第十九話 四つ葉のクローバー
『森の妖精と四つ葉のクローバー』
ぱらり。
ページをめくる音が、お部屋に小さく響いた。
「おかあさん、これ読んでー」
今日は少し風の強い午後だった。窓の外では、木の葉がさらさら揺れている。
ユウトが本棚から引っぱり出してきたのは、少し古い絵本だった。表紙には、小さな羽の生えた女の子が描かれている。
『もりのようせいとよつばのくろーばー』
「あら、懐かしいわねぇ」
「しってるの?」
「もちろん。ユウトが赤ちゃんの時にもいっぱい読んだのよ」
「おぉー」
ユウトは、きらきらした目で絵本を見る。
「ようせいさんのおはなし?」
「そうよぉ」
お母さんは、隣へ座った。
春の風が、カーテンをふわりと揺らす。 ぽかぽかのお昼。 なんだか眠くなりそうなくらい、静かな時間だった。
◇
「むかしむかし――」
お母さんが、ゆっくり読み始める。
森の奥には、大きな木があること。その木には、妖精さんが住んでいること。
でも。
「ようせいさんは、だれにでも見えるわけじゃないのよ」
「そうなの?」
ユウトは真剣な顔になった。
「やさしい子がね、春の木漏れ日の中で、静かーに待てる子だけなの」
「おひるねしててもいいの?」
「うん。いいかもね。そしてね――」
ぱらり。
次のページには、緑色のクローバーが描かれていた。
「待つ時には、四つ葉のクローバーを自分で見つけて、妖精さんが住む大きな木にプレゼントすると、妖精さんが会いに来てくれるんだって」
「よつば!」
ユウトの目が、ぱぁっと輝く。
「でも、なかなか見つからないのよ?」
「みつける!」
「うふふっ。うん、それなら妖精さんに会えるかもね」
お母さんが笑った。
「妖精さんに会ってみたい?」
「うんっ!」
もちろんだった。
妖精さん。小さくて、ふわふわしてて、羽があって。春の森を飛んでるらしい。
「会ってみたい……」
なんだかわくわくした。
◇
「わふっ!」
「あっ、わんわん!」
お庭へ出ると、わんわんが駆け寄ってきた。
「わんわん、ようせいさん探しにいくよ!」
「わふ?」
首をかしげる。
「四つ葉のクローバー探すんだよ!」
「わふっ!」
なんだか分からないけど楽しそうだった。
◇
村の外の草原は、春の色でいっぱいだった。
「わぁ……」
風が吹くたび、草がゆらゆら揺れる。小さな白い花。たんぽぽ。遠くでは、小鳥さんの声。
そして。
「いっぱいある……」
一面のクローバーだ。
「よーし」
ユウトは、ぺたんっとしゃがみこんだ。
「四つ葉さん、どこー」
じーっ。
三枚。 三枚。 三枚。
「むぅ」
ぜんぶ同じに見える。
「わふ?」
わんわんも隣で、くんくんしていた。
ここにもない。ここもない。
こっちもない。どこにもないなぁ。
でも、あきらめないぞ。次を探そう。
「四つ葉さん、ないなぁ」
風が吹く。草がふわふわ揺れる。
きらん。少し離れた場所が光った気がした。
「ん?」
少し離れた場所。草の間。
視界に、形の違うものが見えた。
「あっ!」
ぱたぱた駆け寄る。
「これ!」
そこには。
「四つ葉だぁー!!」
ちゃんと葉っぱが四枚あった。
「わふっ!?」
「みつけた!わんわんみて!よつば!」
わんわんもしっぽをぶんぶん振る。
「わふぅ!」
なんだか一緒に喜んでくれてるみたいだった。
◇
「おおきな木」
んー、どこにあるんだろう。大きな木かぁ。
「わふっ!」
わんわんが吠える。
「あっ」
ユウトは、リサと秘密基地を作った木を思い出した。わんわんと出会ったのも、あの木だ。あの木はすごく大きかったから、あの木にしよう。
森に入って少し離れた場所に、古い大きな木が立っている。
村の近くでは、一番大きいかもしれない。 太くて、古くて、枝がいっぱい広がっている。
「よし、ここにしよう」
とことこ歩いていく。
春の風が、葉っぱをさらさら鳴らした。
「きれい……」
木の下は、木漏れ日でいっぱいだった。お日さまの光が、地面へきらきら落ちている。
今日は地下ではなく、ここにしよう。
なんだか。ここだけ、少し静かに感じる。
「ようせいさん、いるかなぁ」
「わふ?」
わんわんも、きょろきょろしている。
ユウトは、そっと四つ葉のクローバーを持ち上げた。
「どうぞ……」
木の根元へ置く。
「これできてくれる?」
返事はない。
さらさら。
風が吹いただけだった。
◇
「まだかなぁ」
ユウトは、大きな木にもたれかかる。
ぽかぽか。春のお日さま。やさしい風。
「ふぁーあ、なんか眠くなってきたな」
「わふぅ」
わんわんも隣でぺたんとしていた。
木漏れ日が、ゆらゆら揺れる。遠くで鳥さんの声。
「ようせいさん……」
ユウトは、ぼーっと空を見上げる。
「ほんとにいるのかなぁ」
風が吹いた。
さらさら。葉っぱが揺れる。
その時。
ふわり。
木漏れ日の奥で、小さな光が揺れた。
「……?」
でも。ユウトは、気づかない。
「んぅ……」
うとうとしていた。
光は、ゆっくり近づく。
小さくて。淡く光っていて。春の花びらみたいに、ふわふわしていた。
それは、ユウトの周りを一度だけ、くるりと飛ぶ。
「わふ……?」
わんわんだけが、気づいたみたいに顔を上げた。
でも。
光は、すぐ木漏れ日の奥へ消えていった。
◇
「……こなかった」
しばらく待ったあと。ユウトは、少しだけしょんぼりした。
「ようせいさん、いそがしいのかなぁ」
「わふぅ」
わんわんが、ぺろっと手をなめる。
「でも、四つ葉見つけられた!」
それだけでも、なんだか嬉しかった。
ユウトは、木の根元を見る。
置いた四つ葉のクローバーが、風に揺れていた。
「また来ようっと」
にこっ。
そして、とことこ歩き出す。
わんわんも後ろをついていく。
◇
二人が去ったあと。
さらさら。
春の風が、大きな木を揺らした。
その枝の奥。
小さな光が、もう一度だけ現れる。
ふわふわ。
楽しそうに揺れて。木漏れ日の中を、小さく踊る。
まるで。
『また来てね』
そう言っているみたいだった。
◇
「おかあさーん!」
「あら、おかえりー」
おうちへ帰ると、お母さんが洗濯物をたたんでいた。
「四つ葉みつけた!」
「ほんと!?」
「うん、でもようせいさんはいなかった」
「あらあら」
お母さんは、くすっと笑う。
「そう簡単には会えないのかもしれないわねぇ」
「むぅ」
ユウトは、少しだけ残念そうだった。
でも。
「また探す!」
「ふふっ、今度は会えるかもしれないわよ?」
「うん!」
ぽかぽかの春の風が、おうちの中を通り抜ける。
窓の外では、葉っぱがさらさら揺れていた。
まるで。
どこかで誰かが、楽しそうに笑っているみたいに。




