0274 鉄血(てつち)に躙り縊らる救貧ノ院(5)
……何がどうしてこんな羽目になったのか。
【伴星旅団】所属の魔法戦士ルパルト=カル・ティロは、【空間】魔法――とは厳密には違うらしいが――による”転移”がもたらす本能的な酔いに軽い眩暈を覚えつつも、亡き友シェラザッドが乗り移ったかのようなそんな皮肉を心中に吐き出した。
歪む空間。霞む五覚と、肉体が存在そのものを引き伸ばされながら、通れないはずの針穴を通るために全身が繋がったまま粘土の粒のようにばらばらにされたような感覚と共に。
まるで風景が、一瞬絵の具を水に撒いたように溶けて解ける。しかし瞬時のうちのグラデーションの如く、異なる景色が再び像として結ばれるが如く――そういうところだけは実に【騙し絵】式っぽくも感じられる、本家本元の【転移】術――視界の端に、見えない蝶々の鱗粉のように銀色の煌めきが迷走する軌跡を引きながら。
緩慢に、だが刹々と、彼と彼の仲間達が居た”世界”が切り替わる。
のとほぼ同時、いや、合わせた。
≪――共同詠唱の最終、了。【魔法の矢】の『土・氷』の束ね、≫
「――いざ放てェッッ!」
隊長――ではなく”団長”ことヒスコフの号令一下。
崩れ行く救貧院の区画と区画を結ぶ主廊下の瓦礫飛び交う只中、【伴星旅団】員達は、既に喚び出される前から【闇世】側で共同詠唱を終えながら、その詠唱のための陣形を組んだ隊形のままに出現。と同時に魔素の奔流が総勢6名の意思によって束ねられるが如くに発火し、自然法則を歪める超常として発現。
生み出され、沸き起こる粗粒なる土礫と氷礫の混合残滓的粉塵が副産物的な煙幕として振りまかれながら、この半壊した瓦礫を生み出した張本人――といっても数メートル程度の距離もない――破壊の対岸に居る【魔人】ネフェフィトの周囲。今まさに、その半透明的な空間上の重なりを展開するかのようにバラけようとする軌道を取った「武器眷属の響像」達の中心目掛け、氷原で氷土砂でもかき集めて急造したバリスタ矢の矢の如き魔導の質量塊が、豪、と叩き込まれたのであった。
だが着弾を見届けることはない。
ルパルト自身も含め、既に複数の感知魔法を走らせながら散開しており、その情報は、そうと念じた瞬間には既に旅団を構成する6名……否、彼らを支援する迷宮の眷属達が【人世】であると【闇世】であるとを問わずに”収集”してきた情報ごと――の頭の中で、複数名が同時に会話しているかの如くに響き渡り、しかし現世でそうした場合に予測されるような混乱も、無い。
「会話」とはある種の比喩に過ぎないのだ。
実際には――楽師蟲アインスの能力により――種の壁を超えた”情報”の渦が、五感と魔素感覚や運動神経やらあらゆるその外側の自身の身体コントロールに対する「こうしよう」という意思を決定する、そのような段階に直接挿し込まれるかのような感覚だからである。
それはヒスコフ団長を含め、他の5名の団員もまた同様。
同様どころか、このわずかな間、初撃でなるべく大技を共同詠唱で叩き込んで相手の隊形を乱しつつもその個別の反応・対応そのものを複数名――”エイリアン”達込み――で観測しながら、周囲の地形に合わせた半包囲に散開しつつ、こちらも対応を変化させる。
――そしてその中で、既に”次”の詠唱を各自に済ませている。
ネフェフィト当人は手持ちの武器系眷属のうち実体を持った個体の柄を蹴るようにして跳び上がって【魔法の矢:束ね】を避け、実体持ち達がそれに追随する。他方で「響像」達の反応は分かれ、着弾と飛散する質量と属性魔力の衝撃に対して半身を傾かせて受け流すものや、飛び退きつつも衝撃を受け流しきれずにその”像”がまるで硝子のように割れたり砕けたりするもの、そのような個体をかばうように回り込むものなど、様々に反応が分かれた。
≪……砕けるなら、斃せるってことでいいんですかね?≫
≪血は流れてないようだがな≫
≪回復し始めてるぞ、予想より早いぞ!≫
≪そのまま襲ってくるつもりだな? ルパルト、ギデック、ジュリィノは【魔剣】で受けろ。他は予定通りに妨害魔法をぶつけてやれ≫
「承知!」
