0273 鉄血(てつち)に躙り縊らる救貧ノ院(4)
元墨法師としての夢追いコンビの知識や、それを受け取りつつの評価・調査が行われた上でなお、放置されたる、【人攫い教団】ナーレフ支部が残した【空間】魔法の”疵”。
それが「問題なし」と最終的にオーマの迷宮によって評価されたのは、ひとえに、それが【報いを揺藍する異星窟】の実力を駆使しても利用可能なものではなかった、という点に尽きる。
端的に、空間制御能力を持ったオーマの眷属であるエイリアン種の次元拡張茸であっても、それは干渉することができないほど小さかったからである。
実際、救貧院内部にはこの意味で、逆に十分大きな【空間】上の隠し部屋などの痕跡も多く残されており、それらの一つが、例えばリシュリーの【穢廃血】に対して吸血種ユーリル少年が『ろ過』の治療を行うために活用していたことなどは、既に述べられていた通りであった。
すなわちそこで選別と峻別があり、これらの小さな”疵”は、いわば塵や埃の類の如く、無害なものとして今は放置されていたものである。
シンプルに、それらは消すにも、あるいは将来的に「まとめる」にもコストがかかるからだ。
支払えないほど法外な魔素・命素というわけではない。だが、あまりにも千々に飛び散りすぎており――さらにその総てを「まとめる」となると、計算上は、相応の転移魔法陣2~3個分程度にはなるのではと、非常にざっくりとではあるが見積もられていた。
これが人気のない地下道や洞窟のような場所でならば、さらに継続的な調査と実験もさらに継続されたかもしれない。しかし、オーマの【領域】に取り込まれつつあるとはいえ、【人世】側の拠点に割くことのできるリソースはまだ自転車操業のようなものである。
まして救貧院は「表」側に向けた接点でもあり、本格的な迷宮システムへの取り込みは後回しとされていた、という事情も重なった。
――そこを衝かれた訳である。
【エイリアン使い】オーマは、この点において、【闇世】の迷宮領主達における【領域】制御や【空間】魔法に相当する技術への知識と探求に対する――執念――と呼ぶべきものを、垣間より学ばされることとなる。
***
【闇世】の実質的な王と見なされる、最高司祭の地位たる『界巫』。
その今世の在位者の”懐刀”であると【闇世】全体に認知され――本人も嬉々としてそれを自称している――【鉄使い】フェネスが、本気でこの俺を試そうと計画的に攻撃してきたならば、救貧院側は単なる陽動である可能性も考えられた。
だが、夢追いコンビことジェミニ=ゼイモントとヤヌス=メルドットが、元墨法師・教団幹部時代の知識と連想によって、誰よりも――リシュリーの安全に最も敏感であるユーリル少年よりも――早くに異変を察知。初動で迎撃を行ってくれたことで、俺と俺の迷宮はこの事態への速やかな対処の余裕を得られた。
……否。
運命が分かれた、とすら言っても良いかもしれない。
即座に俺はナーレフ全体に散っている諜報用の小型動物型の表裏走狗蟲達を走らせ、また、寄生小蟲達(聖泉ウルシルラの戦いでの『生還組』を中心とする住民らに付いた個体ら)を一斉活動させ、さらに、ナーレフ各所の地下に構築した小拠点や、人の近寄らない家屋やその中に【空間】的に仕込んだ小型の超覚腫・眷属心話の中継役として配置する極限まで代謝を減らしたる隠身蛇の”亜種”である寂静蛇や、属性感知に特化させた属性障壁茸らなどからの情報を統合。
副脳蟲達による【地点記憶】の代理行使によって構築されたる、ナーレフの上下のマッピング地図上という盤面において、誰がどこからどれだけどのような追撃をしてこようとも、直接の現地への移動または【領域転移】技能によって対応できるよう――しかも可能ならその地点の人払いと、後の情報隠蔽も睨みつつ、他の従徒達や”名付き”のエイリアン達を待機・配置計画を副脳蟲どもに更新させていたのである。
俺が俺の目的を実現していくために選んだこの道筋において、敵対する可能性がある存在は【人世】の勢力だけであることなどは、ないが故に。
――確かに【人世】で活動拠点を本格的に構築することのメリットは、十分にフェネス達に説明したつもりではある。そこに最善は尽くした。
