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店主アリシアは美味しく未来を調理する 〜婚約破棄されたのでカフェを開業したら秘密の上客に甘やかされて困ってます〜  作者: 白月つむぎ
第6章

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第10話 赫炎の試練と不本意な共闘、碧き石に宿る真実の輝き

 王都アストライアの人目を避けた地下工房。


 外の喧騒を一切遮断したその場所で、ルイは滴り落ちる汗が床で蒸発するほどの熱気の中、蒼き石に魔力を注ぎ続けていた。

 指輪の意匠は、もはや完璧に近い。

 あとは、石の中に残る「独占欲」という名の不純物を、純粋な「誓い」へと昇華させる最後の工程のみであった。


「……ルイ様。森のカイン様から、定時報告の鳩が届きましたぞ」


 影の中からバルトが穏やかに声をかける。

 ルイは集中を乱すことなく、柔らかな、けれど凛とした声で応じた。


「バルト。カインからは何と? ……聞かせてくれ。彼は、私の席を守ってくれているかな」


「は。第一の試練は『全員保留』という名の泥仕合に終わった模様。カイン様は『兄上の評判に関わるので、次はもっとマシな奴らを相手にしたい』と毒づきつつも、しっかり第二の試練への準備を整えておられます……陛下を信じておられるのでしょうな」


「ふふ、そうか。カインめ。不作法な弟だと思っていたが、これほど頼りになるとは……バルト、カインに伝えてくれ。必ず、最高の礼をもって報いるとね」


 ルイは再び、青白い光を放つ石の深淵へと意識を沈めた。


 森での激戦(?)をカインが引き受けてくれている今、彼にできるのは、アリシアに捧げる「誠実」を完成させることだけであった。


 ◇


 一方、国境の森「カフェ・ヴァレンタイン」。


 お父様は、テラス席で真っ赤な夕陽を背に、不敵な笑みを浮かべていた。

 その前には、第一の試練で泥だらけになったウォーレン、テリオン、そして優雅に汚れを払うカインが並んでいる。


「いいか、貴様ら! 第一の試練は不甲斐ない結果に終わった! だが、第二の試練はそうはいかんぞ……真にアリシアを想うなら、彼女の心に咲く『一輪の花』を理解してみせろ!」


 お父様がモノクルを光らせ、南にそびえる噴煙たなびく山――『赫炎かくえんの火口』を指差した。


「第二の試練は、あの火口の内側にのみ咲く幻の花――『常若とこわか焔百合ほむらゆり』だ! マグマの熱を吸って咲くその花は、アリシアの『情熱』と『不屈の精神』を象徴するにふさわしい……明日の日没までに、最も美しい一輪を持ち帰った者に、次の権利を与える!」


「火山だと? 面白れえ、バーベキューのついでに獲ってきてやるよ!」


 ウォーレンが双剣を背負い直し、野性味溢れる笑みを浮かべて真っ先に飛び出した。テリオンも無言で黒弓を引き寄せ、影のようにその後を追う。

 カインは、呆れたように肩をすくめながらも、右手に漆黒の炎を灯した。


「……不作法な。兄上の使い走りをさせられるのは癪だが、あの不器用な二人組に花を獲らせるわけにはいかないからね……兄上が戻るまで、私が王家の誇りを守り抜いてみせよう」


 ◇


 赫炎の火口。


 そこは地面が熱を帯び、硫黄の臭いが立ち込める生き地獄だった。

 一歩間違えれば煮え滾るマグマへと滑落する過酷な断崖。


「……っ、この暑さ、ただの山じゃねえ……っ!」


 ウォーレンが焼けた鉄板のような岩肌に指をかけ、這い上がる。

 だが、灼熱の熱気に一瞬意識が飛び、足元の岩が不吉な音を立てて崩れた。


「――しまっ……!」


 身体が宙に浮く。

 死の予感がウォーレンを支配したその瞬間、強靭な力が彼の腕を掴んだ。


「……不作法だ、狼。足元の音も聞こえないほど、頭に血が上っているのか」


 テリオンだった。

 彼は崖に一本の矢を楔として打ち込み、己の身体を固定しながらウォーレンを吊り上げている。


「テリオン……テメエ、なんで助け……」


「……勘違いするな。お前に死なれては、アリシアが悲しむ。あの女に、不作法な『涙』を流させるわけにはいかない」


 テリオンがウォーレンを岩場へと引きずり上げた。

 二人の間に、これまでのような殺気立った敵意ではなく、妙に静かな「貸し」の空気が流れる。


 そこへ、上空から漆黒の火炎が降り注いだ。


「……させない。王家の独壇場にはさせないぞ」


 テリオンが黒弓を構え、宙を舞うカインを牽制する。


「……おやおや、仲良しこよしか? 兄上が聞いたら、お腹を抱えて笑うだろうな」


 カインが魔法で悠然と絶壁の頂点を見据える。

 そこには、マグマの照り返しを受けて鮮やかな紅に輝く『焔百合』が咲き誇っていた。


 そこへ、岩陰から音もなく現れたのは、またしても里を空けてやってきたサイラだった。


「テリオン!! 貴方の背中、熱で煤けてるわよ! 私が……私が守ってあげるわ!」


「サイラ!? お前、またか。里はどうなっているんだ。まとめ役が不在で、混乱していないのか?」


 テリオンの至極真っ当なツッコミに、サイラは一瞬狼狽したが、すぐに顔を真っ赤にして叫んだ。


「……! な、何言ってるのよ! これは……里の安全のための『火山活動調査』よ! 公務! 立派な公務なんだから! 決して、貴方が心配で……その、不作法なほどカッコいい背中を見に来たわけじゃないわ!」


 「不作法なほどカッコいい」と口に出してしまい、サイラはさらに顔を赤くする。


 彼女は熟練の狩人として、カインの進行を遮るための網を投げようとした。

 だが、その瞬間、彼女の視界に、激しい火花を散らして戦うテリオンの姿が入った。

 立ち昇る熱気に汗を滴らせ、険しい表情で弓を引く彼の、あまりにも逞しい背中。


(……っ!? あ、あの背中……テリオン、なんて……なんて素敵なの……っ!)