ルパルトのみ眷属心話ではなく実際の発声で応え――大した違いはないが――団員6名は前衛と後衛に半々に分かれる。砕けた半身がみるみる修復されながら、しかし完全な回復を待たずに「折れた刃」が振るわれるが如く襲い来る数体の眼前に飛び出したルパルトらは【魔剣:氷】をそれぞれに展開。合わせて、彼らが仕える迷宮が過去の戦いの中で鹵獲していたらしい業物の剣をもう片手に二刀で構えた。
その目的もまた、応戦しつつ”観測”するためである。
そしてルパルトら前衛は、あらかじめ共有されて学習し幾度も模擬戦闘をこなしていた通り、相手を浮遊する凶器や空を飛ぶ魔獣としては引き受けない。
あれらは、言うなればその姿は目に見えぬ剣戟の達人によって振るわれている対人戦の軌道として理解するべきなのである――という「仮説」を採用するという、迷宮領主オーマからの強い意思が眷属心話の空間内に”情報”として響き渡ったからである。
――正直、少しキツいと感じていたのは事実である。
共同詠唱の初撃で散らしたとはいえ、相手は、ざっと目算するだけでも響像だけで十数体。
半壊したとはいえそれが自己修復しながら数体ずつ飛来してくるものを――瓦礫の配置まで見越して最も狭い少数で迎撃しやすい箇所に陣取っているが――叩き返していくのは骨が折れる。
しかも、その生ける剣戟達の軌道がやや不規則であり、受けきれずに浅くではあるが斬られるという応酬が続いていたからだ。
だが、そうした文字通りに血を流しながら得た情報が即座に対処戦術に転換される。
なるほど、あれを凶鳥の類ではなく、姿なき剣士を相手にすると見るならば、斬り結び方や合間で魔法を叩き込む呼吸もまた確かに変わりうる。もっとも、この空飛ぶ武器どもは己が「凶鳥」的でもあると自覚しているのか、単に人間の剣士では絶対に不可能な軌道も意図的に行ってはくるのだが。
――だが、こうした情報分析の恐るべき速さこそがこの迷宮が持つ異能のようなものだ、とルパルトは改めて戦慄を感じていた。
初撃で共同詠唱を叩き込むその前後から、エイリアン達はずっとその独自の感知能力によって、あの浮遊する武器系の魔獣達がどのような性質を持つのかを、魔法的な性質も当然に含めて、ずっと観察していたのだ。
否、観察と情報交換をほぼ瞬時かつ同等かつ多重的に同時に行っており、その一部として【伴星旅団】たる自分達の投入もあったのである。
結果、このわずかな交錯の間に、その性質をも見極めることが、できている。
別にルパルト自身が”達人”となったわけではないが――それでも人並みに魔法と武術を亡き友と磨き合った、その”記憶”はちゃんとあるが――それでもその剣身や白めく刃の軌跡だけを凶獣の爪牙の如く眼で追っていれば不意を衝かれたであろう幾つもの連撃(何なら柄による打撃まで繰り出してくるのである)を前衛3名は捌き、ヒスコフら後衛に回った者達からの各種の妨害魔法が放たれる。
……そのどれが通り、どれが通らず、有効なのか、効くならどの程度まで効くのか、もまた今この瞬間すべてエイリアン達によって観察されている。
【人世】でのやり方と仮に比較するならば、およそ、ある魔獣の性質調査を非戦闘員であるような者まで含めて十数人がかりで徹底的に研究・分析する作業が――戦いながら同時に、それも即時に後方で行われており、絶えず、その「成果」が最前線の自分達の脳裏に直接無理無く恐ろしすぎるほど自然に挿し込まれてくる、とでも言えばルパルトの戦慄は団員以外の知己に伝わるだろうか? と、再びそのように、つまり死んだ友だったら今どんな皮肉を言うだろうか思考する。
――流石に慣れた。
と言いたいのだが、この実戦の場で改めてその有効性を、文字通り全身全感覚に叩きつけられ再認識させられた思いである。
≪【紋章石】が子供の玩具に見えてきますな、隊ちょ……団長≫
≪それは言いすぎだ、と言いたいがな。たとえディエスト家本家の高品質な「通信」魔法であっても、ここまでの速度と、同時性と、何より”柔軟さ”は無理だろう≫
≪違いありません≫
流石に、慣れた。
ヒスコフ、ルパルト達の新たな主である【エイリアン使い】オーマは、意外なほど正直に開示してくれていたのだ。
あの聖山ウルシルラを巡って”氷の竜”などという化け物を、さらに二重三重に雲上の頭顱侯達が陰謀を巡らせあった死地にあって、オーマ率いる【異星窟】が彼らに何をしたのか。