それでも【界巫】の駒として働く奴自身の真なる目的や、価値観、この俺をどう利用しようとしているかまでの深奥は完全には掴みきれないが、それでも、現時点で俺を徹底的に潰したり邪魔をするメリットは薄いとは考えている。
だが、それだって、奴との数度の交渉と応酬の中で、あのそれぞれ時点で読み取った情報からの想定に過ぎないのであった。
それこそ、何か俺の預かり知らぬところでの”優先順位”が変わることもあろう。
例えばこのナーレフという”地盤”を、俺ではなく奴が自らそっくりそのまま奪って「経営」しようとでもいうような動機が新たに働く……そういうことが裏で突如起きても、先手を取られてしまっては文句を言うことなどできない。
たとえそれが迷宮領主同士の争いに発展したとて、【人世】における【魔人】の活動の露見によって生じる巨大な【闇世】へのヘイトは、第一義的かつ直接的には、既に進出して基盤を構築しようとするこの俺に向けられることになるのであるから、そういう意味でも奴にとっては”試し得”とでも言うべきものか。
業腹だが、自分で選んだ生存戦略であるために、俺はそういう警戒は怠らなかったつもりではある。
望まないが、それでもそんな展開への”備え”に傾注する、という判断が間違っていたとは言わない。
――だが、それでもまだ、俺の【闇世】の支配の法則と、迷宮領主達の執念が一体何に向けられているのかという事柄に対する理解が、足りていなかったことを痛感させられるのである。
【人世】の中では最も開発と設備構築の進んだ「第一拠点」――『木陰の白馬』亭地下――にレクティカと共に【領域転移】。
同時に【闇世】から出張ってきた賢者蟲アンもまた転移。俺の頭上で浮遊しながら、ぎゅぎょぱぁと巨大脳髄を脳漿液の噴射と共に開花させて、その夜色の如き水晶体を露出させる。そのまま、レクティカを構成する触肢茸や骨刃茸達によって、持ち上げられるように支えられながら、俺はぐっと大きく身を乗り出す要領でアンの水晶体に【異形:勁絡辮】による神経束の先端を直接触れさせ――。
瞬間、全身を毛先まで氾濫させられて呑み込まれるような。
脳の中の毛細血管の一本一本が総て微細な目と耳と鼻と指先に転じたかのような膨大な感覚の奔流に身を委ね、エイリアンネットワーク上の副脳蟲どもによる転写と整序と翻訳を介さない、生のままの情報を直接に、俺は、視た。
同調したるはジェミニ=ゼイモントとヤヌス=メルドットの視界。
アシェイリという名の少女狂戦士をユーリルに任せ引き継ぎながら、リシュリーを抱えるナリッソや、負傷者をなんとか物陰から飛び出して引きずっていく元【霜露の薬売り】の所属者や、今は救貧院のメンバーとなって破壊を聞きつけて勇気を出して駆けつけてきた者達を見やる。
奇跡的なことに――命を落とした者は、今この時点においてはゼロである。
だが、それはいくつかの偶然と、リシュリーが引き起こした神威が重なった産物に過ぎないのだ。
「……それこそ、真っ先に駆けつけたのがユーリル少年だったら? どうなっていた?」
自戒の如く俺は独り言つ。
ユーリルから急遽従徒献上されてきた彼の”幼馴染”の記憶から、最低限の状況理解は、すぐにできていたのだ。
そして。
副職業の【悲劇察知:中】が、まるで不協和なる鍵盤四重奏だかのような、不快にして不穏なる共鳴となって頭の中で物理的にかき鳴らされるかのような、眩暈にも似た酷い感覚に襲われ、俺は思わず舌を打った。
「アシェイリ」という名の、ユーリルが知るはずの「のんびり屋」だったただの”幼馴染”であるはずの少女と、彼女が何者であるかを証すかのような、今の【血の狂戦士】とかいう物々しすぎる職業の保持者であることとのギャップ。
そして、ユーリルの”知識”から比較されるその破壊性能からすれば、些か控えめであるとしか言えぬ、救貧院への”破壊”。
その初動・初撃・初攻からして、アシェイリが狙った標的は『加護者』リシュリーであることは、ユーリルの反応からしてもほぼ断定することができたわけだが。
なぜ、狂戦士はこれほどまでにこの俺と俺の迷宮の盲点を突いて襲撃を仕掛けておきながら、このような手心を加えたのであろうか?
