第三十四話 お父さんと森へ
朝はやく。
ちゅん、ちゅん。
小鳥さんの声が聞こえる。窓から入ってくる風は、まだ少しひんやりしていた。
ユウトはタオルケットをもって、うにうにしてる。
「ぐぅ」
その時。
「ユウト、起きれるか?」
やさしい声がした。
「……おとうさん?」
目をこすると、お父さんが立っていた。いつもの大きな背中。今日は森へ行く格好をしている。
「今日は早いんだねぇ」
「森へ見回りに行くからな」
「もり!」
ユウトの目が、ぱちっと開いた。
◇
「ボクも行く!!」
がばっ。
おふとんから飛び起きる。
「おっと」
おとうさんが笑った。
「ちゃんと準備できるか?」
「できる!」
ユウトは、大急ぎで服を着る。でも。
「あれぇ!?うでがでない!」
服が、くるくるしていた。
「あははっ、反対だ」
おとうさんが直してくれる。
「よし」
「できた!」
その時。
「わふっ!」
わんわんまで、しっぽをぶんぶん振っていた。
「お前も行くのか?」
「わふわふっ!」
行くらしい。
◇
外へ出る。
朝の空気は、気持ちよかった。
草には、朝露。きらきら光っている。
「すずしぃねー」
「朝だからな」
おとうさんは大きな荷物を背負っていた。 腰には、小さなナイフ。背中には、弓。
ユウトは、それを見るたびに思う。
「おとうさん、かっこいい」
「ん?」
「なんでもない!」
なんだか照れくさかった。
◇
森の入り口へ着く。
ざわざわ。葉っぱが揺れる。
朝の森は、少しだけ暗かった。
「おぉ」
ユウトは、おとうさんの服をぎゅっと掴む。
「こわいか?」
「ちょっとだけ」
「大丈夫だ。今日は少し奥まで行く。だからお父さんから離れるなよ」
「うん」
わんわんは、平気そうに前を歩いている。 くんくん。地面の匂いを嗅いでいた。
◇
「森ではな」
お父さんが、ゆっくり歩きながら言う。
「大きな声を出さない」
「なんでー?」
「動物が逃げるからだ」
「そっかぁ」
ユウトは、小さな声になる。
「こう?」
「そうそう」
すると。
がさっ。
「!?」
ユウトが、びくっとした。
草むらが揺れる。
「わふっ」
わんわんも耳を立てた。
「しーっ」
おとうさんが、そっと指を立てる。
ユウトは、どきどきした。
◇
しばらくすると。
ぴょんっ。
「あっ」
小さな茶色の生き物が、草むらから飛び出した。
「うさぎだ」
「うさぎさん!!」
でも、小声。
うさぎは、ぴょんぴょん跳ねて森の奥へ消えていった。
「すごぉい」
ユウトは、目をまんまるにした。
「森にはいろんな生き物がいるんだ」
「おとうさん、いつも見てるの?」
「ああ」
「すごい」
ユウトはますますお父さんがかっこよく見えた。
◇
その時。
「ん?」
お父さんが、しゃがみこむ。
「どうしたの?」
「新しい足跡だ」
「!?」
ユウトも、慌ててしゃがんだ。
土の上に、なにかの跡がついている。
「これ?」
「ああ。鹿だな」
「しかさんのあしあと!」
ユウトは、なんだか宝物を見つけた気分だった。
「森はよーく見るんだ。よーく見ると色んなことを教えてくれるぞ」
「う、うん。よーくみる!」
難しいけど、なんだかすごかった。
◇
ぽとっ。
「あっ」
どんぐりが落ちてきた。
見上げると。
りすがいた。
「りすさん!」
りすは、木の上からじーっとこっちを見ている。
わんわんが、しっぽをぶんぶん振った。
「わふっ!」
すると。
りすは、びゅんっと逃げていった。
「あっ」
「はははっ、驚かせたな」
わんわんは、不思議そうな顔をしている。
◇
少し歩くと、小さな開けた場所へ出た。
朝日が、木の間から差しこんでいる。
「わぁ」
葉っぱが、きらきら光っていた。
風が吹く。 森の匂いがした。
「ここ、きれい」
「ああ。父さんも好きな場所だ」
ユウトは、なんだか嬉しくなった。
◇
「ユウト」
「ん?」
お父さんが、しゃがんで目を合わせる。
「森は楽しい。でも、危ない場所でもある」
「うん」
「だから、一人で奥へは絶対に入っちゃだめだ」
「うん」
ユウトは、ちゃんとうなずいた。
「約束だぞ。大きくなったら、もっと奥まで一緒に行こう」
「ほんと!?」
「ああ。その時は、狩りも教えてやる」
「やったぁ!!」
ユウトの顔が、ぱぁっと明るくなる。
「約束だ」
「やくそく!」
ぎゅっ。
ユウトはお父さんの大きな手を握った。
「あっ、でも秘密基地までは行っていい?」
「秘密基地?」
「うん、大きな木のところ」
お父さんは少し困ったように笑った。
「森には大きな木がいっぱいあるからなぁ」
「あっち!」
ユウトが指を指す。
「うーん、この辺までならいい。でも奥には行くなよ」
「うん!」
◇
森の奥に向かう。
森の奥は起伏も激しく、また少し暗い。
おひさまの光がすぅっと差し込んでいてきらきらしている。
「おぉ」
ユウトは、思わず小さな声をもらす。
わんわんも、さっきまでみたいにはしゃがない。ぴんっと耳を立てながら、おとうさんの近くを歩いていた。
ざわざわざわ。
風が吹くたび、森がゆっくり揺れる。
「静かだねぇ」
「森の奥は、みんな静かに生きてるんだ」
おとうさんも、小さな声だった。
◇
その時。
おとうさんが、ぴたりと止まり、目と指で前を指す
「?」
なーに?と聞こうとしたところ、お父さんは真剣な表情で、口に指を当てる。
ユウトは、どきどきしながら頷く。
草むらの向こう。
そこには。
「わぁ」
鹿がいた。
一匹じゃない。二匹、三匹、もっともっといる。
朝の光の中で、静かに草を食べている。
「しかさんいっぱい」
ユウトは、目をまんまるにした。
鹿たちは、とてもきれいだった。耳をぴくぴく動かして。時々、周りを見てる。
でも、逃げない。
「すごい」
「風向きがいいからな。まだ気づいてない」
「かぜ?」
「動物は匂いで分かるんだ」
「おぉー」
森は、知らないことだらけだった。
◇
その時。
「わふっ」
「あっ」
わんわんが、小さく鳴いた。
ぴくっ!!
鹿たちの耳が、一斉に立つ。
「あ」
次の瞬間。
だっ!!
鹿たちは、一気に森の奥へ駆け出した。
ばさっ!ざざざざっ!
「うわぁぁ!」
あっという間だった。
森の奥へ消えていく鹿たち。木の間を、風みたいに走っていった。
「すっ、すごかった」
ユウトは、ぽかんとしていた。
「速いだろ?」
「うん!」
わんわんは、自分が追い払ったとも知らずに、しっぽをぶんぶん振っていた。
◇
帰り道。
わんわんはまだまだ元気いっぱいはしゃいでいる。
「わふぅ」
「あははっ、わんわんも冒険だったねぇ」
おひさまは、もう高くなっている。
鳥の声。風の音。森の匂い。
ユウトは、なんだか少しだけ大きくなった気がしていた。