彼らの頭の中身と、さらに言えば”記憶”に対しても何をしたのかということを、だ。
ひどく気味悪い話ではある。
だが、ルパルトも、ヒスコフも、そして今も【闇世】側で待機しており己が投入されるタイミングを今か今かと待ちわびているあの「デカブツ」も――器用に眷属心話の領域でも吠えている問題児――頭の中には極小の『寄生エイリアン』を埋め込まれ、脳と融合させられていたのだ。
それこそが、このような形で【エイリアン使い】の迷宮の意思とでも呼ぶべき、思考と会話と翻訳の空間とを、脳裏へ直接に接続する媒介の正体である。
その故の、この連携である。
ディエスト家隷下掌守伯ロンドール家の家兵であるとはいえ、都市付きであり、相応の精強さを保っていた「魔法兵部隊」としての練度と隊形が、【エイリアン使い】の眷属達の集団戦闘能力と、そのままに、連携させられていた。
ルパルト自身は直接訪れる機会はさほどなかったが、それでも、広いようで狭い都市である。
知己を辿れば世話になっている者もいくらかは居たのがこの救貧院だが、その一画が――今も視界の端で――血飛沫を撒き散らしてもつれ暴れる2体の吸血種の少年少女によって不安定な瓦礫の戦場とされていた、その真っ只中に放り込まれたのだ。
現実の実戦でならば、敵中不利からの相応の苦戦は必至だろう。
だが、そのような人間の常識は【闇世】の迷宮同士の抗争というものには通用しないらしい。放り込まれた直後に、どこにどのように散開するか、共同詠唱とその打撃を与えた後に相手の反応に応じたいくつかの迎撃パターンとそのための「配置」はあらかじめ組まれており、そして、それは既に無理のない形で団員達の頭の中に作戦共有されていたわけであった。
詰まるところ、それが、あの【闇世】でルパルト達に与えられていた”訓練”である。
【騙し絵】家顔負けの隔離空間めいた”闘技場”――【エイリアン使い】が【性能評価室】と呼ぶ――領域で、考えうる限りの様々な組み合わせでの”組手”を、幾度やらされたのかもわかったものではない。
つまり、あらゆる系統のエイリアン達と敵味方に分かれた組み合わせで相対し、混成も含め、あらゆる隊形や戦闘の流れと連携の手順を、リュグルソゥム家が教官役となって叩き込まれてきたのであった。
そしてその”訓練”には、迷宮領主オーマから「徹底的にしごいてやれ」と、あの恐るべきおぞましき”名付き”達に特別に指令が与えられてしまった不運なる吸血種の少年ユーリルも含まれている。
……よもや神の似姿の大敵である吸血種の小僧などと共闘することになろうとは夢にも思わなかったルパルトである。
だが、その故に。
血でできた網に捕らえられながら、それを四肢を振り回してぶち破り赤をぶちまけながら猛然とアシェイリ――吸血種の『狂戦士』少女がルパルトらが武器の響像どもを迎え撃つ最前線のど真ん中にその存在そのものが凶器である大豪斧ごと錐揉みしながら降って来る。
それを追撃するようにユーリルもまた血刃・血槍を生み出し、さらには空中で血を噴射する勢いで加速しながら降り立ってくるが、既に吸血種の少年と旅団の間にも奇妙な呼吸の阿吽が積み重なっていたわけである(あの「しごき」の中で、否が応でも)。
故に、ルパルトらは眷属心話による通信を待つことすらなくその身を翻してその血の隕石とでも呼ぶべき乱入を躱す。と同時に、響像どもの剣戟を受けながら少しずつ立ち位置を退かせ、着弾地点にまでその一部をおびき寄せていたのだ。
案の定、狂戦士はその「狂」の字に紛うことなき絶叫を上げながら、半分空間に固定されまた半分が中途半端に透けている響像達を、狂人が拘束具を本能的に破壊したがるかのような怒りのままに振り千切るように蹴散らす。
それでも、目に見えぬ剣戟の使い手達はそのまま破壊されることを良しとせず、しかし吸血種2名による血の応酬と、人間と同じ姿形をしていながら人間の形を前提としない動き(アシェイリの自壊を厭わない剛撃を見よ)にやや戸惑ったかのように大げさに不規則な曲線軌道で逃げ散り――そこに狙いすました【伴星旅団】からの各個の【魔法の矢】が突き刺さる。
しかも、今度はそこに【均衡】属性の妨害魔法を混ぜ込んだ代物である。
――如何なる手段によって?