彼女の動機や思惑は、まさに吸血種ユーリルとの浅からぬ因縁を持つ二人の少女が対峙した際の、そのやり取りから読み取るしかないのかもしれない。
つまり何らかの――彼ら彼女らにとっては呼吸の如く当然に存在する呪いとしての――吸血種の『使命』に基づいて、可能な限り「人間種」に対する直接的破壊的危害を抑制していたに過ぎない……というのが現時点での分析であった。
然もなくば、リシュリーをただ排除することだけが目的ならば、救貧院の一角を数十秒のうちに瓦礫の山に変えて圧死を狙うこともできただろうに。
血管魔法陣やら、仕込んだエイリアン=パラサイト達やら、この俺の従徒となったことで得た迷宮法則との連携やら(アルファらによる性能評価を含む)で、だいぶ、ユーリルは吸血種離れをした性能となっている。
特殊な関係性から生じた精神的不安定性がもたらした激昂による”上振れ”込みとはいえ、【血の狂戦士】――吸血種の職業の中でも、特に破壊に先鋭化した存在だという――によって引き起こしたるその局所破壊は、まさに単騎でそれほどの被害を都市に、拠点に、建造物に与えうる脅威であるか、という警戒を、まざまざとこの俺自身に体感として印象付けるものである。
皮肉にもその僅かな均衡は幼馴染との対峙によって完全に激発したものと見えるわけだが。
なるほど、ただの仕属種すらもがこれほどの性能を持つならば、ある意味で『長女国』側が、より強力かつ独特な秘術を備えた最上位一族達を「頭顱侯」として抱えることで対抗するように【魔導】を特化・先鋭化させていったのも頷けることだろう。
――さらに上位カーストに位置する吸血種達は、どれほどの力を持っているのだろうか?
イセンネッシャ家による破壊の嵐のさらに前の時代。
『長女国』にとって喫緊にして最大の危機は、吸血種達による「雲上狩り」という名の破壊工作と凄絶にして文字通り血みどろの陰惨な暗闘であったのだ。
そのような相手に、彼女の”幼馴染”の少年が、明らかに何らかの地雷を盛大に踏み抜いた。
茶化す意図など皆無であるのだが、【悲劇】と同時に、俺は俺自身の経験的な直感から、ある種の非常にわかりやすい厄介事の気配をこそ”察知”したような気分であった。
たまたま最速で駆けつけたのがジェミニとヤヌスの2名でなかったならば?
