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第9話

 エリシア救出から3日後、帝国宮殿にて第1王子の発起で事件に関する報告会を開いた。


「エリシア。無事で本当に良かったよ」

「ありがとうございます、兄上」


 第1王子アルフレッドは、エリシアに爽やかな笑みを浮かべる。

 彼は文句のつけようのない整った顔立ちと、柔らかな物腰、知的な側面がありつつユーモアもある才色兼備な男だった。


「内務卿のことは本当に残念だった。しかし、彼がそんなことをするなんて思わなかった。どうして、僕に相談してくれなかったんだい?」

「それは、その……」

「いや、優しい君の事だ。きっと、遠慮したのだろう。お母様もお身体が芳しくないからね」


 内務卿は第1王子(あなた)からの評価が欲しく暴走していたのですよ、とはとても言えなかった。その後、軍部・警察・王室内務局の役人たちからの報告をアルフレッドがヒヤリングしながら、報告会はつつがなく進んでいった。


「ふむ。どうやら、直接話を聞く必要がありそうだ」

「兄上? どなたに話を?」

「独断行動を行った帝国地上軍第一師団付属強襲部隊C大隊にだよ。君たち、彼らの身柄を一時拘束したまえ」


 アルフレッドの言葉を聞いて、彼の部下たちがすぐさま動き出す。一拍置いて、エリシアは音を立てて立ち上がり、声を上げた。


「兄上、何を!?」

「どうしたんだい?」


 その声は、変わらず穏やかだった。


「どうもこうもありません、何故、私を助け出してくれた恩人を拘束するのですか!?」

「落ち着いてくれ。話を聞くだけじゃないか。何も問題が無ければ、すぐに自由にする」


 彼は落ち着いた雰囲気で、幼子を諭すように告げ、手振りで部下達を動かそうとする。しかし、エリシアはお待ちをと声を上げ、彼らを止める。


「確かに彼は君の命を救った。けれども……ヘリを使った強襲作戦、徹底的な殲滅、少しばかりやり過ぎではないかな? 他にもやりようはあった筈だよ」

「誰に対して配慮しているのでしょうか。欧州との融和の為でしょうか?」


 王子が進める欧州との融和に異を唱えるような言動にどよめきが走る。突然始まった第1王子と第2王女の鍔迫り合いに家臣たちは明らかに困惑し始める。


「それは理論の飛躍だ」

「では、兄上は私が捕らわれたままでも良かったとおっしゃるのですか?」

「そうなったとしても、交渉など別の手もあるじゃないか」

「私は脚を潰されかけました。彼らは私の泣き顔を晒し、全世界に帝国の屈辱として放送しようとしたのです! そんな相手に交渉をするとおっしゃるのですか?」


 エリシアの悲痛な叫びを聞き、付き人として参加していたメイドたちの中には啜り泣く者もいた。畑違いの役人たちでさえ顔を見合わせる。


「まだ、緊張しているようだね。落ち着いて」

「落ち着いてなどいられません。あの場で私は戦ったのです。彼らもそうです。調査命令を取り消し、謝罪なさってください! 兄上!」


 堂々たる様でエリシアは背筋を張り、凛とした声を議場に響かせた。

 議場がどよめきに包まれる。先日までおずおずとしていたお飾り姫が、王位継承権第一位に頭を下げろと言い放ったのだ。

 アルフレッドは柔和な表情を崩さず、けれども、眉間に僅かに皺が寄せた。

 しかし、彼は口を開く前に、議場を見渡した。軍人たちの一部が不満を浮かべた顔をしている。

 ここで焦っては大局に響く、彼は両手を机について、頭を下げた。


「すまない、エリシア。私の勇み足だ。確かに無礼だ。調査はやめよう。だが、分かって欲しい。外交を優先して、彼らの様な勇敢な軍人を侮辱するつもりはなかった。ただ君のことがあったから神経質になっていたんだ」


 その言葉を聞き、エリシアはゆっくりと息を吐き、腰を下ろした。


「……わかりましたわ」


 その後、議場は動揺の余韻を残しながらも、報告会は終わった。

 人気が少なくなり始めた頃、アルフレッドは、内務卿の代わりを務めることになったメイド長の元に赴いた。


「どうやら、妹は動揺しているようだ。でも、あの態度は公の場では良くない」

「え、ええ。私も後ほど注意しようと」

「大事な妹だ。手厚く教育してくれたまえ」


 一拍置いて、静かに続けた。


「徹底的に」

「わ、わかりました」


 同日、帝都、第一地上軍総合発令所。


「素晴らしい。君は第一地上軍の誇りだ」

「ありがとうございます、師団長殿」


 師団の長、各部隊の隊長たちが一堂に集まり、ジョーに惜しみない拍手を送る。会議のまとめ役の秘書官に至っては思わず涙ぐんでいた。


「ジョー・スミス隊長、不遇な扱いをしてくる人間がいる中、よく困難な任務を全うしました」

「はぁ、それはどうもありがとうございます」


 ジョーは相も変わらずの仏頂面を見せていたが、その部屋の片隅では真逆の表情を浮かべている者が居た。頬には大きなガーゼ、右腕は包帯でぐるぐる巻き、歯を食いしばって、わなわなと震えているのはその痛みのせいではないだろう。

 負傷しながらも、なんとか生還したレズモンドだ。


「い、異議あり! その者の取った行動は……」


 彼はこの状況であっても、ジョーに噛みつこうとした。

 直後、師団長を含めた大勢から憎悪の目を向けられる。一部の貴族の軍人ですらそちら側に寝返っている。

 当然の結果だった。レズモンドは内務卿の和平成功に賭け、勝手に護衛として行動を共にしたのだ。その挙句、内務卿は死去。エリシアは攫われるという大惨事を招いた。しかも自分はエリシアに庇われ、生還という有様だ。

 ジョーが奪還に成功していなければ、この第一地上軍の幹部何人の首が飛んだか分からないのだ。

 秘書官が嫌悪感を丸出しにした冷たい目で、レズモンドを見下した。


「貴方、よくも口を開く気になりましたね?」

「しかし、その者は民間業者のヘリを利用したそうじゃないか!?」


 実際、重大な軍務違反なのだが、ジョーはこの祝福ムードを利用し、さらりと受け流した。


「はぁ。実は副業をしていまして。秘書官、副業の罰則は?」

「え、ええ。減給と数日の謹慎処分です」

「では、謹んでお受けします。丁度やるべきことがあるので」

「ま、待て!」


 発令所から退出しようとするジョーを、レズモンドは止めようと立ち上がる。しかし、別の誰かに肩を捕まれる。この色黒の大きな手の持ち主は――。


「師団長、殿」

「……おう、次はお前の番だぞ」


 師団長は負傷している彼を先ほどまでジョーは賞賛を受けていた場所に突き飛ばす。

 ただし、彼には賞賛などある筈もなかった。


「では、これよりレズモンド卿への軍法会議を行います」

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