アシェイリの返す大斧によって切り裂かれ、ぶち撒けられたるユーリル少年の体内に刻まれていた【血管魔法陣】が、千切れ飛んでその魔法陣としての意味を失う寸前に――それぞれの【魔法の矢】に”ブレンド”されたのである。この手ばかりは種々の響像達も予期の埒外にあったらしく、目に見えて効果を発揮し、幾つかが撃墜されて苦悶に震える硝子のように割れ砕けてひゅうひゅうと谷間を吹き抜ける怪音のような断末魔を残して半壊して床に墜落していくのが見えた。
≪――来ますよ、団長≫
その様子を空中で実体の武器眷属達の上を曲芸のように飛び移りながら睥睨していたネフェフィトが、好戦的に微笑むままに。
響像の掠れたような軌跡ではない真なる白刃の剣軌が踊り狂う動跡が、血煙を千々に切り払いながら視界の央に突貫してくる、その間合いにまさに合わせて。
≪絶妙の頃合いだ。出番だぞ、デウマリッド!≫
団長ヒスコフの合図に合わせ、再び【空間】が歪む。
だが、今度のそれは【異界の裂け目】を通る際の――あの例えるならば”原初の【空間】魔法属性”としか言いようのない銀色のもやとたゆたいに包まれ時間感覚さえも曖昧にされたままに、世界の中に再び再構築されるような感覚とは少々異なる。
戦況の中、エイリアン=ネットワークを経由することで、最善かつ最速の経路によってルパルトら前線担当が支えていた地点まで、音もなく――だが【空間】の歪みは残したまま――その”扉”を移動させてきていた1体の次元拡張茸である。
ネフェフィトが生ける剣戟の小さき暴風めいて突貫してきたその眼前。
まるで眼には見えぬ巨大花の蕾が眼には見えぬ花弁を広げる、かのような【空間】の亀裂が出現。
「この時をォォォ――ッッ! 俺は待っていたぞァッッ!!」
などという、誰が発したものだかもはや考えることをやめたヒスコフの気持ちがわかるようになったルパルトにとっても明らかなる怒号と雄叫びと共に、北方の凍れる呪われた海の出身である縦にも横にも偉丈夫たる巨漢ことデウマリッドが。
ルパルトの見間違いであるのか、今まさに次元の”扉”を開こうとしていたところを内側からその吠声によって強引に揺すぶって撓ませて突破したかの如く、硝子細工を粉々に打ち壊す無法者を思わせるような、全身に裂傷ができるのも厭わず爆裂と共に飛び出してきたのであった。
「は? なんだこのデカブツ――!?」
共同詠唱を寸前で溜めていたヒスコフらと同様。
デウマリッドもまた技能【海嘯甲冑】にその身を固め、潮めいたかのように圧縮された蒸気を蜃気楼の煙幕であるかのように噴き出しながら、剣戟の鉄風となって突っ込んできたネフェフィトらを真正面から受け、止め、露出していた皮膚を筋肉を切り裂かれながらもその十数振りもの初撃を全て受け切り、あるいは振るった鉄槌と噴き出した海水の蒸気によって軌道を捻じ曲げ叩き落としてみせたのである。
ただし、ネフェフィトに関しては伊達に【鉄使い】に仕える従徒たる魔人ではない。空中で踊りというよりは曲芸の如く身をひねる、と共に掴んだ一振りの踊る刀剣で鉄槌の横っ腹を突き崩すような一撃を放ち、デウマリッドの剛力の軌道を抑制。
自分にとって都合が良い位置に振り抜かせるや、その先端に、タンッと軽靴のかかとで飛び乗ってみせたかと思うや、自らも剣を振るう指揮者として、周囲の武器系眷属達への指揮を兼ねる斬撃をデウマリッドの頭部に見舞う。
だが、彼女の予想に反して武器系眷属達の反応が鈍い。
踊る刀剣達はまるで酩酊したかのように軌道が逸れて遅れ、ネフェフィトの呼吸にワンテンポ足りず、どれかはデウマリッドの首を切り裂くはずだった連斬を順番に手や肩の甲で受けられてしまう。
