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第5話

 早朝、4時。 帝国宮殿から車列が現れた。

 彼らはパトカーに先導させ、慌ただしく、国境へと向かった。

 その情報は、C大隊の拠点にもすぐに伝わった。


「止めましょう!」


 ミリアはジョーに詰め寄り、そう進言した。


「私たちが偵察した情報を見れば、内務卿だって思いとどまってくれるはずです!」

「いいや。内務卿は歳をとりすぎている。過去を振り返らず、自分の人生をやり直そうとする老人はもう何を言っても止まらない」

「でしたら、もう、無理にでも止めましょう!」

「駄目だ」

「何故です!」


 彼女は初配属のいざこざの時よりもずっと感情的になって、彼に言い返した。

 だが、ジョーはいつものよう無表情で淡々と言った。


「それをすれば、王族を力で止めた反逆者として現行犯にされる。自分や君は良いかもしれない。だが、そうなってしまえば、この大隊総勢300名近くとその家族は職を失い、露頭に迷うことになる。自分にはそんな真似は出来ない。


 忘れるな、我々はあくまで帝国で生き残るために、後ろ盾を求めている。エリシア殿下を救えたからと言って、我々が消えれば意味がない」


 ミリアはそれを言われると何も言えなくなった。少し前なら臆病者と言えたかもしれないが、エキスパで日々を懸命に生きている人を見たら、とても無責任なことは言えなかった。

 そして、色物だらけの大隊で、淡々と物事を俯瞰するジョーが絶対的な指揮官だということを理解した。


「我々はことが起こってからでないと帝国からは動けない」

「でも……」

「帝国からは、だ。準備しろ」

「え?」


 ミリアはジョーと連れ立った大隊のメンバーと共に、闇夜の中駐屯所を出発し、近くの帝国安全運輸のヘリが駐機している拠点である民間空港へと向かった。

 暗闇の中、ヘリの周りを小さな光源で作業している人影が見えた。


「カナードさん?」

「よ、嬢ちゃん。このかわい子ちゃんを見てくれ」


 カナードが自慢げに指し示すヒューイ・ヘリは、もうただの輸送ヘリではなかった。

 ヘリの両側にはガトリングガンとロケットランチャーが取り付けられていた。


「ガンシップだ。第三次大戦が出来るな。ジョー、ご命令を?」

「飛ばしてくれ、エキスパ国境付近の上空まで。指示があるまで、帝国を飛び続けろ」


 ジョーがヘリに乗り込み、ミリアも後から乗り込む。

 乗り込んでから自分の胸に手を当てると、心臓が激しく鼓動しているのを感じた。ヘリのローター音が大きくなり、浮遊感を感じていくにつれて、呼吸が早くなっていく。


「おい」

「えっ? あ、はい」


 隣のジョーがライフル銃を手渡してきた。コルト系ライフル、帝国軍の標準的ライフルであり、ミリアは士官学校でこれを扱い、優れた成績を出していた。扱い慣れた銃だが、今の彼女にはずっしりと重く感じた。


「コルトは今この世界でもっとも汎用性と精度に優れたライフルの一つだ。このヘリも同じく、輸送力と戦闘力を兼ね備えた強力な航空支援機だ」


 突然、隣で兵器の解説をし始めたジョーに彼女は戸惑った。


「それを行使できるのは、ひとえに帝国の威厳があるからだ。威厳無くしては、帝国などない」


 どこか遠くを見ながらそう言う彼の目には、覚悟があった。

 女王陛下に絶対的な忠誠を誓い、帝国の威厳を守るためには手段を択ばない男。その裏にどういう訳があるのか、ミリアにはまだ分からないが、彼女にも覚悟はあった。

 彼女は昔エリシアに握られた右手をぎゅっと握った。


 ◇


「エリシア、いい加減覚悟を決めないか」

「はい……」


 帝国を出た車列は内務卿とエリシアを乗せ、エキスパに向かっていた。

 数人の警護と内務卿の部下、エリシアの専属メイドが一人、緊張関係にある隣国に向かうには心もとない。


「このことは、議会には?」

「ふん、あんなのろまな連中の返事を待つ時間などないのだ」

「王家と言えど、いえ、王家だからこそ、法律順守が求められるはずです」

「正しいことをするのに、規則など要らんのだ」

内務卿おじいさま……」


 エリシアは罪悪感を抱えていた。

 内務卿からエキスパに和平に行くと言われた時点から止めなくてはと思ってのだ。しかし、引っ込み思案だった彼女は進言も誰かに相談もできず……先日、二人の軍人が現れたのが最後のチャンスだった。冷静そうな男性は身分違いの相手に堂々と渡り合い、優しそうな女性は身を挺して自分を庇った。

 なのに、勇気を出せなかった。


「ご安心を、殿下。わたくしたちが御守りします」


 護衛のレズモンドという男が自信満々に答えるが、どうしても、エリシアには頼りなく映った。


「今日、私が血塗られた帝国の歴史を変えるのだ。その名誉に同席できるのを光栄に思いなさい、エリシア」


 彼の瞳は明後日の方向を向いていた。

 内務卿は自分に酔っていた。




 ――だが、しかし。


「話が違うではありませんか! 内務卿殿!」

「うっ……。それはそちらの受け取り違いだ!」


 エキスパの首相官邸では、怒号が飛び交っていた。

 夜明けと共に、首相官邸に到着した内務卿達には当初、エキスパ政府関係者から暖かい歓迎を受けた。

 まだ、帝国との和平交渉は公にされておらず、交渉がまとまり次第、国民に大々的に宣言するつもりだった。

 その為に、両者は密かにやり取りをしていたのだが……隠れてコソコソしていたのが良くなかった。

 コミニケーション不足のせいで、エキスパ政府と内務卿の間で齟齬があった。

 帝国から元の領土を全返還されると思っていたエキスパ、地下資源の10%程度を譲れば良いと思っていた内務卿、両者の認識の違いは大きすぎた。


「とても合意できません!」

「何を言うか!?」


 美しい和平の話し合いどころか、お互い一歩も引けなくなった怒号の押し問答。飛び散る書類に、困惑する事務官たち。

 エリシアは部屋の片隅でじっと見ていることしかできなかった。


 その時だった。

 会議室の扉が乱暴に開け放たれ、そこからスーツ姿の男たちが現れた。


「ほほう、国民に黙って帝国に尻尾を振るとはいけませんなぁ」

「何だ!? 野党の連中が何の用だ!」

「警備は何をしていた?」


 エキスパの政府関係者は驚愕した。現れたのは帝国に対する強硬路線で知られる野党の政治家たちだった。帝国との交渉が露見していた? しかし、政府関係者の懸念よりも、よっぽどまずい事態が起きていた。


「我々は政党新しいエキスパ! エキスパはエキスパのものだ!」


 野党代表の高らかな叫びと共に、彼らの背後から小火器で武装したゲリラたちが現れた。


「帝国に死を!」



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