 脳内に「不作法な妄想」が駆け巡り、サイラの集中力は霧散した。

 彼女はテリオンの姿に釘付けになるあまり、自らの足首に網が絡まったことに気づかなかった。


「あ、あれ!? この……不作法な網、どうして……ひゃあっ!?」


 判断力が極限まで落ちたサイラは、自ら仕掛けた網に躓き、真っ逆さまに火口の斜面を転がり落ちた。


「……世話の焼ける……おい、狼、王子。あいつを助ける間、落石を抑えろ」


「チッ、また貸しだぞテリオン! ったく、あの女、テリオンが絡むとこれだ!」


「……兄上に、淑女を見捨てたなどと報告されるのは御免だ。協力しよう」


 三人が協力してサイラを救い出した混乱の最中、肝心の焔百合は激しい余波に煽られ、火口の底へと消えていった。


 ◇


 日没。


 焦げた匂いを纏ってカフェに戻ってきた男たち。

 彼らを待っていたのは、すべてを凍らせるような、清涼感あふれる香りだった。


 今日の一皿は、『焦熱を癒す、完熟ベリーとハニーミントの瞬間凍結ソルベ』。


 テリオンが以前届けてくれた月銀草の端切れと、新鮮なミントを合わせ、私の「焦がし蜂蜜」でシロップを作った。

 それを、イグニスが持ってきた氷魔法の魔石で一気に凍らせ、雪のような滑らかなソルベに仕上げたものだ。

 仕上げに、真っ赤なベリーを「焔百合」に見立てて飾り、少しのライムを絞る。


「さあ、皆様。一日の不作法な熱を、この一皿で鎮めてくださいませ」


 ウォーレン、テリオン、カイン、そして髪が少し縮れたサイラが、震える手でソルベを口に運んだ。


「……っ、冷てえ……! 身体の中のマグマが、一気に消えていくようだぜ。アリシア、あんたは氷の魔術師か何かなのか……?」


「……美味い。内臓が、息を吹き返すようだ。百合は、焦げ落ちてしまったが……この冷たさは、一生忘れないな」


「……ふん。兄上がこの味を独占したくなる理由、少しは理解できたよ……不作法なほど、私の心を見透かした味だ」


 お父様がモノクルを直し、厳かに宣言した。


「第二の試練……勝者、不在! だが、共闘して女子サイラを救ったその『不作法な団結力』に免じて、全員保留とする!」


「お父様、また保留ですの!?」


「ふはは! 文句があるなら、明後日の第三の試練で証明せよ! 第三の試練は……私自らが判定を下す『料理対決』だ! アリシアを最も幸せにする一皿を、今ここで証明してもらうぞ!」


 ◇


 一方、王都アストライア。


 煮え滾るような熱気が支配していた地下工房に、突如として静寂が訪れた。

 ルイが震える指先を原石から離すと、そこにはかつての禍々しい独占欲を吸い込み、純白に近いマリンブルーへと変貌を遂げた『蒼月の涙』が、精巧な指輪の台座に鎮座していた。


「……できた……ついに、成し遂げたぞ」


 ルイは呆然と、その光り輝く「誓いの証」を見つめた。


 精錬を始めてから一度も止めていなかった魔力の供給を止めた瞬間、どっと押し寄せる極度の疲労。

 けれど、彼の心に宿っていたのは、それらをすべて塗り替えるほどの圧倒的な歓喜だった。


 ルイは震える手で指輪を掬い上げると、吸い込まれるようなその輝きに、自身の「誠実」が宿っていることを確信する。

 

「見てくれ、バルト。石が……笑っているようだ。これはもはや、彼女を縛る鎖ではない。彼女をどんな闇からも守り抜く、私と彼女を繋ぐ『たった一つの光』だ」


 ルイの瞳には、熱い涙が滲んでいた。

 王としての権威でも、男としての身勝手な執着でもない。

 ただ一人の女性を幸せにしたいという、子供のように無垢で、けれど岩よりも強固な願い。

 それが形になったのだ。


「ルイ様、お見事です。これほどまでに澄み渡った魔力の結晶を、私めは一生に一度も見たことがございません」


「……ああ……すぐに行こう、バルト。馬の準備はいいか? 私の身体なら大丈夫だ。この輝きが温かいうちに、彼女に届けなければならない」


 ルイは指輪を胸元の大切な袋にしまい込むと、ふらつく足取りを気力で支え、工房を出た。


 朝焼けの光が王都の石畳を照らし始める。

 ルイは愛馬の首を優しく叩き、一気に跨がった。


「……待っていてくれ、アリシア。第三の試練……不作法な男たちに、私の『一等席』を譲るつもりはない。君の料理に一番に舌鼓を打つのは、この私だ」


 王は一陣の風となり、愛する人の待つ、不作法で賑やかな森へと駆け出した。

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