背後から狙ったはずの裏切りの画戟はあろうことかデウマリッドとは真反対の虚空を串刺しにし、後家潰し網もまた狙い定めた先が人間の胴体2、3人分はズレた箇所に飛び出すことで、全く拘束の役に経たずに”自己回収モード”に移ったところを、身体強化魔法によって颯爽と走り抜けてきたルパルトによってずたずたに切り裂かれてしまう。
だが、足を掴もうとしたデウマリッドの手首を蹴り飛ばしながら後方宙返りをするが如く距離を取ったネフェフィトの顔に浮かんだのは、ひょいと眉を上げたような戦闘的な喜色だった。
――果たして、彼と彼女の間に、戦い相対する者としての気質の近さの共鳴があったのか否か。
ニィっと笑ったデウマリッドが、ヒスコフの一歩退けという指示を無視してネフェフィトに真正面から突撃する、と同時に再びその吠声を――圧縮された呪文、否、呪哮とでも呼ぶべき彼の独特の大喝(デウマリッドが自ら呼ぶところの『呪歌』である)を放つ。
そしてそれに中てられたかのようにネフェフィトの周囲に群れなす蜂の如く舞い戻った「実体」持ち達が、また、揺さぶられたように酔い崩れる。が、彼女が何事かを呟き――技能の発動である――気合を入れ直すかのような眼光で武器系眷属達を見据えた瞬間、一様に、まるで恐ろしき監督に鞭で叩かれた奴婢達が如くにシャキりと立ち直り、デウマリッドの突撃をそれぞれ別角度から切りつけあるいは叩きつけて砕きずらし、ネフェフィトが横薙ぎに斬撃を食らわせながらすれ違う。
だが、浅い。
凶獰に口角を釣り上げ、戦士の大笑で以て答えるデウマリッドにネフェフィトは吐き捨てるような、だが楽しんでもいるような声を上げる。
「硬いなぁ、硬すぎるだろ、どんな”腹”してんだよお前! 何を食って溜め込んだらそうなるんだ!?」
「溜めちゃあいないんだぜ? 娘っ子よゥッッ! こうしていつだって吐き出すのさッッ!」
吠えるや否や、半鎧の継ぎ目から潮めいた蒸気が荒々しく噴き上がり、その周囲の刃筋そのものが三度再び酔ったように軌道をぶれさせる。
もしも武器系眷属達の軌道が、その全てではないにせよ、さながら”本当に”透明な剣士によって振るわれる――とでも呼ぶべき性質がその正体であったとするならば。それが霊体だろうと、透明な魔獣だろうと、遠隔操作の類だろうと、ともかくそこに超常の原理が働いていることだけは確かだった。
そしてその仮定こそが、デウマリッドに「次元空間」の中で【海嘯甲冑】を発動したまま待機するよう伝達された理由でもあった。
噴き出す蒸気そのものと、彼が持つ「呪歌」の力が――ヒスコフはともかく、ルパルトには今ひとつまだ理解ができていなかったが――その「剣の持ち手」であると認識され得る何か、魔導か、はたまた【闇世】の迷宮法則の顕現的習合物とも呼ぶべきものを、散らしてみせたのである。
姿の見えぬ剣戟の”持ち手”はその構成単位を直接叩き揺さぶられ、あるいは、蒸気の煙幕によって目を潰されたようなもの。
それが武器系眷属達が突如酔い崩れたように軌道と挙動が不安定化した所以であり、デウマリッドをその能力ごとこの場に適用するための【エイリアン使い】オーマからの指令であったのだ。
そしてこの間、デウマリッドにネフェフィトを押し付けながら、【伴星旅団】は波状攻撃を繰り返してくる響像達を逆に徐々に追い込んでいた。
要は、デウマリッドがネフェフィトと彼女の指揮する実体武器系眷属群という後方戦力を押し込むのに合わせ、響像達を一気にその両者が斬り結ぶ領域へ――デウマリッドの「呪歌」がより強く効く領域に追い立てるように撃退し、また、徐々にその距離を詰めていったのである。
これが効いていた。
