第4話 勇者と小さな探検家、「黄金」の秋の味覚
空の青さが深まり、風の中にひんやりとした秋の気配が混ざり始めた。
国境の森は、夏の終わりの濃い緑が、じわりと琥珀色に解け出す端境期にある。
朝露に濡れた土の匂い、熟れすぎた果実が発する芳醇な香り。
季節の歯車が静かに回る音を、私は裏庭の菜園で聞いていた。
そこには、かつて「死」と「戦い」の気配を纏っていたはずの男たちが、不作法に、けれど実直に土と向き合う光景が広がっていた。
「……ふむ。カボチャの蔓が、重みに耐えかねているな。これ以上放置すれば、大地の滋味が逃げる」
アッシュグレーの長髪を無造作に結んだイグニスが、黒いコートを脱ぎ捨て、鋭いダガーではなく使い古された剪定鋏を手にしていた。
彼は獲物を仕留める時と同じ鋭い眼差しで、見事に熟したカボチャを見極め、丁寧に収穫していく。
「ガハハ! イグニス、そんなに神経質になるな! この大地の恵み、我の力で根こそぎ掘り起こしてくれよう!」
二メートルを超える巨躯を揺らし、ゾアが深緑の鱗を陽光に輝かせながら土を掻き分ける。
彼の太い腕に抱えられているのは、泥のついた大きなサツマイモや、瑞々しい秋のナスだ。
戦士の黄金の瞳が、収穫という名の「戦勝」に輝いている。
そんな賑やかな庭仕事の最中、森の入り口から懐かしい鈴の音と、元気な歌声が響いてきた。
「あーるーけー、あーるーけー! お姉ちゃんにー、あいにいこうー!」
新緑ならぬ琥珀色の落ち葉を踏みしめて現れたのは、小さな荷車を引いたミシェルちゃんと、その母親のエメラダだった。
「お姉ちゃーーーん!!」
ローズピンクの瞳を輝かせ、ミシェルちゃんが一直線に私のもとへ駆け寄ってきた。
春の時より少しだけ背が伸びた彼女は、荷車から元気よく飛び降りる。
「あら、ミシェルちゃん! お久しぶりですわ。またお土産を持ってきてくださったの?」
「お久しぶりです、アリシア様。秋の植え付けに最適な、白菜とブロッコリーの苗を持ってまいりましたの」
エメラダが上品に微笑み、荷車の覆いを取る。
そこには、これから訪れる冬を見据えた、力強い緑の苗たちが整然と並んでいた。
だが、ミシェルちゃんの興味は既に苗よりも「庭の住人」へと向いていた。
彼女の視線が、カボチャを抱えたまま固まっているゾアに釘付けになる。
「……わあぁっ! おっきい……おっきいトカゲさんだ! ドラゴンの赤ちゃん!?」
「なっ……! お、幼子よ、言葉を慎め。我は誇り高きリザードマンの戦士、ゾアである!」
ゾアが慌てて胸を張るが、両手には土のついたカボチャ。
威厳を保とうとするほど、どこかコミカルに見えてしまう。
ミシェルちゃんは恐れるどころか、目をキラキラさせてゾアの足元に擦り寄った。
「かっこいいー! おてて、ざらざらしてる? しっぽ、触ってもいい? ねえ、お空飛べるの?」
「……主よ! 助けてくれ! この不作法な幼き探検家に、我はどう接すればよいのだ!?」
戦場では数多の敵をなぎ倒してきた猛将が、五歳の少女に詰め寄られ、鱗を逆立てて狼狽している。
その様子を見て、イグニスがふんと鼻を鳴らした。
「……戦士が聞いて呆れるな。ほら、幼子。そいつの尻尾を引っ張ると火を吹くぞ」
「嘘を教えないでくださる!? イグニス、貴方も手伝いなさい!」
◇
最高の苗を届けてくれたお礼に、私は今しがた収穫したばかりの野菜を使って、贅沢な昼食を用意した。
今日の一皿は、『秋の実りと黄金カボチャのバターコンフィ・焦がし蜂蜜ソース』だ。
まずはゾアが掘り出したサツマイモとカボチャを、贅沢な厚切りにする。
