表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
店主アリシアは美味しく未来を調理する 〜婚約破棄されたのでカフェを開業したら秘密の上客に甘やかされて困ってます〜  作者: 白月つむぎ
第6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

142/565

第7話 王都の孤独な魔力精錬、琥珀色の森と不格好な手作り弁当

 王都アストライア、その人跡未踏の地下深奥。


 伝説の彫金師の工房は、灼熱の火床と魔力の残滓が渦巻く、鉄と宝石の聖域であった。

 ルイは、バルトさえも遠ざけた密室で、手に入れた「蒼月の涙」を祭壇に捧げ、祈るように両手をかざしていた。


「……ルイ様。もう三昼夜、一睡もされておりません。これ以上の魔力供給は、精神の『核』を削りかねません」


 壁越しに響くバルトの懸念を、ルイは短く、けれど断固たる沈黙で撥ね退ける。


 原石「蒼月の涙」は、所有者の内なる独占欲やエゴを吸い込み、それを「守護の光」へと変換せねば、ただの呪いの石に成り下がる。

 ルイがアリシアを「檻に閉じ込めたい」と願ったあの醜い欲望を、彼は今、自らの魔力で一つずつ、誠実な「誓い」へと焼き直している最中だった。


 石が放つマリンブルーの閃光が、ルイの頬を鋭く切り裂く。

 意識が遠のくほどの疲労。

 けれど、目を閉じればそこには、森の朝陽を浴びてフライパンを振るう銀髪の少女の姿があった。


「……待っていてくれ、アリシア。この石が形を変えるとき、私は初めて、君の自由な魂と対等に向き合えるはずだ」


 滴る汗が祭壇に落ち、蒸発する。

 王は孤独な炎の中で、愛を「精錬」し続けていた。


 完成への道はまだ遠く、険しい。


 ◇


 一方、王都の静寂とは対照的な、賑やかな国境の森の朝。


 私がいつものように厨房の扉を開けると、そこにはあり得ない光景が広がっていた。


「……あら? 泥棒かしら、それとも新手の魔物?」


 そこにいたのは、夜空のような濃紺の髪を乱し、エプロンをこれ以上ないほど不恰好に巻きつけたウォーレンだった。

 カウンターには小麦粉が散らばり、肉を焼いたらしい脂の匂いと、少し焦げたパンの香りが立ち込めている。


「よお、アリシア……不作法に見つかっちまったな。まあ、そこでおとなしくしてろ。もうすぐ完成だ」


 ウォーレンは真剣な眼差しで、不格好に切った厚切りのパンに、これまた厚切りの猪肉を挟み込んでいる。

 スモークブルーの瞳は、まるで戦場に臨む戦士のように鋭く、けれどその指先はどこかぎこちなく震えていた。


「ウォーレン……貴方、何をしているのですの? 私の聖域をこんなに汚して……」


「テリオンが『コンポートが芯に残る』なんて抜かしやがっただろ。ああ、もう! 俺だってあんたに何かしてやりてえんだよ。だから、今日は店を休め。俺が、あんたを秋の特等席へ連れてってやる」