迷宮はその【領域】にあってこそ、その常人にも他の迷宮領主にも容易には理解し得ない、独自の超常の法則を発揮する。それは裏を返せば【領域】から離れて活動するためには相応の工夫が必要であるということ。
【鉄使い】の、少なくともこの場に顕現した戦力の大部分である響像達の、その半透明的な存在と空間の響きと揺らぎに依存する在り様にとって、デウマリッドが持つ「呪歌」の性質――正確には魔力ではなく【名】を散らすらしいが、ルパルトの理解を超えていた――がよく”刺さった”。
そしていささか刺さりすぎたが故か。
あるいは、一応はデウマリッドもまた【団員】であるということで、その好戦的な雄叫びがエイリアンネットワークを介してヒスコフやルパルトにも知らず好戦的な精神影響でも醸したか、武器系眷属集団の奇襲の優位性が完全に封じ込められ、追い込み漁化した戦況にあって、場を包む戦闘の熱狂は更なる高潮の気配を示していく。
それは決して、どれだけ感覚遮断の魔法を使っても、人間の本能にこびり付いて離れない、血のにおいというものが吸血種同士の血戦によって濃密に場に満たされていたことの影響も、指摘しないではいられないだろう。
都度、異なる軌道で武器系眷属達を纏い跳びながら仕掛けるネフェフィトを、デウマリッドが剛撃と呪歌による瞬間的な魔力法則一般に対する散らしの効果で撃ち払う応酬が繰り広げられる。
アシェイリの狂とは異なり、純然たる戦闘の喜びに興じているかのような戦闘狂2名はかたや不敵に、かたや獰猛に笑いながら、しかし成しているのは命のやり取りである。わずかでもデウマリッドの鉄槌がネフェフィトの薄防備を撃ち抜けばその骨と肉は砕けるであろうし、欠片でも「呪歌」による武器系眷属達の軌道の狂わせが読み切られて連斬の呼吸が合わせられれば、デウマリッドはまたたく間に膾斬りにされることだろう。
だが、双方ますますエスカレーションする応酬を加速させていく。
そしてそこに、ヒスコフ・ルパルトらによってネフェフィトとデウマリッドの周囲に一気に追い立てられて呪歌による存立原理そのものへの妨害に晒された響像達だったが、ネフェフィトの一笑の下、その軌道を大きく変化させる。
響像達は己の透明度を、半透明からより大きな透過に一時的に変え、同種の――踊る刀剣なら踊る刀剣の――”実体”を持つ武器系眷属に空間ごと重ね合わせていったのである。
つまり、見た目は1本の刀剣であるが、その同じ空間には何振りもの響像達が重なって存在している。そしてこの響像の「多重襲」状態となった襲踊る刀剣を飛ぶ鳥を捕らえる捕食者のように無造作に掴むがままに振るったネフェフィトの一撃が、反響と残響の共振とも言える衝撃波を発しながらデウマリッドの鉄槌を触れるがままに激しい金属音と共に弾き吹き飛ばすや、デウマリッドを含めた【伴星旅団】は対抗策が対抗されたことを察知して一気に緊張感を漲らせる。
敵する武器系眷属達の数は、ネフェフィトが携帯し控えさせ【領域】的に隠し持っていた数振りにまで減じているが、それら全てが「襲」状態となって破壊力を――それも振動と共鳴によってデウマリッドの重い鉄槌をも弾くという単なる力技ではない威力――増している。
加えて、いうなれば金属の「実体」という鎧の中に隠れたようなものであり、呪歌による散らしの効果を大幅に減殺されていたのであった。
そしてそれに気づいた時には、ヒスコフ・ルパルト達は間合いを詰めすぎていた。
デウマリッドによる最大歌力の咆哮で一斉に武器系眷属達を響像ごと無力化する、と同時にネフェフィトを多重の同時詠唱魔法と魔法近接戦闘によって「確保」する――というのが寸前まで組まれていた”詰み手”の骨格であり、その前提で、既に【伴星旅団】員達は動き出していたのだ。