それを、先日リルムからもらった「黄金のバター」をたっぷり溶かしたフライパンに入れ、極弱火でじっくりと熱を通していく。
バターの泡がシュワシュワと野菜を包み込み、野菜自身の水分で蒸し上げるように加熱することで、カボチャは驚くほどホクホクとした食感に、サツマイモは蜜のような甘さに変わっていく。
そこへ、ウォーレンが届けてくれた猪肉の塩漬けを加え、旨味を野菜に染み込ませる。
仕上げに私の「焦がし蜂蜜」をひと回しし、イグニスが育てた香草を散らせば、甘美な香りがテラスいっぱいに広がった。
「さあ、皆様。秋の目覚めを丸ごと召し上がれ!」
テラス席に並べられた黄金色の料理に、ミシェルちゃんが「キラキラしてる……!」と声を上げた。
「……おいしいっ! お口の中で、お星さまがとろけちゃうみたい!」
ミシェルちゃんが頬を膨らませて笑うと、ゾアが恐る恐る隣に座り、自分の分のカボチャを彼女の皿に分けてやった。
「……幼子よ。しっかり食べろ。強くならねば、リザードマンの戦士にはなれんぞ」
「うん! わたし、トカゲのお姉ちゃんになる!」
「なっ……お、お姉ちゃん……?」
ゾアが困惑しながらも、どこか嬉しそうに鼻先を震わせる。
エメラダもまた、野菜の滋味に瞳を細めていた。
「アリシア様、本当に素晴らしいわ。このカボチャ、あんなに不器用そうに育てていたイグニス様の愛情が、そのまま味になっているようですわね」
その言葉に、テラスの隅で黙々と食べていたイグニスが、居心地悪そうにコートの襟を立てた。
◇
陽が傾き始めた頃、お腹も心もいっぱいになった二人が帰路につく。
「またね、トカゲのおじちゃん! つぎはしっぽでお馬さんごっこしてね!」
「お、おじ……さらばだ、勇ましき幼子よ。次は我も覚悟を決めておこう」
去っていく二人の背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。
穏やかで、美しい日常。
けれど、背後からは再び「不作法な男たち」の熱い視線が突き刺さる。
「……アリシア。今の見てたか? 俺なら、ミシェルちゃんみたいな子供とも、もっと上手くやれるぜ。なんなら、俺たちの子どもも――」
「ウォーレン、薪を割る手が止まっていますわよ……クラリス、彼に二倍のノルマを」
「畏まりました、お嬢様」
クラリスが淡々とメモを取る。
その横で、お母様が愉しげにジャガイモを剥きながら、お父様に囁いていた。
「……あなた、見ました? ウォーレンのアピールに、アリシアがフライパンではなく『業務命令』で対抗しましたわ。これは私の勝ち、ということでよろしいかしら?」
「いやいや。テリオンがさっき、さりげなくアリシアの髪についた土を払ったのを見逃さなかったぞ。私の『静かなる狩人推し』は揺るがないね」
「……もう! お父様もお母様も、そんな賭けはやめてくださいませ!」
私は赤くなる顔を隠すように、空になった皿をまとめて厨房へと逃げ込んだ。
忙しく洗い物を始め、不意に手が止まる。
胸元の「鍵」に指が触れた。
ルイ様。
賑やかな仲間たちがいて、美味しい料理があって。
この店は今、一年前には考えられないほど温かな幸福に満ちています。
けれど……賑やかであればあるほど、貴方のいない「一席」の静けさが、胸に冷たく響くのです。
私の想いは、この秋の風に乗って、遠い王都の石畳を歩いているであろう貴方の隣へと、吸い寄せられるように馳せてしまう。
貴方は今、何を見て、誰を想っているのでしょうか。
早く、貴方の「答え」を持って、この不作法な日常へと帰ってきてくださいませ。