 ウォーレンが差し出したのは、木の皮で編んだ小さな籠。

 中には、不揃いな形をした、けれどたっぷりの肉と野菜が詰まったサンドイッチが、無造作に詰め込まれていた。


「……これ、貴方が一人で作ったのですの?」


「当たり前だろ。焦げたところは俺が食った。あんたには、一番マシなところを食わせてやりたいんだ」


 ぶっきらぼうに逸らされた視線。

 けれど、その頬が微かに赤らんでいるのを見て、私は武器フライパンを手に取る代わりに、小さく溜息をついて微笑んだ。


 ◇


 国境の森は、今や秋の深まりとともに燃えるような紅葉に包まれていた。


 足元でカサカサと鳴る落ち葉の音。

 見上げれば、カエデの葉がステンドグラスのように陽光を透かし、世界を暖かな黄金色に染め上げている。


「ほら、アリシア。こっちだ。ここは、俺がガキの頃によく隠れ家にしてた場所なんだぜ」


 ウォーレンは私の歩幅に合わせるように、時折立ち止まっては、張り出した枝を優しく避けてくれる。

 辿り着いたのは、森を一望できる小さな崖の上だった。

 眼下には、赤や黄色に彩られた森が、まるで波打つ絨毯のように広がっている。


「……綺麗。こんな場所があったなんて、知りませんでしたわ」


「だろ? さあ、座れよ。食おうぜ。味の保証はできねえけどな」


 ウォーレンは、自分が脱いだジャケットを地面に敷き、私を座らせた。

 私は彼が作ったサンドイッチを手に取り、一口頬張る。


「……っ、ウォーレン。このお肉の焼き加減、少し強火すぎますわよ。それに、塩気が強すぎますわ」


「……やっぱり不味いか?」


「……でも。お野菜のシャキシャキ感と、このワイルドなソースの絡み具合……嫌いじゃありませんわ。何より、貴方の不器用な努力が一番の隠し味になっていますもの」


 私がクスリと笑うと、ウォーレンはあからさまにホッとしたような顔をして、自分の分の巨大なサンドイッチを口に放り込んだ。


 ◇


 食後の静寂。

 琥珀色の光の中で、ウォーレンがふと真剣な顔をして私を振り返った。


「……アリシア。覚えてるか? 昔、あの花畑で、あんたが『私と結婚してくれる?』って言ったときのこと」


「……っ。そ、それは、幼い頃の戯言ですわ! 貴方こそ、忘れてると仰ったではありませんか!」


 私が顔を赤くして反論すると、ウォーレンはふっと目を細め、音もなく距離を詰めてきた。

 大型犬のような愛嬌が消え、そこには一人の男としての、飢えた狼のような鋭い独占欲が宿っていた。


「……忘れてるわけねえだろ。俺はあの時から、ずっとあんたを俺の『家族』にしたいと思ってた。王様が帰ってきて、あんたを王都へ連れ去っちまう前に……一度だけでいい。俺を、一人の男として見てくれねえか?」


 ウォーレンの逞しい腕が、私の背後の木に置かれる。

 彼の熱い呼気が私の頬を掠め、スモークブルーの瞳が至近距離で私を捉えて逃げ場を塞ぐ。


「……ウォーレン。不作法……ですわ……」


 私の心臓が、自分でも驚くほど激しく鼓動を打つ。

 彼の逞しい肩に指が触れ、ほんのわずかな距離まで彼の顔が近づく。

 

「……ダメですわ……」


 私は、彼の胸にそっと手を置き、それ以上の接近を拒んだ。


 否定はしなかった。

 彼の腕の温もりも、その熱い視線も、決して嫌なものではなかったから。


 けれど、私の胸元で揺れる「ルイ様の鍵」が、重みを持って私の肌を叩いていた。


「……私は、まだ『答え』を出せませんの。ルイ様が戻り、すべての不作法な決着がつくまで……私は、誰のものでもありませんわ」


 ウォーレンは一瞬、苦しげに目を伏せたが、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべて身を引いた。


「……ははっ。さすがはアリシア・ヴァレンタインだ。ガードが固えな。だが、いいぜ。あんたが誰を選ぶとしても、俺は最後まで、あんたの隣に居座ってやるよ」


 ◇


 夕刻、琥珀色の光が紫へと溶け始める頃、私とウォーレンはカフェへと戻ってきた。


 ウォーレンが空になった籠を抱え、私が少しだけ乱れた髪を直しながら勝手口をくぐると、そこには「最強の布陣」が待ち構えていた。


「あら。お帰りなさい、アリシア。ずいぶんと頬が赤いけれど……秋の陽射しはそれほど強かったかしら?」


 お母様が、エプロン姿でジャガイモを剥きながら、氷のような瞳に愉しげな光を宿してこちらを見ていた。

 その隣では、クラリスが汚れ一つない雑巾を絞りながら、淡々と口を開く。


「……お嬢様。お洋服の背中に小さな木の葉がついております。それほどまでに熱烈な『自然観察』をなさっていたとは、感服いたしました」


「……っ! クラリス、お母様! これは、その、不作法な狼が勝手に連れ出しただけで……!」


 私が慌てて弁明しようとすると、カウンターの隅で紅茶を飲んでいたカトリーナが、扇子で口元を隠しながら高らかに笑った。


「おーっほっほっほ! 見苦しいですわね、出来損ないさん! まるで森の獣に追いかけ回された仔鹿のようですわよ」


「……ちぇっ、外野がうるせえな。アリシア、また明日な。次はもっと美味いもん食わせてやるよ!」


 ウォーレンが照れ隠しに私の頭を乱暴に撫で、逃げるように去っていく。

 私は赤くなった顔を両手で押さえ、立ち尽くすしかなかった。


 賑やかで、不作法で、少しだけ胸が痛むこの日常。


 ルイ様。

 貴方のいないこの店で、私は少しずつ、自分の心がどこへ向かおうとしているのか、分からなくなってしまいそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