第3話
「失礼します」
「だ、誰だね、君たちは?」
形式だけのノックをすると、ジョーは返事も待たずに内務卿執務室の扉を開けた。
部屋に居た内務卿ともう一人の人物は大層驚いていた。そして、もう一人の人物を見て、ミリアも驚いた。
「第2皇女殿下、エリシア様……!」
「ほう、都合がいい」
帝国第2王女 エリシア 齢16歳。第2皇女にして、皇帝継承権第5位の皇女だ。
慌てて平伏するミリア、平伏しつつも打算的な呟きを吐くジョー。そんな二人を見て、エリシアは慌てて皇族式のお辞儀をする。
「ご、御機嫌よう。皆さま」
弱弱しい言葉遣いに、内務卿は顔を苛立たせた。
いつもおどおどとしている臆病な性格、兼ねてから、エリシアは王室内で孤立していて、内務卿自ら王室教育を担っていた。
シルクのような金色の長い髪に、整った顔立ちで、儚い印象のエリシアは若い世代の庶民からは共感を集めていたが、人々の多くの評価は政治的な力を持たない王室のお人形だった。
ジョーは彼女を一瞥した後、内務卿に口を開いた。
「内務卿、お尋ねしたいことがあります。エキスパに和平交渉に向かうというのは本当でしょうか?」
「な、何? どこでそれを聞いた?」
「情報が洩れているのですよ」
どの口が?宮殿を盗聴したのは他でもない本人だろうに、表情一つ変えずに堂々と嘘を吐くジョーにミリアは内心舌を巻く。
内務卿は顔色を悪くし、言葉を詰まらせていたが、ややあってから口を開いた。
「その通りだ。だが、交渉は止めぬ」
「エキスパには帝国を嫌う者も多い、命を狙われます。それに、失礼ながら内務卿閣下に独断で外交活動を権限はないかと。貴方は女王陛下ではないのですよ?」
「……五月蠅いわ!」
突然、内務卿が大声を出し、エリシアが肩をこわばらせる。
「あの女に何が分かるというのだ!? 手を振りかざし、命令を下すだけ。本当に評価されるべきは我々家臣の筈だ!」
「内務卿、お言葉にお気を付けなさいませ……!」
「エリシアは黙っていなさい! 君たち若い将兵は勇ましい言葉に踊らされているだけだ。私は指揮官として、女王に踊らされて、多くの血を流してしまったのだ」
内務卿の沈痛な言葉を聞いて、エリシアとミリアは表情を曇らせた。
「私は罪からは逃げない。君たちも後に分かるはずだ。この和平を必ずや成功させる!」
「しかし、あなたは徴兵から逃げた」
「は?」
唖然とする内務卿の前にジョーは恭しく書類の束が入ったファイルを置いた。それは数十年前の軍の徴兵名簿だった。
「数十年前に起きたコーカサス地方動乱において、帝国は出兵の為に徴兵を行いました。しかし、当初、予定されていたあなたは結局行かなかった」
「し、調べ上げていないだろう。私は持病があった」
「はい。確かにそう書いています。しかし、受診した病院の記録とは多くの不一致が見られます。もう数十年前の事です。スキャンダルには致しませんので、はっきりとおっしゃって下さい。仮病だったと」
「……貴様!」
内務卿は声を荒げるが、具体的な反論は出来ない。ジョーは彼を見下ろす様に淡々と告げる。
「あなたは前線送りを回避し、後方の指揮官として将軍の座に座った。しかし、才能がなく、多くの者を犠牲にして、心を病んだ。その自分勝手な贖いの為に、国の未来を左右する和平交渉に勝手に赴く」
「もとはと言えば、女王が強硬路線を取った結果だ!それに和平交渉だ。どうあがいても人は死なん」
「女王女王と恨み言をおっしゃいますが、それほど他責思考だから、内務卿止まりなのですよ」
「貴様ぁ!?」
内務卿の青筋が立つ。ミリアの額に汗が流れる。エリシアは顔を真っ青にしている。
「内務卿、貴方は国のことなど考えていない。欧州との緊張緩和と言えば聞こえがいい。だが、私は元商人だ。今でも、欧州と貿易が出来、旅行にも行ける。友人だっている。何を変えたいのですか?」
「女王が作ったこの帝国主義をだ!」
「貴方一人で行くのなら、私は止めません。しかし、部下とエリシア殿下を連れていくおつもりでしょう?」
ジョーの言葉に、エリシアは驚きを露わにした。どうやら、図星のようだ。たった今そのことを話し合っていたのだろう。ジョーは彼女に向き直る。
「殿下、ご意見を伺いたいのです」
「わ、私は……平和の為ならば」
「ええ、前線で散った兵士たちも平和の為に死んだのです。和平交渉で分け与えようという領土の資源も、彼らの血の上に成り立ったものです」
「はい、理解しています。おじい様、私は……!」
「エリシア、黙れ!」
勇気を出し、何かを口にしようとしたエリシアに、内務卿手が振り上げる。
エリシアは咄嗟に目を閉じた。
――その瞬間。
「お止めください」
その手は割って入ったミリアによって宙で止められた。
爆発寸前だった空気が、冷気を帯びる。
エリシアは顔を俯かせたまま、喋らなくなってしまった。
状況が変わったと理解したジョーは、ミリアを連れ立って踵を返した。
「警告は致しました。けれども、我々では王族の方の意志を曲げることは出来ません。どうか、お考え直しを」
◇
宮殿を後にし、ジープに乗り込んだ後、ミリアはずっとため込んでいた息をようやく吐いた。
「死ぬかと思った……」
「ふむ、あと少しだったが、殿下が折れてしまったか」
「どうして、貴方はそう冷静にいられるのですか!?」
ミリアは今日であったばかりの指揮官に、何度目か分からない疑問を投げかけた。ややあって、彼女は真面目な口調で尋ねた。
「エリシア様を何とかお助けできないでしょうか?」
「難しいだろう、彼女は内務卿の言いなりだ。内務卿は和平交渉と更に落ちこぼれ皇女の教育成功という手柄欲しさに、彼女を無理やりにでも連れていくだろう。それにしても、君は殿下と何かあるのか?」
「え?」
「いや、自分が止めに入るつもりだったが、あそこで君が止めに入るとは思わなかったからな」
「……私の故郷は洪水に見舞われたことがあります。ご高齢の陛下はともかく、他の皇族の方も来られない中、唯一故郷を訪れ、手を握ってくださったのがエリシア様です」
「庶民に愛される皇女か、成程。出してくれ」
ジョーの言葉と共に車は動き出す。ミリアは食い下がる。
「指揮官! 内務卿を煽っておいて、エリシア様を助けないのですか!」
「軍としてはもう動けない」
「でも!」
彼は分かっていると呟くと、彼女を手で制した。
「忘れたか? C機関は本質的には軍の指揮下にはない。そして、自分は元商人だ」
そして、携帯電話を取り出した。
「……もしもし、自分だ。エキスパで輸送関係の仕事を回して欲しい」