――半ば命がけではあっても、それが”試し”である、という【エイリアン使い】オーマの読みと指示を前提としていたが故に。
【領域転移】でここへ移動してきたのも、次元拡張茸という眷属の能力の一端をあえて見せながら、そのエイリアン達自身で迎撃はせず、【伴星旅団】に受けさせたのも同じこと。つまりこれは、いずれフェネスら【闇世】の上位迷宮領主達へ派遣傭兵団として売り込むはずの【伴星旅団】の実力を、試験官役も兼ねているはずのネフェフィトに見せつけるための「組手」のようなものでもあった――はず。
だから、ある程度追い込んだならば彼女がさっさと白旗を上げるだろうという前提であった。
そしてその示しは、迷宮領主に仕える【ルフェアの血裔】種族たるネフェフィトにも十分に伝わっている、と思われていた。
……思われていたのだが、当のネフェフィトは、まるでどこかで十分に発散されなかった戦闘への高揚をその隠すこともない喜色に浮かべながら――少女狂戦士アシェイリを鋭く呼ぶ。
そしてアシェイリと、彼女の急旋回を追って【虚ろ渡り】によって【伴星旅団】とネフェフィトと「襲」の武器群が一触即発たる場にユーリルが飛び込んでくるや、襲の踊る刀剣が躊躇することもなくアシェイリの胴体を貫いた。
と同時に。
彼女を取り押さえようとしていたユーリルをも貫通、した瞬間、そのぎらりと血塗られた白い刀身にまさに襲られていた響像達が、ぶわりと、ざわりと、その【エイリアン使い】オーマの能力において【因子:振響】として解析されるほどまでに性質づけられていた共鳴と共振をデウマリッドの鉄槌を弾き飛ばすほどの威力で、周囲の空気そのものを劈くほどの爆裂の衝撃波と共に、文字通りに解き放ったのである。
これによりアシェイリとユーリルが同時に血の花火として無数の肉塊――否、生命紅の小分けされた大小の塊に生命紅の流体部分をぶしゃあと多重噴水爆弾のように吹き飛び砕け散って真っ赤な血滝飛沫となって【伴星旅団】の過半の目を潰す。
――しかしネフェフィトの狙いはそれだけではない。
狙いすまされたように、ユーリルの「爆散」は、彼をしてリュグルソゥム家の手によって構築構成されていた【血管魔法陣】そのものがずたずたに寸断されたわけであったが――その肉塊と流体の欠片欠片の1つずつに響像達が半透明に重なりながら取り付いていたことに、ヒスコフ達は即座に気づくことができない。
≪――まずい、魔法陣が乗っ取られて上書きされている!≫
ルクの警告がエイリアンネットワーク全体に響くが、その意味するところは、至極当たり前の対偶である。
【エイリアン使い】オーマが超覚腫を始めとした種々の感知系エイリアン達をも駆使してネフェフィトと彼女が操る武器系眷属群の性質を観察していたのと同じように、ネフェフィト、というよりは彼女の背後に座していた【鉄使い】側もまた、その自らの迷宮法則を通して観察と観測をしていた。
ただそれだけのことである。
たとえオーマが読んだように主目的が”試し”であったのだとしても、対手もまた、己が世界観を是としてそれを「世界」にまで突き詰めたる迷宮領主であるなれば。
ユーリルもアシェイリも吸血種の生命力によって、既にそれぞれ再生を開始しているが、武器系眷属の形をした響像達によって襲られたユーリルの【血管魔法陣】はそのまま【伴星旅団】に降り注ぐ妨害魔法の”血の雨”となって次々に突き刺さる。
こと、ここに至りて、オーマは”試し”に対してこちらの「商品」の実力を売り込むだの、一応は客人として預かることとなるはずのネフェフィトの可能な限りの丁重な保護を二の次とすることを決断。
控えていたル・ベリ、ソルファイドら従徒達および招集していたアルファ以下”名付き”達と共に救貧院への【転移】を敢行するが――。