ヴィアッドが傷つけられ、ナリッソが火事場のクソ度胸を発揮してリシュリーを抱えて退避するまでの時間や、初撃の破壊に巻き込まれた者達がリシュリーの『神威』によってかろうじて生を永らえる時間を稼げていなかったのかも知れないのではないか。
そのような事態は確実に、この俺自身にとっても、【報いを揺藍する異星窟】にとっても、今まさに【人世】はナーレフで進めている種々の構想・施策にとっても、決して許容することができない死傷者を発生させていたとしても、何らおかしくはなかっただろう。
――だが、俺の脳裏で激しく鳴り響く【悲劇察知】の技能は、むしろ夢追いコンビこそが先に駆けつけ、アシェイリがリシュリーもヴィアッドも救貧院の他の者達をも完全に害してしまうことを避けられた、という、まさにこの展開にこそ激しく反応していることの意味を、今は解釈している暇が無い。
文字通り血みどろ・血だるま・血まみれと三拍子揃った、と言うにはあまりにも凄惨過ぎる有り様での吸血種同士の”闘争”に雪崩込んだ宿敵の二人を横目に(賢者蟲の感覚器官的な意味で)しながら。
斯くなる血戦に巻き込まれぬように負傷者達を救護しようとする非戦闘員達を援護するかのように、二人と二体から成るこの”夢追い”コンビは、一人の【ルフェアの血裔】に立ちはだかっていた。
此れなるは、一方的に『迷宮抗争』を宣言してきた【魔人】の女である。
額からすらりと天を突くように伸びた一角獣を思わせる角の【異形】。
エロスよりも躍動と活力を強く意識させる、強靭なる褐色の踊り子、と呼ぶべき出で立ち。
事前に与えられていた情報より、彼女こそは【鉄使い】フェネスの従徒にして”第三女”ネフェフィトに相違ない。
本来は、この俺が【人世】にてぶち上げた「構想」の着実な実現を監視するために送り込まれた保護対象であるはずだったが――その眼は、どこか「やっちまった」という苦笑いの気配を帯びつつ、しかし同時に、異なる迷宮に属し抗争相手との前線に立ってきた戦士らしい気色と喜色をどこか湛えているようにも感じる。
そして登場・乱入と共に、その両手を大きく左右に広げ、舞うというよりは、指揮者を思わせる動きと共に。
――キィィィン、と。
まるで幾重もの高密度の金属体が甲高く打ち鳴らされたような、白けるほどに、嫌味なほどに、鋭く鋭く澄みに澄みきったかのような高周波の音波が、あらゆる建造物の隙間に、瓦礫の間隙に、聞くものの鼓膜の奥底に。
――【空間】の隅々にまで、抉り劈いて入り込むかのように。
そこに巨大な”超常”が渦巻くことすらをも、俺はアン自身によるこの俺の迷宮領主としての魔素感知能力の代理行使をも通して直接に感じ取る。
次の瞬間。
音波と音響と反響によって激しく揺らいだ空間が、歪な蜃気楼を歪にして恣意的なる意思のもとにねじって整形したかのように、大小も素材も数え切れないほど無数かつ多岐なる「銅鑼」が同時に大喝采のように多重的に激しく打ち叩き鳴らされるかのような物理的な音圧的衝撃と共に、【空間】を無理矢理に押し広げ、質量とその実体を強引に割り込ませ、その余波で空間そのものを震わせるかのように。
幾つもの、幾振りもの、刀剣・槍・槌・斧に弓にといった多種多様多型なる武器系眷属達が十数本。
明らかに【空間】系の超常(迷宮領主能力として言えば【領域】系の技能)――によってその”踊り子”の正装のどこかに隠していたとしか思えないほどに。
否。
其れらだけではない。
≪また、”その手”で来やがったのか? ここで投入してくるんだな、フェネスめ≫
其れは群れ成す音波にして意思を持つ金属体達の反響による合唱である。
普通は、目に視えるべきものではない、ただの無色の、つまり視覚とは異なる波動として表現されるべき”揺らぎ”の高密度なる集合体に過ぎない。過ぎないのだが――その透明だが、しかし微妙に光の屈折のように周囲の気色を不自然に捻じ曲げるそれらの「輪郭」が、くっきりと、つまり空間の中に浮かび上がる捻れのように、其れらは、確かに『刀剣』や『槍』やその他の様々な大振りの武器系眷属の形を空間に歪ませるように、出現し、顕現していたのであった。
