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店主アリシアは美味しく未来を調理する 〜婚約破棄されたのでカフェを開業したら秘密の上客に甘やかされて困ってます〜  作者: 白月つむぎ
第6章

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第11話 王の帰還、一度の跳躍と再会のキッチンバトル

 王都アストライアからの帰路、ルイは馬を飛ばしながら、懐にある指輪の重みを感じていた。


 三日三晩、己の魔力を注ぎ込み、不純な独占欲を「誓い」へと昇華させたあおき石。

 その輝きは、今のルイの心そのもののように澄み渡っている。


「……待っていてくれ、アリシア。この空白を、今すぐ埋めに行くよ」


 黄金色に染まり始めた国境の森を抜け、見慣れたログハウスと、煙突から煙をたなびかせる「カフェ・ヴァレンタイン」が見えた瞬間、ルイの瞳に宿る緊張が、ふわりと解けた。


 ◇


 その頃、カフェの裏庭。


 私は、火山から戻ってきた男たちがテラスにつけたすすの掃除を終え、一人でハーブの収穫をしていた。


 カインからは「兄上は大丈夫だ」と聞かされていた。

 けれど、耳に届くのは「王都の貴族たちが、陛下が辺境に留まることを快く思わず、強引に連れ戻そうとしている」という、身を切るような不安な話ばかり。


 もし、王としての責務が、私の差し出したこの「自由」を飲み込んでしまったら。

 彼が二度と、この不作法な森へ帰れなくなってしまったら――。


(……ルイ様。貴方は今、どこで何を想っていらっしゃいますの? もし貴方が王宮の奥深くで孤独に耐えていらっしゃるのなら、私は……)


 その時。

 遠くから、聞き慣れた蹄の音が響いた。


 最初は、自分の願いが生んだ幻聴だと思った。

 けれど、その音は次第に確かなリズムを刻み、私の鼓動と重なっていく。

 私はハーブの籠を放り出し、勝手口へと駆け寄った。


「……アリシア。ただいま。少し、遅くなったかな」


 馬を降り、土埃に塗れた旅装のままのルイ様が、そこに立っていた。

 少しやつれた頬、けれど私を映して優しく細められたエメラルドの瞳。


 その姿を見た瞬間、私の頭の中から、完璧に作り上げてきた「淑女の所作」や「落ち着いた店主」としての理性が、音を立てて崩れ去った。


「――ルイ様っ!!」


 マリンブルーの瞳に、堪えきれない熱い雫が浮かぶ。

 私はドレスの裾を思い切り掴むと、芝生の上で、一度だけ大きく、まるで空へと飛ぶかのように高く跳ねた。

 かつて、家を飛び出しこの森で自由を手に入れたばかりの頃のように。

 あるいは、それ以上に。

 抑えきれない喜びを身体全体で表現するように、私は、彼が戻ったという奇跡に歓喜した。


「本当に……本当に帰っていらした! ルイ様! お帰りなさいませ!!」


 私が宙を舞うように跳ねた様子を、ルイ様は驚きに目を見開いて見つめていた。

 やがて、彼は噴き出すように、けれどこの上なく愛おしそうに笑い声を上げた。


「……ふふ、あははは! アリシア。君のそんな風に全身で喜ぶ姿、久しぶりに見た気がするよ……なんだか、出会ったばかりの頃を思い出すな。あの時も、君はフライパンを振り回しながら、眩しいくらいに笑っていたね」


 ルイ様が悪戯っぽく、けれど深く慈しむように目を細める。

 私はハッと我に返り、頬を熟したトマトのように真っ赤にして、スカートを整えた。


「……っ。も、申し訳ございません。あまりに嬉しくて、つい……淑女としてあるまじき、不作法な真似を……」


「いや、いいんだ。むしろ、嬉しいよ。君にとって、私の帰還がそれほどまでの『喜び』であったのなら、王都での孤独な戦いもすべて報われるというものだ」


 ルイ様が静かに歩み寄り、私の乱れた銀髪をそっと整えるように手を置いた。

 旅の風の匂いと、微かに漂う魔力の残滓。

 その実在感に、私の目尻から一筋の涙が溢れた。


「……そうかもしれませんわね……最近は、この森での『自由』が、呼吸をするのと同じくらい、当たり前の空気のようになってしまっていましたけれど……ルイ様がいない数日間、私は自分がどれほど貴方の存在を……その、求めていたか、思い知らされましたの」


