのお腹を見ながら考える。
まだ見えない赤ちゃん。
どんな子だろう。
一緒に遊べるかな。
絵本も好きかな。
「えへへ」
なんだか楽しみになってきた。
その日。
ユウトは少しだけ未来のことを考えながら、気持ちよさそうに眠りについた。