断続的に続く不快な金属をひっかくような音の波動が、視覚化された音のイコライザーのその波形そのまんまに、空間の境界面で小刻みに揺れながらも、確かに、そこにずらりと群れ顕れていた。
……もっと簡単に言おう。
ネフェフィトと中心として彼女の僚機の如く漂う十数本の実体を持つ武器系の眷属どもに加え。
まるでホログラムのように、半透明のような――その正体は金属の反響が生み出す空間の高周波の震えそのもの――武器系の眷属どもの”鏡像”が、さらに数十体単位で、互いに重なり合いながらも、しかし確かにその1体1体が別の個体であることを雄弁に物語るような迷宮の被造物としての強烈な「意思」によってジェミニとヤヌスを射抜きながら、ずらりと、顕現しおおせたのであった。
「なぁ、ゼイモントよ」
賢者蟲アンによる同調を通して俺が伝えるまでもなく、夢追いコンビは即座に肚を決めたようであった。4つの意識が2体の異形の共生身体に宿るという生きた奇策が初見殺しを発揮する2体ではあるが、既にアシェイリの”手加減”を相手に立ち回った姿はネフェフィトに見られたと言うべきだろう。
侵入を許してしまったそのまとまった数を相手に、たった2体で支えられるような状況などではあり得なかった。
「あぁ、メルドット。言わなくても言いたいことはわかってる」
「こいつは……いくらなんでも骨に重くて荷が折れるってやつだなぁ?」
だが、問題はない。
≪――そこまでだ、よく時間を稼いでくれたな? ジェミニ=ゼイモントにヤヌス=メルドット。そこから先は、選手交代だ≫
***
【エイリアン使い】の号令一下、地中を猛烈に融かし泳ぎ進みながら『地下班』が到来する。
『救貧院』全体を囲う必要はなく――最低限、その区画のみを簡易的に覆うような【魔法陣】を地中に構築することが彼らに与えられた指令であり、それは【精神】属性魔法【霞がかる容貌】の応用術式が混ざった”人避け”の作用を持つ、ある種の呪術に近い魔法である。
それならば、すぐに発動させることができる。
旧【血と涙の団】を吸収する形でその勢力と連携する【ウルシルラ商会】の勢力下である救貧院を、わざわざ邪心によって侵入するような者も現在のナーレフには少ない。潜在的な敵対勢力は夜の内に狩られているが故に。
今はまだこのわずかな”人払い”すらもが――【エイリアン使い】オーマにとっては、迷宮領主としての活動の【人世】での早すぎる露見を紙一重に眩ませるための覆いの1つであったのだ。
だが、自然法則も世界を構成する超常の属性という要素さえもが異なるはずの【人世】の都市において、唐突に開始された”迷宮抗争”は、あるいはまるで【闇世】の一部が、小規模ながらもその場に投影されたかのようなものであったか。
【鉄使い】フェネスの第三女ネフェフィトが、本人の認識するところいつの間にか持たされていたという、彼女の「妹」である第五女グウェンエット謹製の魔導装置――その見た目はいくつもの大小の突起とつまみのついたブレスレッド状の魔道具に見えるが、ネフェフィトの腕の太さには合っていない――を発動させ。
呼び出されたるは、最低限の護衛として踊り子装束の中の極小【領域】に眠る形で装備されていた十数振りの武器系眷属達。
『踊る刀剣』。
『鎖無しの鉄球』。
『裏切りの画戟』に『捻じ切り弩』に『後家潰し網』。
――と、そしてオーマを驚きと共に警戒・思考させた、それらの鉄の”響像”達。
父にして迷宮領主たるフェネスだけが有する【研磨反響の鉄鐸】からの派生上位技能【跳響躍鳴の定位】により、今この場にはいないはずの眷属達を――遥か、遥か離れた西方の山中にひっそりと隠されたフェネスの迷宮の【人世】側の”裂け目”の近傍――から、文字通りにその存在ごと空間を跳躍させ、まるでその鏡像を写し取るように、この地に「反響」させているのである。
だが、この響像達は決して実体を保たぬ幻影の類などではない。
その総てではなくとも――少なくともその”存在”の何分かの一は、現実に今この戦場に出現しており、打たれれば傷つき砕け得るし、斬られれば折られ割れ得る、血は流さなくとも斃され得る存在として顕現していたのであった。