 私が俯きながら本心を零すと、ルイ様は力強く、けれど壊れ物を扱うような慎重さで私を抱きしめた。


「……私もだ。王宮の冷たい喧騒の中でも、私の芯にあったのは君の淹れる茶の香りと、君が微笑むこの場所の温もりだった……もう、君を一人にはしない。君が飛ぶなら、その隣で私も飛ぼう」


 ルイ様の胸の鼓動が、私の背中に直接響く。

 その温もりに包まれて、私の「不安」という名の暗雲は、一瞬で晴れ渡った。


「――おいおい。感動の再会に水を差すようで悪いが、王様……あんたが居ねえ間、俺も相当頑張ったんだぜ?」


 テラスの柱に寄りかかっていたウォーレンが、悔しそうな、けれどどこか安堵したような複雑な表情で現れた。

 その隣には、黒弓を背負ったテリオンが、カメリア色の瞳を細めて静かに佇んでいる。


「……戻ったか……ルイ。お前が不在の間、この森は随分と騒がしかったぞ。お前の代理が、中々に『不作法な熱』を持ち込んでくれたからな」


 テリオンがわずかに視線を向けた先には、赤髪の王弟カインがいた。

 カインは「兄上。せっかく私が完璧に代理を務めてやったのに、その疲れ果てた姿は何だ……不作法すぎる」と呆れ顔で皮肉を言う。


「ウォーレン、テリオン、それにカイン……みんな、相変わらずタイミングを見計らって現れるな」


 ルイ様が私を抱きしめる腕を解き、男たちを真っ直ぐに見据えた。

 そこへ、お父様がモノクルをキリリと光らせて、意気揚々と階段を下りてくる。


「おおお! ルイよ! よくぞ戻られた! これでようやく、本物の『決着』がつけられるというものだ!」


 お父様の背後からは、いつの間にか里を空けて居着いていたサイラが「ルイ……テリオンの最強のライバルが、本当に戻ってきたのね!」と赤紫の瞳を尖らせている。


 ◇


 お父様が掲げたのは、ヴァレンタイン公爵家の紋章が入った真っ白なエプロンだった。


「第三の試練……最終試験を告げる! その内容は……『アリシアを最も幸せにする、一皿の料理対決』だ! どんな宝石よりも、どんな甘い言葉よりも、この娘の心を震わせるのは『食』! 王様だろうが狼だろうが狩人だろうが関係ない! 今ここで、アリシアの心を……そして胃袋を掴んだ者に、私は最大の祝福を与えよう!」


「お、お父様!? 私、そんな審査員みたいなこと……!」


「黙れアリシア! これは父としての、そして一人の食通としての意地だ! ……さあ、求婚者たちよ! 厨房へ入れ!!」


 お父様の号令と共に、カフェの厨房はかつてない異様な光景に包まれた。

 夕焼け色の髪の王が袖を捲り上げ、夜空色の髪の狼が不器用ながらも真剣な目つきで包丁を握り、カメリア色の瞳の狩人が、誰も見たことのない森の秘薬のようなスパイスを並べる。


 さらには、カインまでもが「兄上、黒炎は火力が安定する。サポートするぞ」と、漆黒の炎をコンロに灯そうとしている。


「おーっほっほっほ! 見てご覧なさいジュリアン! 世界で一番、不作法で豪華な調理実習の始まりですわよ!」


 カトリーナが高笑いし、お母様が「あら、これは賭け金の上限をさらに引き上げないといけないわね……ふふ、実に愉快だわ」と、皿洗いの手を止めて帳簿を広げる。


 私は、厨房から漂い始めた香ばしい戦いの予感と、ルイ様がふとした瞬間にこちらに向けてくれた微笑みを前に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「……ルイ様……皆様……私の厨房を壊すことだけは、本当に、本当におやめになってくださいませね!!」


 私の叫びを合図に、前代未聞の「料理対決」という名の最終決戦が、今、幕を開けた。

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