つまり、わずかに残されていた【空間】上の”疵”――起源を辿れば【闇世】の迷宮能力由来ではあっても、それが【人世】でイセンネッシャ家の技術と認識を通して変質したものの、そのまた無害と思われた残り滓――が再利用される形で、オーマの想像を超える形で抉じ開けられた、とでも呼ぶべき代物だった。
――ここに、オーマはかつて【闇世】の拠点たる【最果ての島】の隔離部屋(兼ヒュド吉置き場)に置いていたフェネスからの届け物である「鉄鐸」……を通して出現したる、反響の像との対話と同じ【鉄使い】の迷宮法則の先鋭化を見た。
未だ解析完了となってはいないが、あの時確かに技能【因子の解析】によって得られた【因子:振響】の波動と間接行使による解析の進行を、この局面においても知覚する。
そしてこの一連の現象とその観察を通し、彼が至った結論は、次のようなものであった。
なるほど、『鉄』と書いて生ける武器や防具を生み出し使役するのは、まさしく【鉄使い】という語からの自他共に想起される迷宮の在り様であろう。
≪だが、フェネスは金属体の振動と反響を利用している。それも、俺なんかが考えているよりもずっと執念深く――そいつを【空間】を跳び超える技術として、奴の迷宮は活用している、ということか≫
――まるで、かつて戦った【樹木使い】のリッケルが、その迷宮領主としての世界観の本質にあえて抗い、執念の末に樹木を「人体」に近づけようとし続けたかの如く。
それでも、普通の発想ではない。
フェネスが【空間使い】でも【音波使い】でもない以上、それは、少なくとも彼に最初から宿っていた認識ではない、と強く推測せざるを得ないのである。
認識により世界法則を塗り替える超常が発生するこの世界――特にそれが強く現れ作用する【闇世】の迷宮領主の能力――の仕組みを、やや特殊な形でこの世界に転移してきたオーマにとってさえ、この解釈は驚愕と共に受け止められた。事は、ただ単に遠方から転移技術によって戦力をテレポートしてきた……などという表象的な話に留まるものではなかったからである。
――ただ単に己の”世界観”という檻に縛られず、然れど打ち捨てることもなく、しかし強烈な意思によってその迷宮の法則が許す限界を切り開くかのように。
つまり迷宮領主達にとっての【領域転移】技能という定石を迂回するような形で【空間】系の現象を己が迷宮法則からひねり出そうとするという、その意思の存在と、その背後にあるであろう何らかの理由の存在をオーマは意識していた。
ただ単に、リッケルのような彼自身の個人的な背景やら抱える因縁に基づくものなのか。
それとも、何か別の、フェネスがフェネスという【闇世】の界巫の”懐刀”という上位の立場から知ることのできる何かを由来とするものなのか。
奇しくも、次元拡張茸が新たに生み出された際に、オーマは自身の脳裏に迷宮核からのシステム通知音として「空間制御系の眷属が生み出された」という趣旨の通知が鳴り響いたではないか。
――潜在的な大敵でもあるフェネスの能力の秘密も然ることながら、この迷宮領主という存在そのものの謎の一端のそのまた一端が、今般の【悲劇】の回避か始まりか定かではない一局面の中で明らかにできる機会が与えられるならば、せめてそれを掴まねばならない。
そして捨て身での更なる時間稼ぎを覚悟したジェミニ=ゼイモントとヤヌス=メルドットの2体2名に、賢者蟲アンを通してより直接的かつクリアな形で後退を命じた眷属心話の響きと共に。
≪出番だ、想定とは違う初陣だが、お前達の力を【闇世】の高貴なる血筋に見せつけてやれ――≫
イセンネッシャ式【空間】魔法術の要諦を取り込んだ簡易・即時式の【領域転移】技術――つまりオーマの血を利用した安全装置無しの【領域転移】により、迷宮同士の小さな戦場となった救貧院の渡り廊下一画に出現したのは、従徒の中では最大の個人戦力を持つ竜人ソルファイド=ギルクォースと、彼に加え、アルファ、デルタ、イオータらなどからなる”名付き”衆と、そして。
≪【伴星旅団】≫
元ナーレフの魔法兵部隊の生き残りを母体とする、【人世】の出身者達によって構成された、オーマが性能評価と鍛錬を施したる、その”構想”進展のための第一弾となるべき「部隊」の面々が、次々に出現したのであった。





